ep.21 蘇生

 雫だった。

 彼女の背後には生徒会の面々が揃っている。

 

「ナニって。ジンモンだよ」

「そう」雫は一瞬だけ考え。「協力に感謝します。後はこちらで引き継ぐわ」


 有無を言わせない口調だった。

 虎居はなにか言いたげにしていたが、毅然とした雫にすごすごと引き下がった。

 雫の貫録勝ちである。こういうトコが副会長と役者が違うんだよなぁ。

 

「三間坂君と二人で話したいわ。席を外してくれる?」


 最初に虎居のグループが去った。次に三バカが。

 生徒会の連中は残りたそうにしていたが、雫が重ねていうと部屋から出て行った。

 俺が副会長に目配せしたのも効いた。お前の判断ミスでこうなったんだよ、と無言で訴えたのだ。見るからにボコられてるからなぁ、俺。


「……ふぅ。面倒なことに巻き込まれたわね」


 二人きりになると雫は姿勢を崩した。

 椅子を引っ張って来て、乱暴に腰を下ろす。

 

「……面倒って、お前なぁ。人が死んでんだぞ」

「不謹慎? 結構。たまには本音を語らせてちょうだい」

「……いやまぁ、分かるけどな」


 寝起きに人殺しがあったと告げられ。

 しかも、容疑者として拘束されているのは俺。

 悼むよりも先に面倒な、と思ってしまうのも無理はない。


「実感が湧かないのよ。死体を見てないから」

「それは、俺もだ。阿部や副会長が嘘を吐くはずないって分かってるんだけどな」

「あーあ。校舎で殺人かぁ。年貢の納め時かしら」

「自分の代わりがいると思うなら、引退したって構わないんじゃないか」

「いたら、真っ先に押し付けていたわよ」


 だろうな、としか言いようがない。

 賢いから、自分が適役だと判断できてしまう。

 責任感が強いから、背負った重荷を下ろせない。

 

「……こんな愚痴も、もういえなくなるわね」

「副会長に愚痴ってやれよ。喜んで聞いてくれるぞ」

「どうかしら。最初はそうかも知れないけど……」


 何度も続けば自分のほうが立場が上だと思い込む。そうなった時、副会長がどういう態度に出るのか。それが怖いと雫はいう。

 ……うぅん、こうなると、生徒会に愚痴れる相手って。

 たかが愚痴一つ。しかし、ナメられたら統制が効かなくなる。

 今は強い生徒会長が求められているのだ。


「いなくなることは否定しないのね、三間坂君」

「手の施しようがないだろ。もう」

「そうね。三間坂君に残された道は、死ぬか、学校を出て行くか。それは私を捨てて、学校出て行くわよね」

「……人聞き悪いこというなよ」


 雫は姿勢を正し、まっすぐに俺を見た。


「ねぇ。ずっと聞きたかったのだけど。どうして私に協力してくれたの?」

「……なにかにつけて、クラスに馴染めるよう、取り計らってくれただろ。その借りを返してただけだ」


 俺は祖父母に頭が上がらない。

 一人暮らしをする際に保証人になってくれた。家賃も支払ってくれた。

 だから、祖父母の期待に応えたかった。なのに、俺はバイトに明け暮れ、クラスに馴染めなかった。それを救ってくれたのが雫だった。

 例えばグループを作る際に、俺が自然に輪に入れるよう、フォローをしてくれたり。俺が気付いていないだけで、きっと陰でも動いてくれていた。

 

「はぁ~~。聞いておいてなんだけど……それだけで?」


 呆れたように雫が肩を竦める。

 容姿端麗な彼女がやると物凄く様になる。


「なにに恩義を感じるかは人それぞれだろ」

「そうね」雫は俺を見て。「そうかも知れないわね」


 暫く沈黙が流れた。

 ふと、雫は魔法の鞄を開けた。取り出したのはポーションだった。


「口が切れているわ。治したら?」

「拘束されてるんだが」

「外せないの?」

「……外せるけどさ。なんでそう思った」

「ふてぶてしかったから」


 普段の俺を知っている人からすれば、この状態で落ち着いているのは奇妙か。

 力を入れると拘束が外れた。千切れたハンカチが床に落ちる。

 雫からポーションを受け取り、飲み干す。


「……この鞄を作ったのが古知さんだったわね。惜しい人を亡くしたわ」


 悔やみの言葉を言いながらも、頭の中では算盤を弾いているのだろう。

 魔法の鞄の供給体制が崩れたのだ。魔法の鞄に手が届きそうだった戦闘職は憤るだろうし、魔法の鞄を前提とした肉の収集だって、今後の見通しが立たなくなった。

 計画を変更するなら、早ければ早いほどいい。

 だから、雫を責めるつもりはない。俺は・・


「犯人は虎居ね」


 唐突に雫が断言した。

 俺はポカンと口を開ける。


「……なんで?」

「直感スキルが、そう囁くの」

「え、雫、そんなスキル持ってたのか」

「実は持っていたのよ」


 茶目っ気たっぷりに雫が微笑む。

 だが、すぐに気鬱げな溜息を吐いた。


「三間坂君は……気付いていたか。まぁ、怪しいものね、彼」


 セオリー通りの行動を取っているのよ、と雫は続けた。

 言われてみりゃ、確かに。犯人は現場に戻って来る。その通りの行動を取っていた。

 

「でも、証拠はないのよ」


 俺としても、虎居が犯人だと立証できるのなら、それに越したことはない。

 だから、真剣に頭を捻る。


「……強いて言えば凶器ぐらいか? 見つかってないんだよな」

「果たして出て来ても、本当にそれが凶器なのか……判断できるのかしら」

「鑑定は……望み薄か」


 鑑定で凶器を使った人間の名前が分かればと考えた。

 そもそも鑑定でそういったメタデータが見れるか知らない。見れるとしても、鑑定のレベルが必要になって来るはずで……最も高レベルの鑑定の使い手が被害者なんだよな。


「科学部に近い三間坂君らしいアイデアね。鑑定は盲点だったわ。でも、無駄でしょう。鑑定で犯人が分かったとしても、その内容が正しいかは証明できない」

「みんな同じ鑑定結果だったら……」

「そのみんなが偶然全員科学部なわけ」

「口裏合わせてるようにしか見えないか」


 あー、でも、虎居を引っかけるだけなら、使えるか。

 鑑定で虎居が犯人だと分かったと本人に告げるのだ。

 古知先輩の敵を討てるといえば、阿部は絶対に乗って来るだろう。

 でも、阿部、逸って殺されそーだよな。


「密室殺人から、なにかないか」

「考えても意味はないわよ」


 雫がバッサリ切り捨てる。

 そんなにダメか?


「……ああ、虎居が鍵を持ってる可能性があったか」


 あるなー、普通に鍵を持ってる可能性。

 誰も虎居が犯人だと思っていなかった。身体検査を受けていないはずだから。

 俺が納得していると、雫がくすくすと笑った。

 

「今度は生徒会長らしい、というべきかしら。この世界に来て。スキルを目の当たりにして、大変なことになったと思ったの。だって、犯罪の取り締まりも一筋縄じゃいかないのが明らかだったから」


 あっ。目から鱗だった。

 そうか、スキルがあったか。


「虎居が鍵を持っている可能性はあるわ。でも、この場合は、なんらかのスキルの仕業と考えるのが妥当だと思う。三間坂君だって密室を作れるでしょう」


 まぁね。俺が部屋を出たら、人形に鍵を閉めさせる。それだけで密室の完成だ。

 証拠の人形が残るが、俺が白を切れば、証明は不可能である。

 人形遣いの詳しい仕様なんて、他人が知りっこないのだから。

 そして、それは他のクラスにもいえる、か。


「虎居のクラスは?」

「魔剣士だったはずよ」


 確か、魔法も使える剣士だ。

 初期から属性魔法が使えたはず。その属性次第じゃ、密室作れそうだな。

 オーソドックスなのは風か。風で錠を操作するのである。

 土なら鍵自体を複製できそうだ。

 パッと思いつくのはそれだけだが、いくらでも悪さができそうだ。

 

「ミステリーでスキルが出て来たら、台無しだってのは分かった」

「そうね。だからこそ、この線から虎居を追い詰めるのは難しいし、許可できない」

 

 現在、学校は性善説で成り立っている。

 そこへ「スキルによる犯罪」の概念を持ち込むのは避けたいという。

 人はできると知っただけで誘惑される生き物だ。

 犯罪が増え。

 治安が悪くなり。

 ギスギスしだす。


「虎居を検挙できるのならいいわ。できないでしょう? やり得だって思われたら、最悪よ。きっと、歯止めが効かなくなる」

「いつもこんなことまで考えてたのか。そりゃ肩凝るわ」


 俺が感心していると、雫が苦笑を漏らす。


「今は三間坂君のほうが大変でしょう」

「そうでもない」


 俺が答えると雫が目を瞬く。

 強がっているワケではない。

 他に選択肢がないから、腹を括れた。

 

「そりゃ森抜けるのは大変だろーな。でも、俺にはシシィがついてる。なんとかなるさ」


 俺と雫は割と話のテンポが合う。

 一を知り十を知る……とまでは言わないが、五か六ぐらいは伝わる。

 だが、この時は噛み合わなかった。


「雑賀さんも連れて行くつもり? 彼女は納得しているのかしら」

「……あー、あー、うん、まあ、そう……だよな……」


 人形のことを知らなかったら、そういう反応になるだろう。

 面倒くせーな。もういっそバラすか。この後のこともある。


「どう思う? シシィ」

「ごしゅ……先輩のされたいようになさるのが一番かと」


 いるかなって思ったら、本当にいた。

 雫は「ひゃぁ」と可愛らしい悲鳴を上げていた。

 うん、気持ちは分かる。おかしいよな。隠れる場所なんてないのに、シシィの姿が見当たらないんだぜ。俺もパスがなかったら絶対に気付けなかった。


「なんでシシィが見えないんだ?」

「隠形のスキルの効果です」

「いや、そんなスキルなかったよな」

「生えてきました」


 ……雨降ったら筍生えますよね。当たり前じゃないですか、みたいに言われてもさ。

 シシィの動きは元から忍者っぽかったし、体得できても不思議じゃないのか?

 

「雑賀さんはいつから?」

「泊里先輩と一緒に入って来たんですよ」

「……まったく気付かなかったわ」


 雫は眉間に皺をよせ、「誰も気づかなかった? どうやって防いだら」と、ぶつぶつ独り言をいっている。早速雫の心労の種を一つ増やしてしまったらしい。

 ……ん? さっきまでシシィは放送室に居なかったのか。だとすると、虎居が俺を殴る蹴るしてたトコ、見てなかったんだな。なのに、殺気交じりの念話が届いたのは……?

 オスというように、つば衛門が手を上げた。そーか、お前が居たのか。


「シシィ、スキルを解除してくれ。声だけするのは不気味だ」

「いいんですか? 見えたらいけないものが、見えちゃいますけど」

「ああ、連れて来たのか」

「はい」

「いい。やれ」


 俺の合図で隠形が解かれる。

 シシィが現れ、その足元には、


「……古知先輩」


 死体があった。

 シシィが整えたのだろう。眠っているだけに見えた。


「死体を盗んできたの?」


 雫が声を荒げる。俺は掌を向け、黙るよう示す。

 本当は雫に一通り説明してから実行するつもりだった。

 だが、ダメだ。

 

「三間坂仁の名に於いて」


 見てらんねぇ。

 

「魂なき器よ。我が命に従え」

「三間坂君? スキルでなにを……」


 一度目の人形繰りは止むに止まれぬ状況だった。

 禁忌を犯す、などと意気込んでいた。

 だが、実際のところデメリットはないに等しかった。


「死者蘇生!? 嘘でしょう!?」


 古知先輩の頬に赤みが戻るのを見て、雫が目を真ん丸にして叫んだ。

 防音がしっかりしていなかったら、ぶん殴ってでも止めていた。

 俺たちが見守る中、古知先輩は目を開いた。


「ん。おはよう。最悪の夢見た」

「たぶん夢じゃないと思いますよ」

「知ってる。犯人はヤス」

「……虎居の名前、ヤスでしたっけ?」

「滑った。そう虎居が犯人」


 被害者自身の口から事件の全貌が語られた。

 古知先輩は虎居に化学室に連れ込まれた。

 告白を断ったところ逆上されて殺されたという。

 

「痴情のもつれですか」

「向こうが言い寄って来ただけ」


 あまり表情の変わらない古知先輩だが、この時ばかりは物凄いしかめっ面だった。

 自分を殺した相手と色恋沙汰があったと思われるのは嫌か。

 でも、誰がまとめても「痴情のもつれ」になると思う。

 他に言いようがないし。


「美弥先輩、いいですか?」


 シシィが古知先輩に声を掛ける。


「ん?」

「分かります?」

「んっ」

「手短に説明します」

「ん!」


 言うなり二人は目と目で会話を始めた。

 パスで会話をしている……のだろう。


「……なにあれ。いつの間に人類辞めたの?」

「辞めてねーよ! って言いたいが、俺もよく分からん」

「なんで三間坂君が分からないの!? 貴方のスキルでああなったんでしょう?」

「……うん、本当にな。なんでなんだろ」


 俺は釈然としない思いを抱えながら、雫に人形繰りの説明をする。

 目の前で事が起きたのだ。雫の呑み込みは早かった。


「…………頭が痛いわ。死者蘇生なんて伝説レベルの偉業よ」

「現実じゃな。ただ、ここはゲームみたいな世界。神官のレベルが上がれば、死者蘇生も珍しくなくなる……んじゃないか、たぶん、きっと」

「誰でも生き返す……のは無理なのね」


 雫は自分で答えを導き出す。

 まぁ、制限がないのなら、新宮たちを生き返してた。


「こういったらなんだけど……古知さんが生き返ったからいえることだけど……潮時だったのかも知れないわね。三間坂君は学校を出て行くべき。死者蘇生はちょっと……騒動になる未来しか……」


 そうだな。全員生き返らせられるのならいいんだよ。

 だが、実際には一握りの人間しか。

 きっと、バレたら今の嫉妬の比じゃないほどに恨みを買う。


「先輩、一通り説明が終わりました」


 シシィが古知先輩の手を引いていた。

 そうしてると、どっちが年上だか、分かりゃしねーな。


「シシィ、後は任せていいか」

「はい? はい。わたしの好きにしていいんですか?」

「良きに計らえ」


 シシィの自主性に任せるのは若干……いや、かなり不安だったが、眠気には勝てなかった。

 もーね、限界。なにも考えられねぇ。

 古知先輩を生き返して緊張の糸が切れた。


「……どう……す? 先輩は、復讐…………して……」

「んっ…………ケジメ……」


 俺は目を閉じた。電源を切るように、一瞬で意識が飛んだ。

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