ep.2 人形繰り
まただ。また一人オーガに殺された。
気に食わない連中だが、実力は確かだったのだ。それが、赤子の手を捻るように。
俺は背負っていたスクール鞄を放り投げる。
「三間坂! どこに行くんだ!」
逃げんだよ。全滅を免れているのは、ひとえに遊ばれているから。
オーガは人間を甚振って楽しんでいるのだ。
「見捨てるのかよ!?」
「うるせぇ、バーカ!」
俺だって力がありゃ助けるわ。でもさ、俺のレベルが低いの、お前らのせいじゃん。俺が参戦したって焼け石に水。むしろ、足手纏いになるだけ。
とはいえ、彼らの死を願っているワケではなし。
「木像騎士は置いて行く!」
「役立たずじゃねぇか!」
……それいっちゃう? 俺の最高戦力なんだが。
木像騎士。文字通り木でできた騎士だ。木なので脆い。中も空洞だし。なので、役立たずといわれても返す言葉はない。しかし、それでも俺よりは強いはずで……。
なんだ。パシリに逃げられんのが気に食わないだけか。
助かったよ。最後までクズで。
逆に逃げろといわれたら、踏み止まっていたかも知れない。
「一体は連中に加勢しろ。もう一体はここを死守だ」
が、十秒と経たず、オーガに突っ込ませた木像騎士が破壊された。
「……おぅ。マジで役立たず」
走る。右へ、左へ。
くそったれ。なんでこー入り組んでんだ。ダンジョンってのは。
角を曲がる度に心臓がバクバクする。
やあ、と魔物が現れたら一巻の終わりだ。
俺一人じゃ、ゴブリンにも勝てない。
「……チッ。来た道か」
三叉路に見覚えがあった。
地図見ときゃよかった。急がば回れって至言だな……ん? あー、そっか。地図持ってなかったわ。鞄に入れてたんだった。なんだ。最初の段階で選択ミスってたのか。
切り替えよう。
後悔したところでミスが帳消しになるわけじゃない。
「…………ッ!?」
パスが……切れた。通路を守らせていた木像騎士が倒されたのだ。
最悪だ。オーガが通路に入った。俺を追ってきたのだろう。
⸺そこから先のことはよく覚えていない。
一心不乱に走り回っていたのだと思う。
気付けば天井を見上げていた。
「……ハァッ、ハァッ……なにが……」
身体を起こしながら肩越しに振り返れば。
蹴躓いたモノが目に入った。
「…………」
人だった。銀髪をツインテールにした女の子。小柄だ。ロリだ。リボンの色からすると一年か。美少女なのだろう。断言できないのは……顔が恐怖で歪んでいたから。
少女は……死んでいた。
細長い獲物で心臓を一突きされたらしい。
胸に丸い穴が開いていた。
傍らには剣が落ちている。彼女の獲物か。
……木像騎士が残ってりゃ、遺体を運んでやれたんだが。
緊急時である。今すぐ逃げ出さなければ、俺も少女と同じ末路を辿る。悼んでいる暇なんてない。だが、年下(ロリ)。女の子(かわいい)。見捨てるには言い訳が必要だった。
せめて木像騎士の代わりの人形があれば⸺
「……………………」
少女を凝視する。
……まさか、できるのか? 可能だとしても、許されるのか。
俺の頭を悪魔的な閃きが占めていた。
「俺のクラスは人形遣いっていう。人形を操るスキルがある。これがメインで。後はパッシブが少々。しかも、人形向けの。つまり、俺に戦う力はない」
独り言ではない。聞かせたのだ。
少女に? 違う。オーガに、だ。
サディストめ。足音を誇示するように歩いてきやがった。
オーガは血に濡れた槍を手に、笑っていた。
無傷である。我がパーティーは一矢報いることもできなかったようだ。
「厄除けでさ。人形が使われるコトがあるんだと。人の身代わりに厄を受けてくれるらしい。不思議だよな。全然違うのに。でも、儀式じゃイコールで結ばれてる。ならさ。その逆は?
我ながら、なに長々とくっちゃべってんだと思う。
吐き出したかったのだ。それが敵でも。
俺は禁忌を犯す。
だが、知ったことか。死ぬよりはマシだ。
「
人形繰りを行使。パスが⸺通った。
見えないパスにナニカが流れ込んでいくのを感じる。
はぁぁぁっ? なんだこれ!? こんな反応、初めてなんだが!?
戸惑う俺をよそに、少女の指がピクと動く。目が明いた。虚ろでどこを見ているか分からない。
笑えばさぞかし可愛いのだろう。
だが、彼女が笑うことはもう……ない。
実感は遅れてやってきた。
しかし、後悔している暇は。
「やることは分かるな?」
少女は剣を拾い上げ、構える。
堂に入った構えだった。
「自分の仇討ちだ……やれ」
放たれた矢のように少女が飛び出す。
剣と槍がぶつかり、火花を散らす。少女はオーガの周りを回りながら斬りかかっている……ようだ。目で追い切れない。パッパッと散る火花から、推測しているに過ぎない。
歯がゆい。
見守るだけってのは。
まぁ、加勢してるといえなくもないが……生憎と実感がない。
生前、少女はオーガに敗れた。
状況証拠だが、恐らく正解だろう。
何しろ俺がいるのはダンジョンの序盤。
戦闘職のクラスに就いていれば、苦戦するような敵は出ないはずなのだ。本来は。
あのオーガのような化け物がそう何体もいるとは思えない。
少女の胸に空いた穴もある。槍で穿たれたのだとすれば辻褄が合う。
では、なぜオーガとやり合えているのか。
その答えが俺のスキルだった。
人形強化という。効果は読んで字の如く。
固唾を飲んで、少女の戦いを見詰める。
自分の仇討ちだとお題目を掲げたが。
少女が望んでいたのかは分からない。
結局、俺は……俺のエゴで彼女を人形にしたワケで。
だから、彼女が敗れるようなことがあれば。その時は俺も……。
「おい!」
俺は思わず声をかけていた。少女の足が止まったのだ。
すると、どうしたことか。少女が振り返った。
は? や、そんな……呼んだ? みたいに見られても……なんか祖父が飼ってた犬を思い出す。その犬は名前を呼んでやると、ワンワーンと近寄ってくるのだ……って、後ろ!
チャンスとみたのだろう。オーガが乾坤一擲の突きを放つ。
「…………」
世界が静止した。
オーガは槍を突き出した体勢で固まり。
少女は変わらずオーガに背を向けていて。
俺は少女の敗北を確信し⸺
「ガァァァァァァッ!」
悲鳴が。轟いた。
「…………はぁっ?」
え、待って待って。どうなってんだ。
よく見れば槍は少女の横を通り抜けていた。オーガが外したのでなければ、少女がかわしたのだろう。そして、伸びたオーガの腕に剣が突き刺さっていた。
もしかして足を止めたのはオーガの攻撃を誘っていたのか?
うぅん。油断してたよーにしか……。
オーガは呻き、膝を折る。少女が剣に体重を籠めたのだ。
パッと青い花が咲いた。正体はスカートだった。剣の柄を支えに、少女が飛んだのだ。
小さな爪先がオーガの頭に突き刺さった。いかな魔物といえど、頭を強打されれば効くらしい。オーガが前のめりに倒れる。少女は抉りながら剣を引き抜くと、オーガの首に振り下ろす。
血が舞った。
丸い物が転がってくる。
オーガの頭だ。
「……お、おお。勝ったのか」
もうね、途中から何が何やら。
少女はピョコンと振り向くと、テテテテと走り寄って来た。
小動物っぽいなぁ、と思っていると……少女に持ち上げられた。前言撤回。小動物はこんなにパワフルじゃない。これがクラス格差なんだよな……と現実逃避をしている間に、俺はオーガの死体の前に運ばれた。
「ここにいろって?」
コクコク。
「経験値を受け取れってことか?」
またも首を振る少女。
どうやらそういうことらしい。
魔物は死ぬと緑色の粒子に変わる。
これを取り込むことでレベルが上がるのだ。
魔素とも呼ばれているが、あまり広まってはいない。経験値のほうが分かりやすいから。
で、この魔素だが。
拡散の時、近くの人に向かう性質がある。
ダンジョンに潜っていながら、俺のレベルが低いのはそのためだ。
危ないから荷物持ちは離れてろってさ。経験値分けたくないだけだよな。亡くなった人のことを悪くいいたくはないが……あ、まだ、死んだと決まったワケじゃないか。
魔素が俺の身体に吸い込まれる。
久しぶりの感覚だ。
こう細胞が活性化するというか⸺
「あがががががががががァァ」
い、痛てぇ。死ぬ、死ぬって。
ぜ、全身がバッキバキだ。成長痛を百倍にした感じ。
どうなってんだ。以前、レベルアップした時は……あー、そっか。あのオーガの魔素だもんな。ゲームでいえばフィールドボス。魔素もとんでもない量なのだろう。
そりゃー痛むはず……だ……。
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