第12話~111号の改修工事開始~
1941年5月吉日、呉工蔽場は、朝早くから数百人の見慣れない作業服を着た人々が守衛所に列をなしていた。
「今日からお世話になります三階菱重工業の木田と言います。」木田は会社から貰った通行証を守衛官に示した。
「よろしい。はい。次の方、どうぞ。」
そのやり取りを、工蔽長室から砂山中将と長瀬少尉が見ていた。
「111号の改修工事開始、本当にこの日が来たんですね。」長瀬の目から涙がちょちょり出ていた。
「私らの役目は、見届け役になりましたね。」砂山は嬉しそうに頷いた。
コン・コン・コン、赤羽が工蔽長室へ入ってきた。
「失礼します。砂山工蔽長、三階菱重工業の黒田部長殿と佐々木殿がお見えになりました。」
「お通し下さい。」
赤羽に案内され、白髪の人と背が高い人の二人が工蔽長室へ入って来た。
「初めてお目にかかります。三階菱重工業長崎造船所の黒田と申します。今回、111号の改修工事の取り纏め役を申し付かりました。」と白髪の人が挨拶をし、その後、背の高い人が、
「三階菱重工業長崎造船所の佐々木と申します。設計担当ですので、お見知り置き下さい。」
と挨拶をした。
「遠路、ご苦労様でした。呉で工蔽長をしています砂山です。よろしく。」
砂山は三階菱重工業の二人と握手をした。
「呉工蔽で111号の設計を担当していました長瀬と申します。よろしくお願いします。」
長瀬は、三階菱重工業の二人へ敬礼を行った。
長瀬は、佐々木広行を見て、歳は俺と一緒ぐらいかな?背は俺よりちょっと高いし男前だな。見た感じ(設計同士で)馬が合いそうに思えた。
砂山は、「こちらにお座りください。」と三階菱重工業の二人をソファーへ誘った後、
「黒田部長、呉工蔽の対応について、長瀬がご説明します。長瀬君、説明したまえ。」と言った。
「はっ、早速ですが、呉工蔽は貴社が行う改修工事については、口を出しません。ドックや休憩室、風呂、便所はお貸ししますが、改修工事の部材工具等諸費用については貴社にてお願いします。」
「三階菱商事本社の興梠から聞いております。拝承致しました。」と黒田が答えた。
「先程、口を出さないと申し上げて恐縮ですが、差し支えないようでしたら、111号の輸送船への改修の想いはお伝えしたいのですが。」長瀬が三階菱重工業の二人へ言った。
「どうぞ。お話しください。」と黒田は優しい目で答えた。
「111号は世界に誇る戦艦になるのが叶わず、輸送船となる巨大船です。国のため、いや、国民のための沈まない船を造って頂きたい。お願いいたします。」長瀬は頭を下げた。
「長瀬少尉殿、設計の立場から言わせてもらえば、戦闘による不沈船はあり得ません。」
佐々木は、冷ややかに答えた。
「…。沈まないでなく、沈めにくい船…。」長瀬は、言葉に窮した。
佐々木は、「設計条件を決めてほしい。例えば、敵戦闘機の数、敵戦艦の種類、船の最速走力。など。」と言った。
長瀬は以前から考えていたことを話した。
「米国の主力戦艦と、1対1で負けない船。敵戦闘機が10機飛来してきても、輸送船の戦闘力や走力で戦え、二重底と防護壁で沈まない船を造って欲しい。」
佐々木は、「もっと突拍子のないことをおっしゃるのかと思っていました。戦艦武蔵や戦闘機零戦を造ったのは弊社です。ご希望通りの戦闘設備を持った輸送船を造ってご覧に見せましょう。」佐々木は自信に満ちていた。
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