第3話~1941年3月某日~
カンカンカン・ドーンドーンドーン。
ここは、呉海軍工廠のドックの側。
ドックの中では、世界最大級の戦艦を組み立てている途中だった。
船体に二重底を設置し舷側甲鉄を組み上げ防御囲壁を設置する工事中のところに、軍服にコートを羽織り、少し小柄だが、がっしりした体躯の30才前後に見える男が、守衛室に現れ、砂山工廠長へ面会に伺ったことを告げた。
その男は、すぐさま工廠長が居る応接室へ案内された。
守衛室から案内をして来た兵曹長の階級章を付けた人が「ここで、お待ちください。」と、その男へ敬礼をし応接室を出て行った。
その男は、ソファーに座らずに立って待っていた。5分程して、砂山兼造工廠長が現れた。
「やあ、青木小尉、待たせたね。さぁすわりなさい。」と砂山工廠長が促した。
「はっ。砂山中将、失礼します。」と青木小尉と呼ばれた男は答えた。
「や~111号(大和型戦艦4番艦)だが、大分様になってきたよ。後で観に行ってくれたまえ。ところで、貴君がわざわざ東京から呉まで来るのには…。何かあったのかな。」
青木進は厳しい顔で立ち上がり、砂山に敬礼をしながら,
「実は、111号ですが、軍本部より指令があり工事を中止せよと、砂山中将殿へお伝えに参りました。」
砂山工廠長は、表情を変えず、じーと青木の表情を読んでいるように思われた。
「予算がないのかな。おーい。赤羽少尉いるかね。」
ドアをノックする音。
「工廠長、何でしょうか。」
「長瀬小尉を呼んで来てもらいたい。」
「畏まりました。」
砂山工廠長は、青木へタバコを勧めながら、
「青木君、現場の設計を担当している長瀬徹也小尉を呼んだから。確か長瀬小尉とは同期ではなかったかな。」
「長瀬とは、大学も部活も一緒です。」
それから暫く歓談していたら、長瀬がハアハアと息を切らしながらやって来た。
「工廠長、失礼します。」
「ご苦労様。私の隣りの席に座りなさい。」
「長瀬、息が苦しそうだぞ。運動不足だな。」
「おっ。青木かー。久しぶりだな。ドックの船底からここまで走るのは、結構遠くてしんどいからな。」
砂山は、二人の会話を笑いながら聞いていたが、真顔になり、
「ところで、長瀬君、111号の件だが、工事中止の命令が軍本部よりきた。ついては、ここまで作って残念なことだが、撤去工程と廃棄の見積りを作ってほしいが。ざっくり、いつまでかかるかね?」
長瀬の頭から血が引けていき、それから急に顔が真っ赤になり、青木を睨んだ。
長瀬は立ち上がり、「青木、貴様はそのことを言いに来たのか・・・。ぬけぬけと。」長瀬の唇が震え両手の拳は固く握りしめていた。
砂山は、長瀬を押し止めて、「青木君を責めてどうする。本部で決めたこと。仕方ないことだ…。このドックで生まれた船は工員達にとって我が子に等しい。残念なのは、戦艦紀伊(仮称)と呼んであげれなかったこと。」
長瀬は小声で、
「概算見積、概算工程でしたら、3日ぐらいです。詳細のものは、それから約7日かかると思われます。」
「長瀬君、ありがとう。」
「あの~。」
「青木なんだ。」長瀬は青木をまた睨んだ。
青木は、砂山に向かって、
「撤去廃棄するには、相当にお金がかかるわけで、もし、費用が一切かからないとしたら、軍本部も喜んで認めると思いますが。」
「青木、お前は馬鹿か、そんな虫のいい話がある訳ない。」と、長瀬は首を横に振った。
「砂山中将、思い付きで恐縮ですが、111号は、船の6割程が出来ていると聞いてます。民間会社へその状態で渡せば、輸送船等に改造し使える訳で、民間会社も乗ってくるのではないでしょうか。」
砂山は、タバコの火を消しながら、
「確かに、もし戦争になれば、戦地までの輸送船も沢山必要になるであろうし、民間会社も商売になればやってくれるかも知れないな。」
長瀬は興奮しながら、
「111号が生かせるのだったら、輸送船でも何でも図面をひきます。」と歓喜の大声で言った。
砂山は長瀬を手で静止し、目をつむり少し考えてから、
「青木君、一旦決定したことをひっくり返すのは相当に難しいが…。撤去を開始するのは、2週間待つことにしよう。その間に軍本部との折衝をお願いする。それでいいかな?長瀬君は輸送船への改造図面作成もいいが、駄目だった場合のために、撤去等の見積り工程表作成は進めておいて下さい。」
「はい。直ぐに東京(軍本部)へ戻ります。」「はい。作成を進めます。」青木と長瀬は立ち砂山へ敬礼をし、答えた。
青木は東京にある軍本部で上司の津田精剛少佐へ呉の報告に来ていた。
「砂山中将へ報告を済ませたか。」津田は、他の書類に目を通しながら、煩わしそうに言った。
「ご報告はしましたが、津田少佐にお願いがあります。」と、青木は低頭して言った。
「なんだ。」津田は青木に目もくれず書類を見ていた。
「111号の撤去工事は、無効として頂けないでしょうか。」
「はあっ、何をぬかすんだ。貴様には(呉に)報告だけをするよう指示しただけだ。それもまともにできないのか。」津田は立ち上がり青木を睨み付けた。
「撤去費用等が掛からない有効的な手段があります。お聞きいただけないでしょうか。」
青木は怯まず懇願した。
「うるさい。うるさい。うぬ(自)は、本部で決まったことに文句をつけるのか。馬鹿野郎、歯を食いしばれ。」
津田は、思い切り右手の拳骨で青木の左頬を殴っていた。
青木は倒れたが怯まない、「是非、お聞きください。お願いします。是非、是非に。」直立不動で懇願した。
青木は、呉の(みんなの)思いを諦めることは出来なかった。
(長瀬、絶対に俺は諦めないぞ。)青木は心の中で呟いた。
津田は、更に怒りが増し、青木の右肩を左手で抑え身動きが出来ないようにしてから、右手の拳骨で、青木の顔を何度も殴りつけた。
「お聞きください。」青木の顔は腫れ上がり血が滴っていたが、目は逃げていなかった。
津田は、青木の首根っこを掴み、ドアを開け廊下へ青木を放り出した。
「帰れ。反省しろ。」バターン。津田はドアを閉めた。
青木は、立ち上がりドアの前に立ち竦んだ。
(何か、良い手立てがないのか。)
そう思ったとき、後ろから声がかかった。「大丈夫かい。」振り返ると、男前で知性がにじみ出た仁(人)が立っていた。年は俺より3~4才上かな。階級章は、小佐、出世が早い。エリートか?
「顔の方は、大丈夫?」とその小佐が聞いた。
「このくらい。闘球の試合に比べれば大したことありません。」
「君はラグビーをやってたの?」小佐は右手を伸ばし、「私は、軍務局の岩瀬です。」
青木は敬礼しつつ、「初めてお会いします。艦政本部の青木と申します。」と言い握手を交わした。
「廊下を歩いてたら、会話が聞こえて来て、はしたないことながら聞いてしまいました。
もしよろしかったら、詳しくお話を聞かせてもらえませんか。力になれるかも知れません。」
夕方の勤務終了後に二人で会うことになった。
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