第9話~新日本郵船へ~
岩瀬は余りにスムーズに興梠部長とのアポイントが簡単に取れビックリしていた。
新日本郵船の受付で、用事を告げ応接室で興梠部長が来るのを待っていた。
ドアが開き、50歳過ぎのメガネをかけ洒落たスーツを着た男性が現れた。
「お待たせしました。あなたが、岩瀬少佐ですか。初めまして、新日本郵船の興梠です。」
「海軍の岩瀬です。」と、挨拶を交わした。
興梠が、「朝早く電話を頂いたのに所要があり直接出れなくて申し訳ない。今日お見えになることの概略はあのお方から、お聞きしています。」
「現在、建造中の大型船を輸送船として貴社でお引き取り願えませんか。」岩瀬は頭を下げた。
「その船は、当初、戦艦として作ってらっしゃるのでしょう。強固な装甲、超大型の蒸気タービンエンジンが搭載されている船だと聞いています。それだと重量がかさみ燃費が悪すぎる。よって費用がかかり輸送船には不向きです。」と、興梠は冷ややかに答えた。
「不穏な世情の中、近い将来、防御ができる輸送体制が取れないと輸送船の渡航は成り立たなくなります。即ち、輸送船を輸送地まで守るための武装した船団が多数必要になると思いますが、それが、攻撃能力が十分にある輸送船だと、守る船団も必要もなく、大幅に費用減となりませんか。」と岩瀬は自分を殺し淡々と言った。
興梠は目を瞑り暫く押し黙った。
興梠は、「この計画を進めるのにあたり3つの条件があります。一、弊社社員は兵器の操作は出来ないので、乗組員は、海軍から弊社へ出向者を出して下さい。二、出向者への給与等は、弊社にて支払いますが、出向者の傷病及び死亡の補償は海軍でして下さい。三、乗組員の人数は、300名以下として下さい。」
岩瀬は少し考えて、「一、二については検討しましょう。三は、船の規模から考えて、難しい話です。ご存知の通り、武蔵の定員は、2,500名で、輸送船にしたとしても、500名を切ることは全く無理です。」
興梠は厳しい目をして、「弊社は貿易等商売をして成り立っている会社です。慈善事業は出来ない。利益が見込めないことだったらお断りします。」と迫った。
結局、岩瀬は前向きに検討せざるを得ない状況になった。
軍本部に戻り、直ぐに長官へ電話し、興梠部長と打合せした内容を報告した。
岩瀬の話しを聞き終えた後、長官は、
「そうか。興梠さん、そのように言ってくれたのか…。このような難しい事業を…。一介の部長が進めるとは、相当腹をくくったなぁ。よし。分かった。条件を呑むことにしよう。乗組員の話だが、船長には、駆逐艦の艦長している九鬼大佐を考えていた。彼だったら少数の乗組員でもやってくれると思う。」
2日後、岩瀬の執務室へ九鬼大佐の来訪があった。年は50歳半ば、身長180cm前後、見た感じは口髭を生やした大きな熊そのもの。でも、目は細く垂れていて柔和な感じを人に与える感じがした。
岩瀬は敬礼し、「九鬼大佐、こちらが出向くべきところ、お越し頂きありがとうございます。」
岩瀬は九鬼に本計画について、全てを話した。
九鬼は、「内容は分かりました。船員数ですが、この船の真の用途は大勢の人達を一人でも多く連れて帰ることであるならば船員300人も入りません。100人ちょっとで大丈夫ですが。」と言い切った。
「100名とは無理し過ぎてはいませんか。」
「私の駆逐艦の船員は、全ての業務が出来るように訓練されています。調理担当の人間でもエンジン整備、機関砲、無線等、何でも出来る3人力の人材ばかりです。そこでお願いですが輸送船の船員の人選ですが、私に任せて頂きたいのですが。」
「人選は私に一任されていますので、仰って下さい。」
「今の駆逐艦員64人全てと、その他については、多艦にいる人材が欲しいので、その人材40人位は書面に書き提出します。」
「拝承しました。」岩瀬は人員大幅減が見込めることになってホッとした。
2日間後、九鬼大佐から岩瀬へ封筒が届いた。
岩瀬は、封筒を開け中に入っている書面に目を通して見ると、案の定、九鬼大佐が船員に希望する人材43人について、現在乗艦している軍艦名、氏名、階級がきれいな字で書いてあった。
直ぐにその43人について、異動の打診を各艦へしてみたところ、色よい返事ばかりで、疑念が出るほどであった。
余りにおかしいので、数人について、調査をしてみると、「落ちこぼれ。」「協調性が全くない。」「薄気味悪い。」と言う一様に要らない人間との意見ばかりで、簡単に異動に同意したことが良くわかった。
岩瀬は、九鬼へ希望通りの人員が確保できたことと、各艦から聴取した内容について電話をしたら、九鬼は、
「岩瀬少佐、ありがとう。各艦の方々は失礼な話しだが、人を見る目がないですね。新しい輸送船は、お蔭で人材の宝庫になります。」と言った。
岩瀬は、九鬼の新しい輸送船の運転が上手くいくかが少し心配となった。
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