ep.22 美弥

「くしゅん!」


 くしゃみで飛び起きると……古知先輩が仰向けに倒れていた。その小さなおててに、猫じゃらしを握り締めて。


「なにしてるんですか、古知先輩」手を差し出す。「まだ、夜は明けてないんですか」


 古知先輩はむっとした様子で、俺の手を取ると、


「逆。寝すぎ」

「え?」


 驚いて、手を放してしまう。古知先輩がコロンと転がる。奇麗な後転だ。パンツは見えなかった。いいね?

 怒った古知先輩は、自力で立ち上がると、俺をポカポカ殴り出した。

 なんか和むわ……じゃなくて。


「朝が来て。昼も過ぎ。夜になったってことですか?」

「そう」


 ……えぇ、寝過ごした気分だぜ。予定なんてなかったけどさ。

 

「起こしてくれてもよかったのに」

「シシィが寝かせておけって。人形繰りの副作用だから」

「俺、木像騎士に人形繰り掛けたけど、副作用なんてなかったですよね。古知先輩だって見てたじゃないですか」

「三間坂……人間と木は違うよ?」

 

 頭大丈夫? みたいな目で見られた。心外である。

 

「いい、三間坂。人に人形繰りをかけたら、それは死者蘇生」

「あ、はい」

「物にかけたら、それは生命創造・・・・。ぜんぜん違う」

「…………ッ!!」


 ……た、確かに。これは馬鹿にされても仕方がない。

 むしろ、同じ人形繰りとして、一緒くたにされているほうが謎だと古知先輩は語る。

 

「たぶん、副作用が出るのは死者蘇生のほう」

「生命創造のほうが大それたことしてません?」


 副作用出るとしても、逆じゃないのか。

 古知先輩が鼻で笑う。


「術者が知らないのに、私が分かるわけない」

「……あ、はい。そっすね」

「たぶん、死んでた時間だけ三間坂も眠る。明らかに、眠りの質が途中から変わった」


 シシィは出来立てホヤホヤの死体だった。

 だから、副作用の眠りも短くて済んだ。

 翻って古知先輩は殺されてから時間が経っていた。

 故に副反応も長くなったのではないかという。

 

「死んでるみたいだった。シシィは禊だって。私もそう感じた」

「そんな副作用が俺に……」


 なんでシシィは俺にいわなかったんだ?

 まー、分からんか。一回こっきりじゃ。

 特にシシィの時はな。オーガとの激戦があり。レベルアップだって。

 色々な要素がありすぎて、副作用と分からなかったのだろう。


「三間坂はロリコン」

「…………ん?」


 あれ、結構真面目な話してたよね。

 なんでいきなり俺がディスられる流れに?

 古知先輩は悔し気に拳を震わせながら語る。


「私は大人の女性。でも、小柄なのは事実。だから、三間坂は相手にしないっていった。信じていたのに……」

「……あのー、一人で納得してないで、説明してくれません?」

「分かった。心して聞く」


 古知先輩は語調も荒く、話があっちいったり、こっちへいったりで、全貌を掴むのは大変だった。


「シシィがいってた。洗礼があるって」


 その洗礼の内容を知り、俺は頭を抱えたくなった。

 

 ⸺いいですか、美弥先輩。ご主人様の人形になったからには、きっと命令されます。パンツ見せるように!


 いったよ? シシィにゃいったけど……古知先輩にはいえねーよ。

 シシィとは初対面だった。だから、言い訳もあったし、勢いでいえただけだ。

 古知先輩はシシィと口論になったらしい。


「三間坂はロリコンじゃない。だから、パンツ見たいと思わない」

「チッチッチッ。甘いですよ、美弥先輩。ロリコンだろーと、じゃなかろーと、パンツは見たい生き物なんです。男の人は!!!」

「っ!?」

「その顔。気づいてはいたけれど、認めたくなかったんですね」

「んっ、でも! 三間坂は!」

「真実はご主人様が目覚めたら明らかになるでしょう」


 シシィに散々脅された古知先輩は、眠る俺を複雑な気持ちで見ていた。

 死んだように眠る俺。脈もほぼなく。

 だが、パスから感じる繋がりは、俺が生きていると示していた。

 やがて、寝息が聞こえて来る。禊と称した副作用の終わり。

 しかし、それでもまだ起こそうとは思わなかった。容疑者として過酷な取り調べを受けていたことを聞いていたからだ。考えを改めたのはイビキが聞こえて来たためだ。

 

「私は警戒していた。荒ぶる鷹のように」


 猫じゃらしで俺を起こそうとしたのは、悪戯ではなかった。

 少しでも俺から距離を取るためだったのだ。

 

「でも、三間坂はパンツ見せろと命令は・・・しなかった」

「はい。そんな命令はしません」

「手を変えて来た」

「…………?」

「手を離した」


 あぁ、引き起こそうとして、途中で手を放したから……コロンってしてたな。

 

「わざとじゃないですよ」


 嘘を見抜こうと、古知先輩は俺をじっと見つめる。

 やましいところはないので堂々と受けて立つ。

 

「……これがポーカーフェイスっ」


 シシィー!!!

 顔が引きつりかけたが、堪える。

 にらめっこが続く。


「三間坂はきっとはぐらかす。シシィはいってた」

「はぐらかしてません。本当のことをいってます」

「いい? 大問題。これは」

「あぁ、はい」

「アイデンティティに関わる」

「そこまで!?」

「三間坂がロリコン。かつ、パンツを見たい。導き出される答えは?」


 なんだよ、その妙な問題形式は。

 ええと、俺がロリコンで?

 パンツを見たい……古知先輩の、だよな?

 と、なると、


「俺がロリコンだと、古知先輩はロリだということになります」

「花丸をあげる」

「ありがとうございます」

「パンツ、見た?」

「見ました」


 嘘はつけなかった。

 どうせパスですぐバレるから。

 ……パス、感じているんだよな?

 

「三間坂はロリコン?」

「違います」

「んっ、なら、許す」

「ありがたき幸せ」


 なんか許された。


「それでここは、どこなんですか?」


 照明はカンテラ一つだけ。

 野外だということしか分からない。


「森の前」

「なんだってそんな場所に」


 消去法で選ばれたらしい。

 まだ古知先輩が殺されたことは公になっていない。しかし、いずれ明らかになる時のことを考えたら、古知先輩が表に出るのは避けたほうがいい。死者が出歩いても問題ない場所となると……森ぐらいしか思いつかなかったそうだ。

 まぁ、学校から逃げ出すにゃ、森抜けるしかないワケで。丁度よかったのか。


「シシィは? どこに行ったんですか」

「虎居に果たし状届け行った」

「は、果たし状?」

「間違えた。脅迫状」


 貴様の悪事はまるッとお見通しだ。

 バラされたくなかったら、指定された場所に来られたし。

 そう記した書状を虎居に届けるのだという。

 忍者っぽさに磨きがかかったシシィだ。完遂するだろう。


「三間坂の望みだっていってた。違ってた?」

「……微妙、ですかね。寝る前は、ケジメをつけるべきだって思ってました。いや、今も思ってますけど……この、後ろの森抜けたら異世界なんですよね。虎居なんか放っておいて、冒険出たほうがいいんじゃ……すみません。殺されたの先輩なのに」

「いい。私もそう思う」

「ゴキブリは叩き潰したほうがいいんでしょう。でも、バッチィですし」

「すごい分かる」


 頷く古知先輩に悲壮な色は見られない。

 

「虎居に殺されたコト、怨んでないんですか」

「怨んではいる。けど、それはそれ」

「…………?」

「今、私が大事なのは、三間坂とシシィ。後、つば衛門。それらを放って、復讐したいかというと、そうではないだけ」


 俺が困惑していると古知先輩が補足した。以前までなら確実にスルーされていた。

 いやが上にも関係が変わったのを実感する。古知先輩が俺の人形になったんだな……。

 無視されなくなったからって……こんな実感の仕方、締まらないが。


「……腹、減ったな」

「ん」


 古知先輩が魔法の鞄からサンドイッチを取り出す。


「いいんですか? 古知先輩のご飯じゃ」

「三間坂の」

「俺の……?」

「作ってもらった……らしい。料理研究部に、たくさん」

「そういうことなら、ありがたく」


 俺が食事を摂っている間、古知先輩が説明してくれた。

 このサンドイッチは、異世界の町へ行く準備の一環として、シシィが調達したものらしい。森を抜けるのに何日かかるか分からない。いい判断だろう。

 でも、

 

「不審に思われませんでした?」


 どこ行くつもり、ってならないか?

 数日かけて出掛けるような場所なんてないし。


「さあ? 私、ここにいたから」

「あー、そうでした」

「シシィ、八面六臂の大活躍」

 

 俺と古知先輩をここまで運んでくると、そのまま森へ偵察に。魔物はおろか、動物もいないことを確認すると、学校へと引き返し、食事を持ち帰るとまた……と本当に大活躍だった。

 いや、素直にすごい。こんなにできる子だったとは。

 

「事情は大体分かりました。古知先輩、暇だったんじゃないですか」

「そうでもない」

「…………」

「…………」


 会話が途切れた。だが、気詰まりではなかった。

 言葉こそ交わさないものの、パスによる意思の交感はある。ほとんど一方通行だが……。


「三間坂」

「はい」

「それ」

「はい?」

 

 俺が首を傾げると、古知先輩が自分を指差す。


「美弥」

「美弥先輩ですか」

「違う」

「違いますか」

「美弥」

「ははあ、ただ美弥と呼べと」

「そう。後、敬語」

「分かりました。分かった。これでいいんだな?」


 あー、うん、俺もね、思ってた。

 なんか敬語しっくりこないなって。

 これも古知先輩……改め、美弥を人形にした影響なんだろう。

 顔見知りを人形にすると、いきなり距離感変わって……違和感がすげぇ。


「それは私も同じ」

「ついに美弥も俺の心読めること隠さなくなったな」


 俺が苦笑いしながらいうと、美弥はきょとんとした。

 美弥は俺になにかいおうとして⸺唐突に茫洋とした瞳になった。

 突然だが、イヤホンマイクで通話してる人を見たことあるだろうか。

 虚空に喋りかけるから、一瞬ぎょっとする。

 マイクを見つけて、ああ、電話かと納得する。

 だが、もしマイクがなかったら?

 

「シシィに悪気がないのは分かってる。でも、誠実じゃない」

「…………」

「口だけ。行動に移さない。分かる」

「…………」

「黙って、シシィ。暴露する」

「…………」


 電波なやり取りが俺の目の前で繰り広げられていた。

 いや、きちんと念話でやり取りしているのだろう。

 でも、傍から見たら、かなり不気味だ。

 そんなことを考えていると、美弥の姿が忽然と消えた。


「んっ!」

「いたっ……くはないですけどっ!」


 美弥がシシィをポカポカしている……らしい。


「んっ!」

「そんなことをする美弥先輩はギュッとしちゃいますよ!」


 声だけが聞こえて来る。

 シシィは隠形を発動しているのだろう。

 そう遠くへ行っていないのはパスで分かる。

 

「…………」


 つば衛門が慰めるように、俺の足をぽんぽんと叩く。


「……居たのか」

「…………」


 がびーん、とつば衛門がよろめく。


「芸が細かくなったな」

「…………」

「何度見ても、不思議だよ。そのゆるキャラみたいな見た目で、なんで飛べるのか」

「…………」


 つば衛門が任せておけ、と胸を叩く。それから翼をはためかせる。

 が、一ミリも上昇しない。


「……? いつも飛んでたよな?」


 俺が疑問を呈すると、つば衛門が……浮いた。すぅーっと。

 あれ、翼は? もしかして、飾り?

 空中を旋回するつば衛門を眺めていると、


「戻りました」


 小脇に美弥を抱え、シシィが戻って来た。

 美弥がぐったりしていた。こちょこちょーと聞こえていたので、シシィにくすぐられたのだろう。よだれが垂れている。実にグッと来た。また、新しい性癖の扉が開いた。

 

「なんかよく分からんが、釈明があるなら聞くが?」

「あ、はい。ちょっとごしゅ……先輩に隠し事していただけです」

「それだけで美弥が怒るか? なにを隠してたんだよ」

「パスについてです」


 パスか。美弥が心を読んだことを指摘したのが切っ掛けだったな。

 美弥はなにを言っているのか分からないって顔をしてた。

 で、なにかを言いかけた美弥をシシィが念話で妨害した……のだと思う。


「俺が心を閉ざすと心の声は聞こえないのか」

「……気づいちゃいましたか」

 

 古知先輩と呼んでいた時、俺は美弥と一線を置いていた。心の声は聞こえていなかったのだろう。心の距離がそのままパスの距離となるのか。なのに、俺は心が読めて当然というニュアンスで語った。そこで美弥は俺が勘違いしていることに気付いた。

 そして、誰が勘違いさせたままにしていたのかも。


「別に害意があってのことじゃないんだろ」

「それは、もちろん」

「なら、いいさ」


 というか、思い返せば最初の頃に、シシィが口にしてたんだよ。

 俺の考えをピタリと言い当てられ、そこまで心が読めるのかと戦慄した。だが、シシィは、本当に心が読めていたら、逆に的中させなかった。俺が心を閉ざしても嫌だから、とそんな感じのことをいっていた。

 シシィが本気で隠す気なら、もっと巧妙にやっただろう。

 些細なイタズラに目くじらを立てても仕方がない。

 と、余裕ぶっていられたのも、美弥のつぶやきを聞くまでだった。


「……おお、ご主人様が調教されてる」

「…………」


 俺は咳ばらいすると、真面目な顔でいう。


「虎居に果たし状は届けたんだな」

「はい」


 シシィも負けじと真面目な顔で頷く。

 美弥よりも人形歴が長いだけあり、このあたりの呼吸はバッチリだ。

 

「どうやって虎居を仕留めるか、打ち合わせをするぞ」

 

 今度は。全員、作るまでもなく、真面目な顔になった。

 虎居を仕留める。

 それは殺すということに、他ならないのだから。

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