第22話~九鬼大佐との別れの回想~

岩瀬が、「九鬼大佐は、これ(から)。」と言った途端に、九鬼は、言葉を遮り、

「岩瀬少佐、潮風にあたりませんか。」と促した。

九鬼は船首まで、岩瀬を連れて行った。

「岩瀬さん、名無しの権兵衛殿からは、桔梗丸との交渉については、どのような条件を言われましたか。」

「条件は…、桔梗丸は撤収の上、米軍の新兵器開発のための標的とする。首謀者の4名、九鬼、豊田、福士、中村は、拘束し即時、ソ連へ引き渡しとする。それ以外の乗務員については留置所にて拘束だが、放免出来るようソ連と鋭意折衝する。と言われました。」

「やはり、船員達の放免が確約ができないのですか。」

「…。了解いただけないと、明日早朝に日本の戦闘機による桔梗丸への攻撃が開始させます。戦闘機の搭乗員は、皆、若い者達です。戦争が終わった今、彼らと戦えますか。乗務員達の為にも投降してください。」訴えるように岩瀬が言った。

「桔梗丸や船員の皆が決めることです。明日その時に答えが出ます。

今日は、岩瀬さんとお話しできて嬉しかったです。多分、桔梗丸も喜んでいますよ。」九鬼はそう答えた。

「お別れですね。」岩瀬は九鬼の死ぬ覚悟が揺るがないとみて寂しそうに言った。

「お元気で。」愁いを込めた笑みで九鬼は答えた後、

九鬼は岩瀬の肩に手をやり、「岩瀬少佐、輪廻転生を信じますか。私は物心ついた頃からある夢を何百回となく見ることになりました。夢の中で声がし、ある人物から前世の私は大変なご恩を被ったみたいなのです。前世の私は(私に)言うのです。「おぬしの前にこのような御仁が現れたら必死にお守りしろ。そのお方はこの人達だ。ようく頭に刻んで置くこと。わかったか。」一人は武者姿の男、もう一人は見目麗しい小袖をまとった綺麗な姫。二人の声まで脳裏に聞こえてきたのです。

その夢で見た武者は長岡君にそっくりだったのです。顔についた傷、容姿、声も寸分たがわぬ様は、輪廻転生しかないと確信しました。その御恩をお返しするのは今だと、前世の私が言っているのだと…。何としてでも長岡君には生きてほしいのです。(長岡君を)生かす計略をみんな(全船員)に話し賛同してくれたらですが、今晩、実行に移します。賛同してくれなかった場合は私一人でも(長岡君を)逃がします。ついては、岩瀬少佐にお願いがあります。何年かして、長岡君が貴殿を尋ねてきて、何故に長岡君が一人残されたか問いかけてきたら、この話をして欲しいのです。」

「九鬼大佐、急に今のお話を信じろと言われましても…。」岩瀬は一瞬目をつむってから、「拝承しました。今のお話をそのまま長岡君に伝えますが、彼が(輪廻転生を)どう捉えるのかは…何とも分かりません。それでもよろしいでしょうか。」と言った。

「そのままで結構です。そのまま伝えてもらえれば…。岩瀬少佐、頼みましたよ。」

九鬼は自信ありげに笑みを浮かべその場を後にした。

九鬼の後ろ姿に岩瀬は敬礼をしていた。見えなくなってもまだ。

岩瀬の後ろから潮風が吹いて来た。

(潮風よ頼む九鬼大佐への名残惜しい想いを持っていかないでくれ。)


話を終えた後、岩瀬は、「今でも九鬼大佐の最後の笑みが忘れられない…な。私は(輪廻転生を)信じたい。いや、信じる。数十年、数百年後に輪廻転生が出来るのだったら、桔梗丸のみんなと会い酒を飲みかわしたいな。」自分自身への問いかけをしているように言った。

「私は信じます。九鬼大佐と出会った時、桔梗丸の皆さんと会った時、何か知れず懐かしさを感じました。変な話ですが、最新鋭の船、桔梗丸を見た時も一瞬、大昔の安宅船(あたけぶね)、鉄甲船が目に浮かんで来たのです。輪廻転生、か~。私は武者だったのですか。どういう人間だったのか覗いてみたいな。」

「信じ…て。」余りに簡単に信じるような長岡の返答だったので岩瀬は言葉に詰まった。

「岩瀬少佐、ありがとうございます。お陰様で自分が何故生かされたか分かったような気がします。もし、死んだら輪廻転生で桔梗丸の皆さんと会えるかも…。自殺はしませんよ。天命で死んだらの話しです。ハ・ハ・ハァ。」

「ぷ。ハ・ハ・ハ。ところで、巻物を読んで気になったことが…。桔梗丸の功績として、武蔵より1023人救助、信濃より791人救助、大和より約3000人救助、小笠原丸より638人救助、泰東丸より667人救助と記してあるが、その数はお亡くなりになった方の人数なんだ。」

「え…。」長岡は救出した際、海で浮かんでいる救助者達を船に乗せるときの体の軽さや精気の無さを思い出した。

「もしかしたら桔梗丸は、三途の川の渡し船かもしれないな。」と岩瀬は言った。

長岡は青ざめた表情になった。脳裏に助かった者達の血みどろの姿が浮かんだからだ。

「助けて~。」「死にたくない。」「俺の手足はどこ。」

長岡の脳裏に生への亡者達が叫んでいた。

長岡の魂が抜けたような顔を見て岩瀬は、「長岡君、もし良かったら今度、靖国(神社)へ参拝に行かないか。桔梗丸のみんなへ会いに行こう。なあ。そうしよう。」

と言い長岡の左肩に手を当てた。

「は…。はい。」長岡の左肩から瘧が落ちていった。

マスターが挽き立てのコーヒー二つをトレイに乗せ運んできた。

「お待たせしました。ブレンドコーヒーです。」

「ありがとう。いつもながらいい香りだ。」岩瀬の言葉にマスターは微笑み、カウンターに戻って行った。。

岩瀬は湯気が立っているコーヒーを見ながら言った。「長岡君、君はこれから宮城(県)へ戻り漁師を生業とするのかな。」

「漠然ですが違う仕事に就きたいと考えています。宮城に戻る前に会いたい人がいますので、京都へ行こうと…。」

「君の顔から察すると、会いたい人とは女性かな。しかもお若い。もしかしたら、輪廻転生したお姫様だったりして。」

「岩瀬さん、詮索するのやめてくださいよ。」長岡の顔は火照り夕焼けのようだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る