第18話~民間船の悲劇、怒りの主砲がこれだ~

昭和20年8月15日正午、桔梗丸の乗組員達は仙台沖で停泊中に天皇陛下の玉音放送を聞いていた。

「朕深く世界の大勢と帝國の現状とに鑑み…。」

乗務員達は泣いている者や、茫然としている者。ほっとしている顔をしている者。拳を床に叩きつける者。それぞれが、この日を記憶に焼き付いているように見えた。

前田が九鬼のところに走ってきて、

「船頭、宜しいでしょうか。8月8日に、ソビエト連邦が我が国へ宣戦布告をしてましたが、日本が降伏した今が、満洲、朝鮮、北海道にいる日本国民が危ないと自分は思います。」と蒼白になりながら言った。

船長室に来ていた福士が、

「ソビエトは我が国との中立条約を勝手に破棄したばかりでなく宣戦布告をしてきました。日本が降伏に至った今後も攻めに来たら非道極まりない行為ですが、彼奴等ならあり得ますね。桔梗丸は如何いたしましか?」と怒りながら九鬼の答えを待った。

「前田さんにお願いしたい。今から30分後に総員をデッキに集めて欲しい。桔梗丸のこれからについて皆さんに話をしたいと思います。」

「船頭、承知致しました。」前田は敬礼し急いで走って行った。

「福士さんに。豊田さん、中村さんを入れたお三人に協力して頂きことがございます。至急ここに参集をお願いしたいのですが。」九鬼は毅然とした態度で言った。

「承ってございます。」福士も小走りに出ていった。


デッキに総員107名が九鬼の前に整列していた。

「一同、船頭へ敬礼。」福士が大声で叫んだ。

九鬼は答礼し、

「諸君、知ってる通り今日で戦争が終わり、桔梗丸のお勤めも無くなりました。

桔梗丸は、輸送船と言えども主砲等装備があるため、米軍に撤収されるでしょう。

ついては、明日、仙台港へ入港後、解散とします。

輸送費で貯めた現金や食料品があります。皆さんに均等配分しますので、今後の生活の糧にしてください。今迄、本当にありがとうございました。」と言い頭を下げた。

総員107名は、誰も何も言わず九鬼の顔をずーと見つめていた。


「船頭、104名の退館が終わりました。」

福士が報告をした。

「お疲れ様。フッ・フ。4人になってしまいましたね。」微笑しながら九鬼は答えた。

「船頭。豊田さんと中村さんは明日の出向の準備をしていますが。」

「3人に最後の(桔梗丸の)出港に付き合わせてしまって申し訳ない。」

「何を言いますか。流石にこの船を二人では動かせられません。4人で逝きましょう。」

九鬼は福士に頭を下げ、「すまないね。明日の8時に出発しまので、よろしくお願いします。」と言った。


翌日の6時過ぎに、福士が船長室に駆け込んだ。

コン・コン・コン。

「船頭、福士です。起きていらっしゃいますか。」

「何ですか。お入りください。」

「失礼します。直ぐに甲板へ来て頂けますか。」

「出港に何か問題がありましたか。」

「兎に角、お願いします。」

九鬼と福士が甲板についてみたら、104名の乗務員達が整列して立っていた。

「船頭に敬礼。」前田の合図で、104名が敬礼をした。

「何事か。」豊田と中村も甲板へやってきた。

「船頭、お三方、みずくさいですよ。桔梗丸は無二の友です。誰も置いては行けません。」と前田は言った。

「船頭、新人の私でも皆さんのやること(4人ので出港)は、分かってました。」と長岡が得意そうに言った。103名がにこやかに頷いた。

「お前らは…。」中村は目を両手でぬぐっていた。

「お陰様で、昨夜は久々、陸(おか)に上がり料理屋で思う存分飲みました。」整備員の鈴木が右手で酒を飲む真似をしながら言った。

「飲み過ぎて、船頭から頂いたお金もすっからかんです。」操舵係の山谷がおどけて言った。

「山谷。お前は、料理屋の若いべっぴんさんにお金を全て渡していたよな。」鈴木が右手の小指を立てながら言った。

「綺麗な子で思わず…。つい・・。ばれちゃいました。」山谷は頭を掻いた。

みんなが笑った。

「んうん。も~。私がお相手したのに。も~うぅ。」三浦が悔しそうな目でして山谷の左腕のつねった。

更にみんなが笑った。

「船頭、船員達の(船出の)総意のようですが、如何します。」と豊田が九鬼に尋ねた。

九鬼は頷きながら、「諸君、桔梗丸と最後の旅立ちとなるが宜しいか。」

みんなが、拳を天に突き出し大きく叫んだ。「おー。」

桔梗丸との死出の旅が始まった。


昭和20年8月22日4時20分 北海道の増毛沖。

桔梗丸は壮絶な行為を視ることになった。

日本の無防備の疎開船が潜水艦の雷撃により沈む姿を…。

その潜水艦は疎開船の沈没を見届けた後、水中に入っていった。

「あの潜水艦は艦橋の形よりソ連のものと思われます。」双眼鏡で覗きながら豊田が九鬼へ報告した。

「直ぐに、疎開者の救助に向かうよう皆さんに伝令をお願いします。」

「桔梗丸自体も潜水艦の的になることがありますが。」

「豊田さん。前田さんに潜水艦の探知を強化するよう伝えてください。福士さんには救護船の準備をするよう伝言をお願いします。」

「分かりました。」

疎開船は小笠原丸ということが分かった。

小笠原丸は乗員乗客合わせて699名が乗船していたが。桔梗丸は内、638名を救護した。


昭和20年8月22日5時13分 北海道の留萌沖北西33キロ。

疎開船の第二号新興丸がソ連の潜水艦により魚雷攻撃を受けた。更に浮上したその潜水艦は悪鬼のごとく第二号新興丸へ銃撃を開始した。ソ連軍の兵は笑いながら機銃を撃った。

第二号新興丸はやむを得ず応戦したが、大破・沈没してしまった。

犠牲者は400名近く。

桔梗丸は、まだ小笠原丸の救護にあたっていたため間に合わなかった。 


昭和20年8月22日9時13分 北海道の留萌小平町沖西方25キロ。

貨物船の泰東丸がソ連の潜水艦2隻の砲撃を受けていた。

まだ遠く離れている桔梗丸にも砲撃の音が聞こえてきた。

「日本の船がソ連の潜水艦の砲撃を受けています。」と長岡が操舵室にいる九鬼へ報告に来た。

九鬼の隣にいた豊田が驚き、「あっ。船頭、桔梗丸が助けに行きたがってます。」勝手に舵が回され全速で砲撃を受けている船の方へと向かっていた。

中村が操舵室へ走って来て、「あいつら(ソ連の兵隊)は、降伏した(日本の)民までも殺そうとする鬼畜以下です。攻撃させて下さい。」中村は怒りで唇を?み、血が顎を伝わった。

「中村、悔しいのは重々わかるが…。勝手にできることではない。敗戦国が砲撃をしたら国際問題となる。」と豊田が中村を諭すように言った。

「潜水艦までは距離は?」

「距離7.7キロです。」監視係の渡辺が答えた。

「福士君、この地点から浮上しているソ連の潜水艦を主砲で砲撃したとして、撃沈できる確率はどのくらいですか。」九鬼が聞いた。

「この距離だと普通は3割から4割、潜水艦は上部しか水面に出ていないですから、もっと厳しいですけど、桔梗丸は最新鋭の巨砲を持っており、しかも我が砲兵員達は名手ぞろいですので、10割、当てて見せます。」

「それだけではないのです。ソ連の潜水艦は2隻います。潜水艦に日本の船が攻撃してきたと母国へ連絡させたくはない。2隻を即時連発砲撃で仕留めるしかない。出来ますか。」

「う…。砲の標準を取るのに時間がかかります。1隻を撃沈しても早くても、2分程度の発射間隔がありますから1隻は逃げてしまいます。はっきり言って無茶です。」

「殿(しんがり)が敵の大将を討ち取ることの難しさよりも、この砲撃の計画は大変なのでしょう。やはり(砲撃する計画を)止めて、救護をしましょう。」

「船頭、桔梗丸は軋む音を発しやれと言っているように感じます。私も戦人(いくさじん)です。やれと言われれば死を賭してもやり遂げます。」一瞬だが中村が鎧をまとった姿をしている様に九鬼は見えた。

おや、急に艦の横から荒波か?巨艦桔梗丸が少し揺れた。桔梗丸が身震いしてるかのように。

やはり、桔梗丸が攻撃することを望んでいるのかも知れない。

九鬼の考えが決まった。

「主砲用意。標的は、ソ連の潜水艦2隻。」と九鬼は中村へ指示した。

「はい。」言うと同時に中村は主砲へと急いで走っていった。

中村は砲兵員達を配置に着かせた。ソ連潜水艦までの距離を図る測距儀係りについては、海軍一のスペシャリストの小山田が正確なデータを送ってきた。それに基づき主砲の旋回角と俯仰角を合致させた。

後は、方位盤射撃装置のトリガーを引くだけ。

「撃つぞう。(みんな)身構えろ。」中村は渾身の思いを込めてトリガーを引いた。

「ビシュリー。」主砲の外では大轟音と爆風が渦巻いていた。

中村や砲兵員達は命中の合否を確認することもなく、次の砲撃の準備を素早くしていた。

「ビシュリー。」2発目を放った。

ソ連の潜水艦では、浮上した潜水艦の上で船員達がお道化て泰東丸への砲撃を楽しんでいた。

「ヒリュルル…。ドバーン。」桔梗丸から向かって右側の潜水艦が轟音と共に水中に哀れな姿で消えていった。

「ヒリュルル。バシャー。」2発目は左側の潜水艦の後方20mのところに落ちた。

揺れている潜水艦の艦橋にいた船員達は、呆然と遠く後方にいた桔梗丸を見ていた。

「しまった。外したか。3発目の用意を…。狙いは慎重に、且つ素早く。」中村は、砲兵員達へ指示した。

左側の潜水艦は急いで潜水しようとしていたが、その時、

「ヒリュルル。ドバーン。」と音がした。

桔梗丸の砲弾により潜水艦は海の藻屑となっていた。

しかし、左側のもう一隻の潜水艦は沈没する前に母国に打電をしていた。

大和級の戦艦による砲撃あり。と。


ソ連の潜水艦に砲撃を受けた泰東丸は沈没していた。

桔梗丸はすぐさま泰東丸乗員の救助に行き、667名の救護が出来た。

長岡が救護艇から手を差し出し、「私の手につかまって。」と言い疎開者を次々と引き上げたが、皆、身体が軽く、まるで幽霊のようだった。

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