ep.20 尋問

 ドラマであるよな。

 頑なに口を噤む容疑者。

 尋問はエスカレート。

 いつしか拷問に。

 そんな感じのシチュエーション。

 じゃあ、逆に尋問がダレたら?

 

「一番。虎居いっきまーす。お前が犯人なんだろぉー。オラァ!」


 やっぱ、拷問になるんだよなぁ。

 俺はサッカーボールのように蹴り飛ばされた。


「虎居ぃ。ぶっ飛ばすなよ。サンドバッグ直すの面倒だろーが」

「わりー、わりー。俺が直すからよ。オラ、次、どーぞ」

「行くぜ、ワンツー、ワンツー!」

「おーい、尋問だって忘れてませんかー。いちおー」

「いい加減、ゲロっちまえよ。オラオラオラァッ!」

「違うゲロ出るだろー、それ」

「ギャハハハハ」


 この間、俺はボコボコにされている。

 最初はまともな尋問だった。

 俺が連行されたのは放送室だった。

 防音なので多少騒がしくしても、声が漏れる心配がないこと。放送室に出入りできるのは、鍵を持った生徒会だけなので、横槍が入る可能性が低いこと。

 放送室を選んだ理由を、副会長は指折り教えてくれた。

 助けは来ない。自白するなら早くしたほうがいいと、プレッシャーをかけたつもりだったのだろう。

 だが、俺は潔白なのだ。

 ビビる理由はなかった。

 椅子に縛られたのは焦ったが……まぁ、容疑者だし。納得はできた。

 副会長が音頭を取り、尋問は進められた。激高しがちな阿部を、副会長が取りなす。だが、伊藤の話の焼き直し。目新しい話題はなかった。だから、俺も淡々と回答していく。

 後から考えると、ここが転機だった。

 しどろもどろに答えたら、怪しまれてしまうワケで、回避しようもないのだが……。

 冷静に回答する俺を見て、副会長はこう考えたのだろう。

 

『三間坂は古知殺しの犯人じゃない』

『あるいは犯人だとしても、状況証拠では口を割らない』

『いずれにせよ、一度調べ直したほうがいい』


 副会長は生徒会のメンバーを連れ、放送室を出て行った。

 時刻は四時。朝の早い生徒はそろそろ起きるかも知れない。その前に一旦、事態の隠蔽を図るのだという。殺人があったことはいずれ明らかにする。だが、伝えかたを誤ってしまえば、それこそパニックになってしまうからと。

 風向きがおかしくなってきたのは、ここから。

 

『んー、俺たちでジンモンやっとく?』


 虎居はそんな軽い口調でいい⸺俺を殴った。


『な、なにをやっているでござるか!?』

『ござるだって。ウケるぅ。ジンモンだよ、ジンモン』

『殴る必要がどこに』

『竜胆はお行儀がよすぎんだよ。スナオにさせてーんだったら、こうするのが一番なんだよッ!』


 虎居がなにか言うたび、俺は殴られた。

 面白がった虎居の仲間が蹴る、殴るに加わる。

 かくして尋問という名の拷問が始まったワケである。


「もったいねーことしやがって! せっかくのロリだったっつーのに!」

「…………ッ」


 虎居の野郎! スナック感覚でヒトを殴りやがって!

 だが、分かった。古知先輩を殺したのは虎居だ。

 虎居の仲間は面白半分に俺に暴力を振るう。

 しかし、虎居は違う。

 冗談めかしちゃいるが……俺を殺す気じゃねーか。

 仲間にバレないよう、俺を殺そうと必死だ。

 

「マジ、ウケる」


 思わず口をついて出た。

 

「アァッ!?」


 やべ。虎居がキレた。いや、丁度いい。

 殴られる角度を調整して……っと。


「こっち来たでござる!」

「うおっ、マジかよ!?」

「……ふぇっ?」


 虎居に殴られた俺は、三バカを巻き込んで転倒。

 よし、狙い通り。


「黙って聞け。俺は平気だから、お前ら、大人しくしとけ」


 こいつら根は善良だから、虎居に噛みつきそうでさ。

 釘を刺しておかないと危うい気がした。


「虎居がやけに荒ぶってる。反抗したら殺されかねない」

「…………」


 宮本と目が合った。すると宮本は「いてぇ! 早く退け」と騒ぎ始めた。

 相変わらず空気が読める。

 阿部は……ダメだ。魂が抜けてら。どうも犯人を見つけなきゃ、という使命感で動いていたようで、俺が犯人じゃなさそうだと分かると、火が消えたように静かになった。

 俺は小声で伊藤と打ち合わせる。


「機会があれば、放送室から逃げろ」

「三間坂氏は大丈夫なのでござるか?」

「俺にゃシシィがついてる。むしろ一人のほうが楽なんだよ」

「そういえばシシィたんはどこに」

「さぁな。近くにいるのは確かだ」


 パスが。伝わって来るんだわ。殺してもいいですか? って。

 着信を拒否したいのに、ガンガン届くものだから、頭が痛い。

 虎居に殴られるのが気付けになるくらい。

 なんだよ。シシィからの念話は届かないんじゃなかったのか。

 あー、なんだって俺がこんな面倒な目に。

 そう思うが、場をコントロールできるのが俺しかいないのだ。

 シシィを使って制圧できないのが痛い。恐らく俺の意向を酌むと思うが……うっかり虎居を殺しかねないのが。なので、次善の策として俺が立ち回るしかない。


 まず、虎居は古知先輩を殺した。

 心証だが、間違いない。

 俺が生産職だったら、殺されていた。

 それほどの威力で殴られた。

 容疑者死亡でなぁなぁで終わらせることを狙ったのだ。

 虎居の誤算は、俺が戦闘職並みのステータスを得ていたことだろう。

 うっかり死なせなければならないのに、殺るためには本気を出さなければいけない。

 だが、殺意を全開にしたら、さすがに仲間も不審に思う。それで俺は助かっていた。


 虎居の仲間も彼の犯行を知らないのだろう。

 これがまた厄介。

 虎居が犯人だってバレないようにしないといけないから。

 なぜって? キレた虎居はこの場にいる人間、皆殺しにするぐらいやるよ。

 つまり、俺は犯人を庇いながら、助けた人間から暴力受けてる。

 ハハッ、酷く倒錯的な状況だ。

 

「おい、テメー、レベルいくつだ?」


 俺を引きずる虎居が、肩越しに振り返り、いう。


「そういう虎居はどうなんだよ?」

「なんでお前に教えなきゃなんねーんだ」

「そのセリフ。そっくりそのままお前に返すぜ」


 逆撫でする様な真似は避けるべき。

 分かっちゃいたが……堪えきれなかった。

 明鏡止水の効果は凄い。命の危機に晒されながらも、最善手を模索し続けられる。だが、冷静になったワケじゃなく、感情に仕切りがされただけ。区切られているので、他の感情に影響を与えない。そういう感じのスキルだから……痛いし、怖いし、勘弁して欲しいし、そのくせ俺がやらないとどーなるか分からねーし。

 つまり、すげーしんどい。

 虎居を小馬鹿にでもしなきゃやってらんねー。

 

「アァッ!? 三間坂よぉ、オメー、ブジでいられっと思ってんの?」

「思ってるが? 俺は殺してない」

「チッ! ハンセーの色がねーなッ」


 殴られる! と、思った瞬間。

 涼やかな声が響いた。


「なにをやっているのかしら」

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