第15話~第2番艦武蔵との惜別~
昭和19年10月18日、桔梗丸は台湾の軍港に入港していた。
「輸送品の下ろしは、終わりましたか。」
操舵室にいた九鬼は、部屋に入って来た福士に尋ねた。
「先程、終わり船員達は休憩を取っているところです。」
「ご苦労様です。」と言いながら九鬼は物思いにふけっていた。
「何か御用はございますか。」福士は気になり聞いた。
「ちょっと、胸騒ぎがします。通信室の前田さんに来てもらえますか。」
前田智は、以前、軍本部のアメリカの通信暗号解読を担当をしていたが、同盟国のドイツのエニグマ(ローター式暗号機)を解読に勝手に成功した男(ひと)だった。
その時の上司から「何故に、貴様は指示したアメリカでなく、同盟国のドイツの解読をしたんだ。」とこっぴどく怒られたが、
前田は平然と、「ナチスの思想が嫌いだからです。日本はヒットラーの捨て駒にされる恐れがあります。」と答えた。
それから前田は、一年毎に違う駆逐艦の通信班にたらい回され、九鬼とはその時に知り合い、今回、桔梗丸に乗り込むことになった。
コンコンコン「失礼します。前田です。入ります。」
細面で長身の男が船長室に入って来た。
九鬼は突然、「前田さん、日本軍の暗号は読めますか。」
輸送船の桔梗丸には日本軍から暗号の連絡は無かった。
「日本の…ですか。」戸惑いながら前田は聞いてきた。
「そうです。これからの桔梗丸の道標に必要となります。きっと。」
前田は眼鏡を取り、少し考えてから、「わかりました。二、三日頂けますか。」と答えた。
それから二日後、げっそりし無精髭を生やした前田が九鬼の前に現れた。
「船頭、解読が出来ました。どうぞ。」右手には手帳があった。
九鬼は手帳を受け取り一読し、「前田さん、ありがとうございます。」と言った。
「船頭、心配なのは解読が二日で出来てしまったことです。アメリカはもうとっくに日本の暗号解読に成功している可能性があります。」
「そうだろうね…。桔梗丸が日本の力になれれば良いが…。前田さん、日本軍の暗号を傍受出来ましたら教えて下さい。」九鬼は前田に手帳を返した。
昭和19年10月22日。
前田から九鬼に戦艦武蔵がブルネイで停泊しているとの情報が入った。
「福士君、これからの航路ですが、フィリピン方面にお願いします。」
「船頭、承知いたしました。」
昭和19年10月24日。
シブヤン海付近で戦闘が開始された。
武蔵はアメリカ軍の攻撃を6次攻撃まで耐えたが終焉が近づきつつあった。
19時30分.
「総員退艦。」武蔵の船内では声が鳴り響いていた。
巨艦は左舷に転覆し、連続大爆発2回を起した。
武蔵はクオオーンと咆哮と共に海底に沈んでいった。
近くに桔梗丸がやってきていた。
武蔵の悲劇的な姿を目の当たりに観て弟艦の桔梗丸は艦内の奥からクウンと躯体が軋む音を発して(泣いて)いた。
「遅かったか。」九鬼は悔やんでいた。
「福士君、武蔵乗組員達の救助を大至急お願いします。」
「わかりました。みんな~。暗闇だから敵戦闘機に構うな。救命ボートを全て降ろせ―。」
「おー。」乗組員達は大きな声で答えた。
海の上を救命ボートが4艘進んでいる。
暗闇の中に引き込まれそうになる冬の海。
舟が進んで行く、ひたひたと。
この先、待っているのは生者か?死者か?
一歩づつ、一歩づつ、近づいて行く。
その1艘には、福士曹長と三浦、長岡が乗っていた。
福士は救命ボートの上から大声で、「おおーい。誰かいないか。助けに来たぞー。新人(長岡)、目を凝らせ。絶対見逃すなよ。」と叫んだ。
「わかりました。ん…?福士さん。見て下さい。右側前方に沢山の人が浮かんでいます。」
「新人、でかした。」
「お~い。待っててね。今すぐ助けに行きますわ。」と三浦剛志がしなやかに手を振りながら月明かりで動いているシルエットに向かい叫んだ。
シルエットからは返事はなかったが、武蔵乗組員達は皆疲労困憊していると思った。
福士らは浮かんでいる人を一人又一人と救命ボートへ乗せていった。
浮かんでいる武蔵乗組員達は助けてとは弱音を吐かず救命ボートへ乗せた際に、異口同音に「ありがとう。」と笑顔を見せていた。
救助に5時間程かかったが武蔵乗組員1023名を救助できた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます