第19話~ 国との決別 ~

「船頭、日本国より打電が入っています。」前田が操舵室に報告にやってきた。

「読んでくれるかね。」

「ハァ、桔梗丸船長九鬼殿、早急に桔梗丸を明け渡し、乗組員全員、武器を捨て投降すること。以上です。」

「失礼ですね。誰のお言葉か、電文に書いていないのですね。」微笑しながら九鬼は言った。

「船頭、ソ連の潜水艦を2隻沈めたのですから、桔梗丸とその乗組員は投降しても打ち首(死罪)ものじゃないですか。私は(死ぬ)覚悟はできてますが。」豊田は言った。

「総員をデッキに集めてもらいますか。」

「ハァ、わかりました。」前田が大きな声で返答した。


海風で、桔梗の旗がたなびく中、107名が九鬼の前に集まった。

「諸君、集まって貰いましたのは、日本国から電文が入りましたので、皆さんにその報告と私(九鬼)からのお願いを申したい。

日本国よりの電文は、桔梗丸船長九鬼殿、早急に桔梗丸を明け渡し、乗組員全員、武器を捨て投降すること。以上ですが、返信については、私、豊田さん、福士君、中村君の4名は、首謀者ですので、罰を受けるため日本国への投降し、他の乗組員については、罰しないとの確約をとってからの投降と回答しようと考えています。」

シーンとした後、船員の一人が口火を切った。

「何故に、日本国民を助けるための行為が投降しなければならないのですか。」

それからは連鎖して次から次へと。

「ソ連の潜水艦に沢山の民間人が目の前で殺されたのですよ。助けて何が悪いんだ。

日本の政治家や官僚達は敗戦で人道がわからないのか。」

「それこそ、ソ連が武器を持っていない民間人を大量に虐殺したことを詫びるべきだ。」

「そうだ。」「そうだ。」

「桔梗丸を壊させないぞう。」

「そうだ。」「そうだ。桔梗丸は仲間だ。」

「桔梗丸からは、降りないぞ。」

107名が首を縦に振った。

九鬼が107名に頭を深々と下げて言った。

「桔梗丸は最後の死出の旅になりますが。それでも宜しいか。」

船員は皆、「おおー。」「望むところ。」と返した。

福士は頷きながら大声で叫んだ。

「みんなー。桔梗丸のことを日本国さえ見放した。これからは海賊船になるぞ。」

「おおー。」「海賊船か。いいね。」

船員達は、肩をたたきあったり、握手をしたりした。

九鬼は思った。

桔梗と言えば、明智光秀の家紋は桔梗紋か。同じ逆賊の道を歩むのか。と…。


「桔梗丸から返電がありました。」

秘書風の男が、恰幅のいい男へ報告に来た。

「中山君、読みたまえ。」

「読み上げます。全て拒否。一手ご指南願いたく。ソ連びいきの名無しの権兵衛殿へ海賊船長九鬼より。」

豪華な机の椅子に座ったままの恰幅のいい男は、「ありがとう。」と答えた。

顔は平静だったが、目の眼(黒目)が沸々と怒りに揺れていた。

「九鬼が信頼している人。桔梗丸のことが詳しい人を早急に呼んでくるよう。いいね。」

「わかりました。」中山は急いで部屋を出ていった。

この恰幅のいい大臣には、米軍とソ連より指令が来ていた。桔梗丸は新型爆弾の試験用にするために引渡しと、桔梗丸の乗組員全員が被告人として裁判に出るよう強い命令があった。もし、従わない場合は、日本の戦闘機により桔梗丸が死滅するまで攻撃すること。だった。


翌日、岩瀬の住んでいる家に中山と言う人が訪ねてきた。

玄関先で、岩瀬が、「どのようなご用件でしょうか。」と尋ねると、

「名前は申し上げられませんが、ある方がお会いしたいとのことです。理由も言えません。」

「今は、軍を辞め暇にしてますが、誰かも…理由も言えないでは…。わざわざ、お出で頂きましたが、お断りします。」

中山は少し躊躇してから、岩瀬の耳元で囁くように、

「東北で停泊している桔梗丸のことです。」と言った。

岩瀬の顔が見る見る紅潮し、

「あいつ(桔梗丸)は生きているんですか。」と隣の家に聞こえそうな大きな声で言った。

「問題がありまして…。お出で頂ければ、ある方から申し上げます。」

「わかりました。何時ですか。」

「明日の13時に、車でお迎えに伺います。」

「わかりました。」


翌日の13時に中山が一人で車で来て、岩瀬に車に乗るよう促した。中山は車が走り出す前に、助手席の岩瀬に黒い目隠しを渡し、それをするように言い、岩瀬は素直に従った。


2時間程、車で走り目的地へ着いた。

途中で潮の匂いが微かにしたが、海岸が近いのか?ここは千葉県?若しくは、神奈川県?かな。と岩瀬は思案した。

中山は、岩瀬の目隠しを外し、車を降り助手席のドアを開け岩瀬を下し建物へ案内した。

そこは、和風建築で質素な平屋建てだが、歴史を感じさせる風情のある素敵な建物だった。

建物の表札は、秘事のためか、ご丁寧にも外させていた。

玄関に入ったら、着物を着た三十路位と思われる綺麗な女性が現れ建物の中を案内した。

その後を中山が先に進み、それに岩瀬が続いた。

女性がある部屋の前に立ち止まり、「お越しになりました。」と言い、襖をそっと開けた。

中山に促され先に岩瀬が部屋に入ったが、6人用のテーブル席には、既に3人が着座していた。

「岩瀬少佐、お久しぶりです。」立ち上がりながら青木が笑顔で言った。

「岩瀬少佐、ラグビー以来で、本当にお懐かしいです。」長瀬も笑顔で話しかけた。

「君らも来ていたんだ。」岩瀬は二人と強く握手をした。

「岩瀬さん。初めまして。三階菱重工業の佐々木と申します。」と言い、佐々木は岩瀬へ会釈をした。

「もしかして、桔梗丸の設計をされた佐々木課長ですか。」

「はい、設計と言っても改造工事だけですが。」にこやかに答えた。

「海軍では、桔梗丸は強く美しい世界一の船だと噂になっていました。」

と岩瀬に褒められ、佐々木ははにかんでいた。

中山が会話を遮り、「皆さん、揃いましたので始めさせていただきます。この主催者は、隣の部屋にもう来ております。大変恐縮ではございますが、隣の部屋は壁が薄く十分に会話ができますので、それでご容赦ください。」

「ゴトン。」隣の部屋から椅子から立ち上がる物音がした。

「皆さん、聞こえるかな。」初老の男性の声がした。

「はい。十分に拝聴できます。」岩瀬が答えた。

「今日は、遠路はるばる来てくれてありがとう。

来ていただいた用件は、中山から聞いていると思うが、桔梗丸のことです。

皆さんの意見を聞いた上で、今後の我が国の対応を決めたいと思う。

桔梗丸がしたことについて、説明する。

8月22日北海道留萌で、樺太からの疎開者を乗せた一般船が3船が殉難になりました。

これは、ソ連の潜水艦の攻撃によるものです。

初めに小笠原丸が魚雷を受け沈没。死者600名以上。

次に第二号新興丸が魚雷と機銃で沈没。死者400名ほど。

三番目に泰東丸が砲撃を受け潜水艦の前で白旗を振ったが無視させ沈没。死者650名以上…。

ん…、悲惨だ…。失礼。話を続ける。

いたたまれない話だが、桔梗丸が小笠原丸沈没後、近くを通り救難者の教護にあたった。

その後、第二号新興丸が魚雷と機銃で攻撃を沈没したが、桔梗丸はまだ小笠原丸の救護を続けていた。

問題なのは、その後、泰東丸が砲撃を受けた時に、ソ連の潜水艦2隻に桔梗丸は主砲を発砲し、命中させ、沈没させた。

我が国は、連合国へ降伏し全て武器を捨てなければならないところ、ソ連の潜水艦を撃沈させたことは、戦争に戻りかねない。

何とか、ソ連との間に米国が仲裁に入り、日本が桔梗丸と乗組員を拘束することで手を打つことになっていたが、桔梗丸は拒否してきた。

貴殿らの力で(桔梗丸を)説得は出来ないか。」

「自分は、経緯を聴いていて、はらわたが煮えくり返り、脳みそが沸々と湧き、頭皮から血が出そうだ。ソ連の奴らめ許さねえ。老人、女性、子供が沢山乗っていただろうに。しかも白旗を振っている人間に…。そいつらをやっつけた桔梗丸はえらいぞ。よくやった。」長瀬がいきりまいた。

「長瀬、(俺も)同じ気持ちだが、外国への降伏とはこんなものかもしれない。歴史を見ても、外国では王朝が変わる際、前王朝の文化や民までも抹殺することが少なくない。しゃあない…。しゃあない…か。桔梗丸や乗組員達は拘束した後、只では済まないと言うことですよね。米国やソ連との約束について、事実を教えて下さい。」青木は隣の部屋の人に尋ねた。

「……。ソ連は、怒りが大きく、桔梗丸は、米国が作った新型爆弾(原子爆弾)で壊滅させ、乗務員達については、本人だけでなく。家族や親族までも根絶やしをするよう言われたが、米国が仲裁に入り、桔梗丸は、日本国により爆破。乗務員達は、拘束の上、死刑とするよう命令があった。但し、家族や親族には塁は及ばない。」

「日本国で桔梗丸を始末しなければならないのでしょうか。」岩瀬は隣の部屋の人に蒼白な顔で問うた。

「出来ない場合は、乗務員達の家族や親族は、今回の件で亡くなったソ連潜水艦の人達(死者)のところに連れて行く(殺す)ように言われておる。」

「説得しに向かいたい…。九鬼大佐にお会いできないのでしょうか。」岩瀬は強い声で隣の部屋の人に懇願した。

「自分も行かせてください。」「自分も。」青木や長瀬も言った。

「分かった。早々にしてみるよ。もし、説得出来なかった場合は、日本国と桔梗丸との戦となるが、今、横須賀に碇泊している戦艦長門では(桔梗丸に)勝てないかな。」

「長門では、歴戦の強者(九鬼船長)が指揮している最新鋭の桔梗丸には、歯が立たないです。」と佐々木が答えた。

「ゼロ戦(戦闘機)での攻撃ではどうか?」隣の部屋の人が尋ねた。

「最低、精鋭且つベテランが運転するゼロ戦30機程あれば勝算がありますが…。主砲は戦闘機相手には役に立たなくなりますが、問題は新型高角泡6基からかいくぐって魚雷を落とせるかですが…。船の左右何れか片方から一気に攻撃する方法で、ゼロ戦は半数以上落とさせますが、魚雷を10本当てれば、桔梗丸は二重底の装備があるとは言え沈没出来ると思います。人、機体のご用意は出来ますか。」佐々木は苦渋になりながら言った。

「今では、戦闘機運転の精鋭達は英霊となって靖国神社にいるので、ベテランは皆無。正常な機体は集めて精々10数機くらいか…。岩瀬さん達に説得をお願いするしかない。頼む、これ以上、双方に死者を出させないでくれ。」

「わかりました。」桔梗丸や九鬼大佐と会える喜びと説得する難しさに心が揺らいでいた。

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