第13話~1942年6月 111号旅立ち~

真珠湾攻撃が昨年12月8日にあったためか、軍部は忙しく、輸送船の進水式には呉工蔽の10数名以外に出る人間はいなかった。

三階菱重工業は長崎造船所の所長他職員、約2百名が出席した。

ドックに注水が終わり、ドックの外から船を観て考え深く見ている人がいた。

その人の後ろから声がかかった。

「お久しぶりです。長瀬少尉。」

長瀬が振り返り、「やあ、佐々木さんか、ホント久しぶりです。昨年の5月以来ですから1年1か月ぶりですね。」と嬉しそうに答えた。

「長瀬少尉が昨年7月に異動されたことを、先程知りました。」佐々木は申し訳なさそうに言った。

「急な異動でしたので、こちらこそご挨拶に伺えずすいませんでした。いやーぁ。今日は進水式に来れて良かった。しかも、佐々木さんとお会いできるとは…。うん。しかしいい船ですね。船体も戦艦色(ねずみ色)とは違い牡蠣色で主砲や高角砲が群青色(コバルトブルー)ですか。凄く似合ってます。」長瀬は船の姿に魅了されていた。

「良かった。気に入ってもらえて。装備品は長瀬少尉のご希望に叶うように設計しました。対戦艦としては、武蔵の主砲同様46 センチ砲1門3連装ですが、命中率を上げたものを付けました。1門だけで、十二分に対応できます。

対戦闘機ですが、武蔵と比べ主砲・副砲各2門等が少なくなりましたが、そのお陰で総重量が2割減、スクリューの直径とピッチの形状変更により、理論上、船の速力が最速35ノット(約65km/hr)となると思われます。

また、新型対空火器10cm連装高角砲を6基付けることにより、武蔵と比べ命中率が2倍になりました。また、魚雷により片側に着弾が集中しても、5~6発くらいなら新たな注水設備により転覆せず運転が出来ます。如何でしょうか。」

「佐々木さん、短期間の間に…。ありがとうございました。それにこの船は美しい。感無量です。船首の桔梗の紋はどうして決められたのでしょうか。」

「この船は、当初は戦艦として、菊の御紋を付けるのでしょうですけど、輸送船となったことから、

弊社で決めてよいと海軍本部殿より言われました。そのことで、船長となる九鬼大佐にご相談に行ったところ、「6月に進水式をやるのでしたら、6月に花が咲く桔梗(ききょう)はどうですか。シャレですが、沈まないで帰郷(ききょう)するのにも通じますから。桔梗丸はいかがでしょうか。」と仰り、弊社上層部も気に入り決めました。」

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