ep.5 帰路

「んじゃ、学校戻るか」

「そうですね。わたしも無事だって伝えたいですし」


 無事、かあ? 死んでたが。

 

「無事って言い張ればバレません。言わぬが花って言葉もあります」

「使い方間違ってるが、まぁそれもそうか。制服も修復されてるし」


 胸に開いた穴もなければ、血の染みも消えている。魔素の影響だ。魔素は人にだけでなく、物体にも影響を与える。制服+1って感じで、強化されるワケだ。その際に修復効果が働くのである。

 今のシシィを見て、一度死んだと見ぬける人はいないだろう。

 生き返した張本人も気付けなかったくらいだから。

 パスがあるといってもさ。

 最近芽生えたばかりの感覚だ。

 視覚情報を優先するって。

 

「ところで先輩」

「なんだ」

「帰り道が分かりません」

「……早くいえ」


 シシィが自信満々に歩き出すものだから、てっきり分かっているのだとばかり。

 

「俺が先導する」

「……あの、先輩? 先導してくれるんですよね」

「してるだろ」

「おかしいです。先輩の背中が見えません」

「そりゃシシィは俺の前歩いてるんだし」


 俺は念話でシシィに指示を出していた。

 ちょうどいいと思ったのだ。どの程度伝わるか、試したかった。


「……並んで歩けると思ったのに……女の子のお尻に隠れて、カッコ悪いと思いません?」

「最初から隠れてるのと、ビビって逃げ込まれるの。どっちがカッコ悪いと思う?」

「後者ですね」

「そうだろ」

「でも、かわいいと思います。逃げ込まれたほうが」

「……ダメ男が好きなのか」

「違いますよ。先輩だからです」シシィは慌てたように振り返り。「ええと……先輩はダメ男じゃないですよ?」


 ええい、取ってつけたようなフォローなんていらんわ。

 ああ、そうだ。

 心苦しいが、これは聞いておかなければならない。

 

「シシィはあのオーガに殺されたってコトでいいんだよな? 念押しになるが」

「ムキムキの鬼がそうなら、はい。うろ覚えですが」

「ムキムキ……まぁそうだな」

「生き返ってすぐの記憶は曖昧なんです。意識がハッキリしたのは、身体の再生が終わってからで。それまでは夢を見ているような感覚でした」

 

 いわれてみれば、人形繰りをかけた直後は、まさしく人形のようだった。

 脳にもダメージを負っていたのだろう。脳への酸素供給が途絶えると、数分で深刻な障害を受けると聞く。


「ただ、借りは返したぜ、みたいな感覚は残ってて」

「そうか。シシィには悪いが、それを聞けて気が楽になった」

「いえ、わたしもはっきりいっておけばよかったです。やっぱり死んだときのことを思い出すのはいい気分ではないので……でも、わたしが他の魔物に殺されていたのだとしたら、その魔物は生きているってことになりますからね」

「そうだな」

「で、なにを隠しているんですか」


 ……ほんっとーに隠し事できねーなー。


「……仲間割れを。疑ってた。仲間逃がすために残ったみたいだし、それはないだろうと踏んじゃいたが」

「むしろ最後まで残ろうとしてくれましたよ」


 シシィはムッとしたようだった。

 だからいいたくなかったんだよ。

 

「先輩のほうこそ。どうなんですか」


 ……ついに聞かれたか。まぁ疑問に思うよな。カバーストーリーでも濁してたし。


「仲間か。死んでるんじゃないか」

「分からないんですか?」

「全滅した場面を見てないってだけ。十中八九死んでるだろうな」

「……そうですか。でも、先輩の人形でも敵わないんですから、逃げても仕方がないと思いますよ」

「勘違いしてるかもだが、そんなに強くはないぞ。人形って」

「先輩の人形になってから、強くなった気しますよ?」

「そりゃシシィが元々強いからだ。人形強化のスキルがあったって、人形自体が強くなかったら効果も薄い。俺が使ってた人形は木でできた騎士で。これがまた弱い。俺含め三人……一人と二体? でボコッてようやくゴブリンに勝てる」


 安全マージンを多めに取っていたからというのもあるが。

 木像騎士一体でもゴブリンに勝てたと思う。

 だが、木像騎士は壊れたらそれまで。

 卒業生が製作したものなので、補充もできない。

 そりゃ大事に使うさ。

 特に軽い気持ちで、実験で一体潰しちゃったから。

 残りは二体しかないと聞いて、焦ったものだ。


「……わたしの先輩はそんなに弱かったんですね」

「……そうだよ、幻滅したか」

「この場合の先輩は、木像のほうです。あれ、わたしの先輩・・・・・・で自分のことだと思いました? 思っちゃいました?」

「うるせぇ! 無機物が先輩とか普通考えねーよ!」


 クソ恥ずかしい。この感情も伝わっているのだろうと思うと憂鬱になる。

 

「それじゃぁ人形になった人間はわたしが初めてなんですか」

「俺だって切羽詰まらなきゃ、人間を人形にしようなんて思わない」

「そうですか。そうですか。えへへ」


 シシィは前を向いており顔は見えないが……笑ってないか、これ。

 

「というか、そこら辺の事情ってパスから流れてこなかったのか?」

「先輩の名前とスキルについてだけですね」

「スキルはなんとなく分かるが名前はなんで……あぁ詠唱で俺の名前いってるからか?」

「さあ? 考えたって、分かりっこないですよ」

「そうかも知れないけどさ……」


 分からないからと思考放棄するのは違うだろう。

 死体も人形なんじゃ、と思い至らなければ、俺も死んでいたワケだし。

 下手の考え休みに似たりともいうし、線引きは難しいが。

 

「今向かってるのは俺がオーガに襲われた場所だ。荷物を回収する」


 無我夢中で走っていたはずだが、案外覚えているものだ。

 異世界に来てから、記憶力が増したか? 俺の人形遣いは、分類するなら支援職。INT⸺Intelligenceの伸びがいい。賢くなった感じはしないが……。


「先輩、止まってください」

「どうした?」

「ゴブリンがいます。五体」

「……多いな。他の道を行くか」

「いえ、突破しましょう」

「できるのか?」

「語るに及ばず」


 シシィが駆け出す。

 ゴブリンも臨戦態勢を取るが……鎧袖一触だった。シシィが剣を振る度に、ゴブリンの首が飛ぶ。十秒も経たず、ゴブリンは全滅した。


「見事なもんだな。俺のいたパーティーじゃ、こうはいかなかった」


 いちいちドタバタしていた。シシィのお手本を見た今なら分かる。安全に戦おうとするあまり、動きに無駄が多かったのだ。剣で受ければいいところを思いっきり避けたり。

 情けない?

 そういうなよ。誰だって痛いのは嫌だ。

 シシィの覚悟が決まりすぎなだけだ。


「レベル低かったんですか」

「15は超えてたはず」

「……わたしよりも上じゃないですか。なんで勝てなかったんですかねぇ」

「パーティーは一定の水準にあったと思う。オーガのほうが上手だったんだろ」

「確かに。槍の扱いは、巧みでした」


 しばらく進み、広間に繋がる通路へ戻ってきた。

 通路の終点では木像騎士が粉々に砕けていた。

 シシィは木像騎士の傍らにしゃがみ込むと、原形を留めている頭を撫でながら語りかける。

 

「ご主人様をお守りできず、さぞかし無念だったでしょう。安心してください。これからはわたしがご主人様をお守りしますから」

「……なぁ、シシィ。ちょいちょい俺のこと、ご主人様って呼ぶよな」

「はい。ご主人様ですから」

「もしかして人形繰りって洗脳染みた効果あるのか」


 うん、ね。いよいよ自分を誤魔化せなくなってきた。

 俺がお願いしたからだろう。シシィは表面上俺を先輩と呼ぶ。だが、内心では常にご主人様と呼んでいる気がする。いくら命の恩人だからといってご主人様は……。

 シシィはああ、と手を叩いた。


「御恩と奉公です、先輩」

「武家のあれ?」

「まさしく我が家は武家なのです。ですから命を頂いたお礼として、奉公を。主君を持つということに憧れがあったんです」

 

 そういえばクラスも武士だった。


「でもさ。武家なら御屋形様じゃないのか」

「わたし、小さい頃はメイドになりたかったんです。それに先輩、屋形号持ってないじゃないですか」

「……妙なこだわりを」


 その二つなら俺もご主人様一択だが……俺が社会的に殺されるから止めろ。

 

「そういう家柄だと、剣術も習ってたり?」

「名ばかりの武家ですが、嗜みとして」

「道理で。強いワケだ」

「スキルがなかったらここまで戦えませんけどね。ただ、武術齧ってない人と比べたら、スキルが馴染むのも早い気がします」

「スキルって馴染むものなのか?」

「感覚的なものですし、説明し辛いんですが……歩く時に右足出して左足出して、なんていちいち考えていますか。いませんよね」

「分かるような気がする」


 スキルに武器術と呼ばれるカテゴリがある。

 剣術、槍術といった武器の名前が付いたスキルだ。

 このスキルがあれば対応した武器の扱い方が理解できるらしい。しかし、頭で理解していたとしても、身に付いていなければ意味がない。そういうことだろう。


「酷い匂いだな」


 広間に血の匂いが漂っていた。

 当然か。死体が一、二、三……六人分あるのだ。


「シシィはこないでもよかったんだぞ」

「いつ魔物が現れるか、分かりませんから」

 

 それはそうだが……本人がいいなら、いいか。

 ……感覚がマヒしているのか。思ったよりも何も感じない。怒りも、悲しみも。ただ、あぁ、そうか、という虚無感だけ。


「一人も逃げられなかったか」


 逃げようとはしたのだろう。だが、足を傷つけられ、逃げられなかった。

 足に穴が開いた死体が多かった。


「だいぶ嬲られたみたいだ」

「そのおかげで先輩は逃げられたんですし、彼らも身体を張った甲斐があるんじゃ」

「慰めにはならないがな」

「なぜでしょう?」

「……そりゃ俺の命よか、自分の命のほうが大事だろ?」

「生き返さないんですか?」

「…………え?」


 あれ、そこの知識はないのか。

 

「俺が操れる人形には限りがあるんだ。キャパシティがあって、それに収まらないと」

「そう……なんですか?」


 おかしいなぁ、とシシィが首を傾げる。


「それで、ああいう言い方になったのか」

「ああいうとは?」

「俺を助けられたんだから彼らも本望でしょう、みたいな。正直、コイツらにゃいい思い出はないんだが、一応パーティー組んでたわけだし、感じ悪いなぁ、と」


 んー。

 俺はシシィでキャパシティが埋まったと考えていた。まぁ、余っちゃいるが、もう一人は無理だろうと。だが、オーガの経験値を得て、レベルアップした。キャパシティがどれだけ伸びているかは、ステータスプレート見れば分かるが……試したほうが早いな。

 俺のステータスプレートは鞄の一番下に眠っているのだ。

 レベルアップする機会に恵まれず、チェックする必要がなかったから……。


「…………ダメか」

 

 呪文を唱えるまでもない。感覚が無理だと伝えていた。

 ま、そうだろうな。

 というのも、キャパシティとは重量なのだ。

 女の子より男のほうが体重は重いわけで。

 相当キャパシティが広がっていない限り、無理だろうとは思っていた。

 なぜ、キャパシティが重量なのか?

 RPG的に考えれば分からないでもない。

 俺が木像騎士を使っていたのは偏に軽いから。

 キャパシティが豊富にあったら、校庭の銅像を使っていただろう。

 銅像が使えていたら、オーガとも善戦できたはず。

 重量イズパワーなのだ。

 

「すみません。ぬか喜びさせちゃいましたか」

「いや、さっきいった通り、あんまり仲良くなかったから」

「素朴な疑問なんですが、だったらなぜ……?」

「その話はここを出てからにしよう」


 本人の前でいえるかよ。化けて出そうじゃん。

 スクール鞄を三つ回収し、広間を後にする。

 シシィが一つ持ち、俺が二つである。前と後ろに装着した。思ったよりも軽い。レベルアップで身体能力が上がったらしい。とはいえ、バランスは最悪で、魔物に襲われたら逃げることもままならない。しかし、パーティーを組んでいた時より、よほど安心感があった。シシィが俺を助けてくれると確信していたからだ。

 

「それで。俺のパーティーの話だったな」

「はい」

「一言でいえば俺は便利な荷物持ちだったんだよ」

「……人形がいたからですね」


 少し考えてからシシィがいった。頭の回転が速い。


「そうだ。一人で複数人の働きができる」

「でも、戦闘職のクラスなら誰だってできますよね。それぐらい。あ、先輩を貶める意図はありませんよ。ただ、先輩を引っ張り出す必要はないだろうって」

「その戦闘職が役に立たないから、俺が出張るハメになったんだよ」

「というと?」

「肉を持ち帰ってこねぇんだよ」 


 魔物を倒すとアイテムを落とすことがある。

 このドロップアイテムからしか、肉を手に入れる方法がなかった。

 しかし、戦闘職は肉を持ち帰りたがらなかった。


「気持ちは分からないでもないぜ。ポーションとかを優先させるよな」


 自分で使ってみて理解した。

 ポーションは便利だ。そして万が一のことを考え、貯めこみたいと考えることも。


「……肉、足りてなかったんですか。ぜんぜん知りませんでした」

「それなら生徒会も報われるよ。一年には知らせないようにしてた」

「……捨ててしまったこと……ありました」

「仕方がないさ」


 高校の一年と二年の差はデカい。異世界に召喚され、打ちのめされた生徒は、やはり一年に多かった。だから、一年には肉のことを伝えないようにしていたのだ。

 不幸中の幸いで神明高校が転移した場所は緑豊かだった。

 食べられる野菜や果物が沢山あった。

 スキルで植物の育成を早めることもできる。しばらく食べ物に困ることはないだろう。

 だが、肉だけは……いかんともしがたかった。

 そこでいくつかのパーティーが、肉を重点的に集めるよう、生徒会長から指示された。

 そのうちの一つに俺は参加していたというワケだ。


「ドロップアイテムで魔法の鞄ってあるだろ。見た目に反して詰め込めるやつ。あれが行き渡れば解決するはずだった。戦闘職だって好きで肉捨ててるわけじゃないしな」


 とにかく嵩張るのだ。肉は。

 苦労して持って帰っても、生徒会からお褒めの言葉があるだけ。捨てる……ドロップしなかったことにする、戦闘職の気持ちも分かる。生徒会長の一言があったら違うんだろうが……いちいち生徒会長が謝意を示すのは、ちょっと現実的じゃないんだよなぁ。生徒会長の仕事を減らすことに、血眼になっている副会長が、認めるはずもない。


「先輩が探索に参加した理由は分かりました」

「仲が悪かった理由か。簡単だ。戦えない俺のコト、見下してたんだよ。まー、連中からすれば戦いもしないクセに、功績掠め取ってるように見えたんだろ。生徒会長に褒められるのは、なぜか荷物持ちの俺だったし」

「生徒会長が不和を煽ったんですか?」

「ああ、言い方が悪かったな。煽ったというか、筋を通しただけ。生徒会の要請に応えたってのは同じだが、俺と新宮たちじゃ立場が違う。向こうは戦闘職で、俺は支援職の括りではあるが、実際のトコは生産職と一緒、非戦闘職みたいなもんだ。労うなら俺からになる。そもそもの話をすれば、俺は最初から嫌われてた」

「なぜでしょう」

「……仲良くやってたパーティーに、異物が混じって嫌だったんじゃないか。真相は闇の中だが。後は俺が経験値寄こせっていったのもあるだろう。寄生する気かって散々罵られた」

「それは……」


 擁護したいが、しきれない。そんな微妙な顔だ。

 同じ戦闘職のクラスとして、思うところがあるのだろう。


「レベルが上がればキャパシティが上がる。人形が増えれば、運べる荷物も増えるんだ」


 ダンジョンに召喚された直後。

 非戦闘職のレベルを上げてみよう、という機運があった。レベルが上がれば化ける可能性もあったからだ。しかし、結果は散々。非戦闘職はレベルが上がっても、戦闘に耐えられないと結論付けられた。俺もその流れで幾つかレベルを上げさせてもらったので、レベルアップがキャパシティ上昇に繋がると知っていたのだ。

 とはいえ、キャパシティが上がったところで、人形繰りを掛けられる人形はないんだが……話がややこしくなるので、シシィにはいわないでいいだろう。実際にキャパシティが上がったら、運搬用の人形を作るつもりでいたし。頼む当てだってあった。


「それなら分かります。でも、拒否された?」

「そういうこと」


 生徒会長から、俺に経験値を分けるよういってもらったこともあった。

 まぁ、逆効果になったワケだが。

 美人の生徒会長に目をかけられやがってって……ムキになられたんだよな。

 非戦闘職が戦場に近づくのは危ない。

 そういわれてしまえば、生徒会長もごり押しすることはできない。


「……なんだか仲悪くて当然って感じです」

「まーな。うまくやるには、俺がへいこら頭を下げるしかなかったんじゃないか」

「それも気に食わないですね」

「だろ?」


 そりゃ俺は戦ってないぜ。でも、命の危険はあった。

 少しくらい経験値寄こしたって、バチは当たらないだろう。

 俺も引かなきゃ、向こうも引かない。

 最近じゃギスギスがハンパなかった。

 

「だから、連中が命を落としたのは……」


 いいかけ、口を閉ざす。

 やめよう。

 なにをいっても自己弁護にしかならない気がする。


「……帰るぞ」

「……はい」

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