第10話~津田少佐、呉へ~

岩瀬が九鬼への電話から3日が経っていた。津田少佐が、呉への汽車に揺れながら、

独り言を喋っていた。周りの乗客の迷惑を考えずに大きな声で、

「なんで偉い俺様が、呉くんだりまで行かなくちゃいけないんだ。呉(工廠)のやつら、夜はぱーと豪勢に馳走してくれるんだろうな。芸者をつけてもらおっと。それも両脇に、ハハハッ。」

そうこうしているうちに呉駅に着き、津田は呉海軍工廠へ向かった。


津田は守衛室の前で、「砂山工廠長は入るかい?軍本部の津田が、面会に来たことを伝えてくれ。」と、タバコを吸いながら待った。

それから暫くして、赤羽晶一郎少尉が現れ、「津田少佐、お待ちしておりました。どうぞこちらの棟にお願いいたします。」と言い敬礼をした。

津田は、タバコを足でもみ消し、当然のように大きなカバンを赤羽に手渡した。

「よろしく。疲れたよ。しかし、呉は遠いな。」

赤羽はタバコを拾いながら、「工廠内の道路及び作業区間は禁煙ですので。」と言ったところ、

津田の頬がピクリと動き、「呉では上官に向かって物を言えるのかあ。貴様が口でタバコを持って帰れぇ。」と言い、赤羽が拾ったタバコを取り上げ、赤羽の口に入れようとした。

その時、砂山が津田の後ろに立っていて、

「津田少佐、遠路ご苦労様です。お待ちしておりました。」と言った。

津田は、振り返り睨んだが、軍服の中将の紋章に気づきハッとなり、

「砂山中将殿であられますか。軍本部の津田と申します。」と最敬礼をした。

砂山はにこりとしながら、「私が案内しますので、こちらです。」と言ったが目は笑ってなかった。砂山は津田に分からぬように、赤羽に対して頷いた。


応接室のソファーに座り津田は、

「軍本部の指令をお伝えに参りました。111号は、撤去廃棄せず、新日本郵船へ引き渡し、新日本郵船の資金により輸送船へ改修を行う。ついては、改修工事は三階菱重工業が行うが、海軍は呉工廠のドック等を三階菱重工業へ貸与すること。以上です。」

砂山は、「承知しました。」と答えた。

津田はソファーに背中を埋めながら「いや~大変だったのですよ。当初、撤去廃棄に決まった時から、それは違うな~。と思い考えに考えて輸送船に改修する案に辿り着いたところ、配下の青木から同じ進言があり、青木が言われなくても十分に分かっていた話しだったのですが、私が誠心誠意で本部に申し出し了解にこぎ着けた訳です。はっはっは、良かった。ホント、良かった。」

津田はあからさまに苦労を浮かべた顔をした。

砂山は、「輸送船に改修だとは思っても見ませんでした。流石、津田少佐ですね。今夜は一献したく、行き付けの料亭の予約をしていたのですが、先程、本部より電話があり、津田少佐を直ぐに戻して欲しいとのこと。残念ですが。」

あっけにとられた顔で下を向き小声で「料亭が…。芸者が…。本部の馬鹿野郎が…。」津田は涙を流し悔しがっていた。

「津田少佐、本部はそれ程、あなたの才能を買って(評価して)いる証拠ですよ。」

砂山は津田をおだてた。

「仕方ない。しょうがないな。戻るか。それでは、早速ですが失礼します。」

津田は満面の笑みを浮かべながら帰って行った。

砂山が「長瀬君、赤羽君、入っていいよ。」

隣の部屋で耳を欹てて聴いていた二人が入って来た。

長瀬が、「事前に、工蔽長から黙ってろと言われなかったら、あいつ(津田)をぶん殴っていました。」と言い。

赤羽は、「あんなに失礼な人は見たこともありません。(砂山中将)上官に対し、軍本部をかさに着てあの態度。許せません。」

「昨日の岩瀬少佐からの(私への)電話で、あらかじめ事の詳細が分かり、津田少佐への対応も私意もなくできました。彼(津田)が(軍本部に)着いたら席が無くなってるとは。愉快ですね。」

砂山、長瀬、赤羽の三人共、大いに笑った。

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