第8話~大物との話~
その仁(人)の人柄が出ている質素だが人を和ませる応接室。
岩瀬は昼過ぎにその仁がいる官舎に向かい、その仁を訪ねたが、
その仁の秘書官から「いつ戻られるか分かりませんが、どうされますか。」の問いに、岩瀬は、「一刻を争いますので待たせてください。」と言ったところ、応接室で待つように案内された。
その仁は、日本で今一番忙しい人かも知れないな。岩瀬は2時間ほど待っていた。
応接室も暗くなり、秘書官が灯りをつけてくれた頃に、その仁が戻ってこられた。
「おー。岩瀬少佐。久しぶりだね。」
岩瀬は直立敬礼し、
「長官、勝手ですが、お待ちしておりました。」と言った。
その仁は、岩瀬をじっと見つめて、
「どうやら、話が長くなりそうだね。おーい。村上中尉(秘書官)、すまないが、これからの用事は明日以降に回してくれないか。頼む。それから、二人だけで話しをしたいから、今日は退勤してくれ。」
「はっ、承知致しました。」村上は明晰な人間で頭の中で予定を組み直しながら退出していった。
長官と呼ばれた仁が、「今日はどんな話だい?」と聞いてきた。
「111号の話ですが…。」
岩瀬が、青木から聞いたことを簡潔に説明した。
「私も111号の解体撤去については、疑問があったが強硬な意見をした人間が多く、やり込められてしまった。確かに解体撤去費用がかからないのは軍としてはいい話だが、しかし、極秘に建造していた111号を民間に差し出すのは問題があると思うが…。
物資を運ぶ輸送船に改造か~。面白いが、君のことだ、それで来たのではあるまい。」
長官は岩瀬の目をじいーと見て、
「人か。」
「ご推察の通りです。」と岩瀬は答えた。
「軍だけではなく世情が(戦争の)開戦に動き出している。なんとか阻止するよう努力しているのだが…。(戦争は)始まるだろうな。私がこの先出来ることは、戦争を如何に早く停戦させることだが、長期化したら(日本は)負ける。そうなったら、敗走する兵や民間人が万単位で出てくるだろう。それを助けたい…か。そのための輸送船…。」
と言った後、長官は目を閉じた。
「大勢の人を救出させるためには、強力な武器を備えた大型船が必要になります。それができるのは、111号です。」岩瀬は身を乗り出して話した。
「分かった。軍上層部へ、輸送船に改造する案で働きかけよう。あくまで、輸送船。
負けを想定した話をしたら、首が飛ぶよ。」長官は笑いながら答えた。
その後、真顔になり、「ところで、民間の企業は、どこを考えているのか。」
「民間企業は、昨年11月に武蔵を完成させた三階菱(みかびし)重工業。財閥の三階菱グループを考えています。」と岩瀬が答えた。
「伝手はあるのか。」長官は問うた。
「ありません。将来、来るべき日本のため、いや、日本人のため、三階菱グループを必ず動かします。」
岩瀬の目の奥に並々ならぬ決意が見えた。
長官はその目を受けつつ言った。「三階菱グループの新日本郵船に興梠裕司と言う部長がいるから、当たってみなさい。君が会いたいことは、私から本人へ今日中に電話をしとくから…。その先は自分で何とかするしかないよ。しかし、111号の話をしてもよいが、敗走する人達の救助のための船とは、言っては駄目だよ。あくまでも輸送船への改造です。」
「はっ。ありがとうございます。明日早くに新日本郵船の興梠部長へ連絡をします。」岩瀬は立ち上がり、長官へ首(こうべ)を深く、更に深く下げた。
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