第2話~妻との出会い~
初夏のある日、京都の自宅へ、父の友人が女の子を連れて遊びに来ていた。
年は僕と同い年の10歳。11月生まれの僕より3か月早い8月生まれの女の子。
その女の子は、古都(京都)でも見ない程の可愛い子で、もしかしたら日の本一の綺麗な女の子に僕は思えた。
その子が、「私の名前は、明智玉(タマ)と言います。猫の名前みたいでしょ。フフ…。あなたのお名前は?」と微笑みながら聞いて来た。
「僕は、長岡与一郎。」
その女の子の前では恥ずかしくてそれ以上、言葉が出なかった。
以来、その子と会うことが無かったが、余りに(綺麗な子の)印象があり過ぎて、ずーと心の中に姿が残っていた。
それから5年が過ぎ、僕が15才になった時に父は、「与一郎、ここに座れ。当家の家風として二十歳頃までに結婚するのが習いとなっているが、お前の許嫁は、明智さんところの玉さんにしようと思うが、いいな。」と有無を言わさない顔で言ってきた。
「玉さんが、ぼ・僕でいいと言って下されば…。」僕は驚きと、あの娘とまた逢えるとの喜びからうわずった返答をした。
「明智さんの了解は得てある。玉さんもお願いしますと言っていたという。明智さんのところには、玉さんを早くも許嫁にほしいと言う話が何件もあったらしいが、玉さんが全て断ったという。何故に(玉さんは了解したのか。)お前のどこがいいのかは分からないが…。お互いが二十歳になったら式をすることで話を進めるから。いいな。」
それから、二人が再会したのは、僕が18歳になった時だった。
僕は徴兵志願で、横須賀の軍港へ行くため京都駅発の汽車に乗ろうとしていた。
「長岡与一郎君、バンザ~イ。」「バンザ~イ。」両親。親戚。知り合い等、百名位が見送りに来ていた。
汽車が出る直前、裸足の女の人が走ってきて窓越しに、「長岡さん、私のことを分かりますか。明智です。きっと帰って来てください。私、待ってます。これを。」と封筒を僕へ手渡した。
綺麗な女性の瞳が濡れていた。
僕は頷きながら、「玉さん。来てくれてありがとう。タ(マさんのため戻って来ます。)…、お国のため、頑張ってきます。」
汽車は京都駅を出て行った。
汽車の中で、封筒を開けると、中には手作りのお守りや、写真、手紙が入っていた。
写真は、初めて会った(10歳)時、記念に両家みんなで撮ったものだった。
手紙にはこう言う内容が書いてあった。
【明智家では時勢的に長岡家との婚約は解消だろうと話になり、父から与一郎君の見送りには絶対に行くな。と言われたが、きっとお見送りに行きます。お会いしたい。】
玉さんは裸足だったが、もしかして(僕に会いに行くなと)自宅で自由を奪われ、それでも靴を履かずに来てくれたのか?
玉さんの足指に土や血がこびりついていた・・。何て無茶をしたのか。一度しか会ってない僕の為に・・。
拭っても拭っても涙が溢れて手紙が滲んだ。
「玉さん・・。」
それから戦争が終わり僕が京都へ戻ったのは、事情があり戦後5年が過ぎていたが、ある人が身を挺して玉を救ってくれた。お陰で玉と晴れて結婚が出来た。
それから二人には長い年月が過ぎたが、不思議なのは、玉はあまり年を取らないように見える。
今も私(僕)と一緒に出歩くと夫婦とは見られず、親子と勘違いされてしまう。
玉は85歳とは思えない。誰が見ても50歳位に見えるんだ。
運転中に若手社員のお腹がクーウと鳴った。「すんません。今朝からあまり食べてないんで…。顧問~。腹が減って思ったことは、まだ(仙台)市内のコンビニには、ろくすっぽ食料品がな~いし、昨日も仕事の徹夜明けで寝るために漫画喫茶に入ったら軽食、ドリンクもなし、水だけ。何にも食料品が宮城(県)に入ってこない。
こう言う(災害緊急)時は、物資の調達が一番大事なんですね。身に沁みました。あ~あ、うまいものが食いて~いな。」
「小笠原君、調達なんて、いい言葉を知っているね。」
小笠原清秀は左手で頭を掻き、はにかんでいた。
(物資の調達が何よりも大事なのです。腹がすいていたら。なんとか(戦)に行けないですよ。)
その言葉の主(ぬし)をふと思い出した。
記憶の奥底にある軍服を着た理知的な姿を…。その人の顔を…。その名前は…。九鬼能高大佐(通称は船頭)のことを…。
この老人は、遠い昔の船のことも思い出していた。
うねりのある北海の海。
目の前には、大きな、とっても大きい。当時、世界最大級の輸送船。
その名前は、桔梗丸。
「う、う、う。」頭が急に痛くなって来た。
「顧問、大丈夫ですか?」小笠原が運転しながら心配して聞いて来た。
「う。あ。う。」言葉が出ない。左のポッケから携帯電話を取ろうとしたが右手が全く動かない。
死ぬのかな。十分生きたからそれもいいか。玉は生きているかな。生きてほしいな。
「こもーん。病院へ向かいますから。待っててください。もうすぐ高速を降りますよ。
顧問、こもーん。」小笠原は、運転しながら必死に叫んでいた。
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