ep.6 女神神殿
帰り道は順調だった。
まぁね。一階にゃゴブリンしか出ないから。どれだけゴブリンが群れてたって、シシィの相手にならないのは見ての通り。ゴブリンが現れたら、瞬殺するだけの消化試合。
とはいえ、あのオーガのような例外もあるワケで。
構えていたが、結局ゴブリンだけしか出現しなかった。
んー、やっぱり、一階はゴブリンだけなの、か?
だとすると、あのオーガはどこから来たんだろうな。
「ようやく戻ってこれましたね」
「疲れたな。普段より短い探索だったのに」
「いろいろありましたから」
辿り着いたのは、がらんとした小部屋。
中央に不思議な色彩の結晶が鎮座している。あれこそが外界とダンジョンを繋ぐ、転移結晶だった。転移結晶に触れ、階数を指定する。するとあら不思議、次の瞬間にはワープしている。ダンジョンとは、外界から隔絶された、どこにあるかも分からない空間だった。
俺は転移結晶に触れ⸺ようとして、思い止まる。
「危ねぇ」
いや、マジで。手癖で転移しようとしていた。
疲労困憊なだけに、きちんと頭で考えないと、普段の行動をなぞってしまう。
「転移しないんですか?」
「なんか……気をつけなきゃって思った覚えが……あぁ、距離の問題だ」
転移なのだ。物凄い距離を移動している可能性が高い。
そもそも別の次元にあったとしても驚かない。
もしパスの距離が有限ならば、別々に転移したらパスが切れてしまう。
うーん、木像騎士が参考にならないのが痛いな。
木像騎士は俺が転移をすると一緒に転移してきた。
だが、これは俺の装備品扱いだから、一緒に転移してきていたのか。
それとも、木像騎士が自発的に転移結晶を使っただけなのか。
そこのところが分からない。
意識してなかったから。
もしパスが切れたとしても、物言わぬ木像に戻るだけ。
また、人形繰りを掛ければいいや、と無意識に考えていたのだろう。
「シシィ、人形を持ってたりしないか?」
「わたしの後輩を作るんですか」
「後輩……うん、まー、そう。人形に転移結晶を使わせる。戻って来るようなら、距離の制限はないと考えていい。で、あるのか、ないのか」
「あ、ないです。日和ちゃんなら持ってたと思いますけど」
日和というのは、シシィが組んでいたパーティーのリーダーらしい。
一見ボーイッシュな容姿なので、サバサバしていると思われがちだが、実際は可愛いものに目がない性格なのだという。彼女なら絶対に人形を持っていたし、なんなら作ってくれただろうとのことだった。
「わたしよりぜんぜん女の子らしいですよ」とのコメントに、俺は愛想笑いを浮かべることしかできなかった。ふつうの女の子は、嬉々としてゴブリン惨殺したりはしない。
むぅ。一か八かで、転移してみるしかないか。
俺が悩んでいると、シシィがあっけらかんといった。
「一緒に転移すればいいんですよ!」
「は? できるのか。そんなことが」
そりゃ、一緒に転移できれば、問題を棚上げできるが……そんな方法聞いたことがない。
「手をつないで転移するんです」
「……あぁ、男子はしないな。そういうベタベタしたの」
どうぞ、とシシィが手を差し出して来た。
気恥ずかしさを押し殺し、手を取る。シシィの顔が見れない。
「試しだ。掛け声はシシィがやってくれ」
「…………」
「…………早くやれよ」
にぎにぎするんじゃない。
「サービス精神が足りないんじゃないですか、先輩。では、入口に」
シシィがコマンドを唱える。ふっとした酩酊間の後、俺の姿は神殿の中にあった。
シシィは……いるな。成功だ。
「おい、いつまで握ってる」俺は手を振り払う。「お前は俺を殺す気か」
「ドキドキして死んじゃいそうでした?」
「アホか。なんでもかんでも色恋に絡めるな」
本気で苛立っているのが伝わったのだろう。シシィが神妙な顔になる。
「いいか、シシィ。自覚があるか知らんが、お前は美少女だ。お前と親しくしてたら嫉妬で殺されかねないんだよ。冗談じゃないからな」
パーティーを組むだけなら、まだ羨ましいで済む……はず。そう願う。
だが、この調子でいちゃつかれたら、確実に殺意を抱く男が出るだろう。
男女で寝所は別なのだ。シシィに守ってもらえない。
寝込みを襲われたら、俺に抗う術はない。
「分ったか」
「はい、わたしの美しさがいけないのだと」
……ぶっ飛ばしてぇ。
落ち着け。賭けてもいい。殴ったってシシィは理解しない。
まるで悪女のようなセリフだったが、俺がいったことをオウム返しにしただけで、美少女だという自覚は薄いように思える。要するにシシィは「ナニいってんだコイツ?」と思っているのだ。パスで俺が本心語ってるって、分かってるはずなのによぉ。
くそったれ!
心を落ち着けるべく、シシィから目を逸らす。
ふと、転移結晶が目に入った。
「……なんで女神の神殿が、ダンジョンに繋がってるんだろうな」
「不思議ですねー」
で、といいたげなシシィ。大して興味がないのだろう。
君、さっきサービス精神がないって詰ったよね。自分はいいんだ。
ここは女神神殿。
女神により異世界に召喚されると、目と鼻の先に謎の神殿があった。誰もが女神の神殿なのだろうと考えた。実は祭られているのが、女神なのかは謎なのだが。
それっぽい女神像は沢山ある。だが、女神のアナウンスは声だけだったので、果たして女神を模した像なのか、見た目では判断がつかないのである。
とはいえ、女神由来の神殿であることは間違いない。
女神直々に、神殿の使い方の説明があったから。
転移の仕方もそう。
隣の部屋には、ステータスプレートを作れる部屋がある。
女神像に祈るとステータスプレートができるのだ。
無心論者の多い日本人だ。いわれなかったら、絶対気付かなかった。
後は、封鎖されているが、女神ショップとか。
「一説によると、神殿は神の家だ。つまり、ここは女神の家なワケで。自分ちの一室を、魔王に貸してるのか」
「家ですかねぇ。ショッピングモールじゃないですか」
「…………」
議論するつもりがないシシィは、神殿の上っ面しか見てない。
だからこそ……本質を突いている気がした。
確かに、必要な機能詰め込んだだけ。家って感じじゃないか。
「そういえば、騒がしいが、なんかあったのか」
「見てきましょうか?」
「いや、俺が行く。シシィはここで待て」
「えー。先輩が行くなら、わたしも行きますよ」
「そういうトコが信用できねーんだよ」
いったよな?
シシィと仲のいいトコ見られると、嫉妬に狂ったロリコンが、俺のタマ取りくるってさ。
ここは別行動がマスト。選択肢は、どっちが様子を見に行くかだけのはず……。
……いや、本当なら、これぐらいの温度感……俺の説明不足が原因か。
時間がなかった。だから、省略した。それもある。
でも、本当のところは……いい辛かったんだよ。
俺が、男子から滅茶苦茶嫌われてる、なんてさ。
イキリ散らかしたい年頃である。
クラスが戦闘職じゃないというだけで蔑まれる。
俺はそれをなんとかしたかった。自分ができることを探し、生徒会の手伝いを始めた。だが、それが裏目だった。生徒会長は美人だ。大事なことなので、もう一度いおう。絶世の美人なのだ。非戦闘職の分際で、生徒会長に取り入った。そう捉えられてしまった。
俺は放課後はバイト三昧で、親友と呼べる間柄がいなかった。
フォローしてくれる人もおらず、あっという間に俺の評判は地に落ちた。
そう、俺が普通の交友関係を築けていたら、多少の嫉妬くらい笑い飛ばせたのだ。
「……ハァ。向こうか」
騒ぎはエントランスで起きているようだ。
人ごみをかき分けて進むと、ボーイッシュな少女が屹立していた。椅子に乗っているのだろう。一人だけ飛び抜けて見えた。彼女を取り囲むようにして、男たちが叫んでいる。
……なんなんだ。アイドルのコンサートかよ。
エントランスには、人がひっきりなしに行き来している。
その場にとどまるのも一苦労だった。
レベルが上がっていなかったら、ピンボールのように弾かれていた。
少女が拳を振り上げ、叫ぶ。
「私たちを助けるため、彼女は残ってくれました! 逃げる最中、私は見ました! 彼女がオーガと切り結ぶところを! オーガは私たちを追えなかった! 彼女に抑え込まれていたから!」
うおおーー、と怒号が響く。
本当にアイドルコンサート染みて来た。
解散するよう叫んでいるのもいるが、はっきりいって相手にされていない。
「……仮称オーガは…………犠牲者が何人も………………レベル……じゃ相手に……」
「……生徒会長……指示……隊がすで…………任せて…………」
……ふむふむ、事情は把握した。
何事かと思えば……シシィの捜索隊を募っていた。
恐らくあのボーイッシュな少女が、先ほど話に上がった日和ちゃんだ。
たいしたタマだ。扇動が上手い。
いかな強敵でも、大勢でかかれば勝てる?
俺のパーティーは、六人もいたが全滅したぞ。
オーガを倒せるかも知れないが、それまでに何人死ぬことか。
合間合間に、シシィの生存を匂わせているあたり抜け目がない。純粋にシシィの実力を信じているだけかも知れないが。思い返せば、シシィだけが一撃でやられていた。俺のパーティーは弄ばれていたのに。案外、オーガとシシィの実力は、伯仲していたのか。
しっかし、「オーガを倒して、ロリ美少女ゲットしようぜ」か。
男心のくすぐりかたが分かっている。
一方、解散するよう叫んでいるのは、オーガの討伐隊だ。
生徒会にオーガの討伐を頼まれたらしい。
危険だから解散するよう言っているのだが、欲望に支配された男たちの耳には届かない。聞こえないふりをしているのか。
理は討伐隊にあると思う。
ダンジョンの通路はさほど広くない。
大勢で押し寄せても意味がない。
だからこそ討伐隊の声はかき消されてしまう。
つーか、生徒会もいるな。ほぼ勢揃いだ。頼んだ手前、放っておけなかったか。
とはいえ、生徒会を足しても多勢に無勢。
「……あああ。見なかったフリしてぇー」
俺は足早に転移部屋に戻る。
「シシィ」
声を掛けるとシシィはピョコッと飛び上がった。
目を閉じていたので俺に気付かなかったらしい。
……さてはパスで俺の感情を読むのに集中してたな。
まぁいい。
「誰か来たか?」
「いえ、誰も」
意外だった。抜け駆けする男はいると思ってたんだけどな。
いや、日和はオーガの恐ろしさも併せて喧伝していた。命がかかっているなら二の足も踏むか。
「お前の仲間の仕業だった」
端的に告げると、シシィは「はい?」と首を傾げた。
分からないだろうが、俺も丁寧に説明する気はない。どうせ、行けば分かるんだし。
「ロリかわいい女の子を助けてくれってお願いしてるんだよ」
「わたしは大人ですよ」
「そういうのはいいから。バカな男が大勢踊らされてる。早く行け。バカ騒ぎはシシィがいかないと収まらない」
「先輩は?」
「そっちの荷物を寄越せ。肉は俺が納品しておく」
シシィの背中を押し、部屋から追い出す。
「……ちょっとシシィの人気甘く見てたわ」
感動の再会が目に浮かぶ。
困ったような顔で歩いてくるシシィを、日和が駆け寄り、抱き上げる。所在なさげに揺れるシシィの足。地面に届かないのだ。ロリだから。恥ずかしいのでやめて欲しいが、心配かけた覚えもあるので、強く出ることができない。もじもじしていると、どいて、どいて、と残りのパーティーメンバーも合流を果たす。
ワー。キャー。突如出来上がった、百合百合しい空間に男子一同は大歓喜。
俺の勝手な想像に過ぎないが、大きく間違っちゃいないだろう。
心中を推し量るのは得意なんだよ。両親の顔色を窺って過ごしていたから。小さい頃は。
望まないことをすると叱られた。それで収まるならまだマシで、躾と称して叩かれることもあった。何を考えているのか。察することが出来なければ、まともな生活を送れなかった。
とはいえ、心の動きが手に取るように分かったのは、両親と性根が似ていたからなんだろうな……。
それでも、これぐらいはさ。
転移部屋を出ると、想像した通りの光景が目に飛び込んできた。
「……すげぇな。手隙の人間は全員いるんじゃねぇか、これ」
思わず笑みが漏れる。
悪いな。そのロリは予約済みなんだよ。
というか、誰か一人ぐらい、俺に反応しろよ。
俺がエントランスに姿を現しても、鞄のお化けかとギョッとされただけ。スクール鞄を腹と背中に装着した上、小脇にも抱えているのだから、なんだこれと思うのは分かる。
でもさ。俺だってオーガに襲われてたんだぜ。
無事だったのか! と喜んでくれる人は?
う~ん。シシィとパーティー組んで、俺は無事でいられるのか?
「……学校出ることも、検討しないとな」
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