第17話 戦場のヴァルキュリア
アリスは呼吸を整え集中する。体中の魔力を水に変換。指の先から血液を辿って体中にめぐる魔力のうねり。細胞のひとつひとつに宿る魔力の根源。大地から発せられる魔力を身体に取り込みそれらを循環させる。
魔力そのものは単純なエネルギーである。そこに術式や回路を経由して何らかの事象を発現させる場合もあるが、精霊の力を借りて発現させることもある。精霊にとって魔力とは成長するための栄養のようなものだ。ある時からアリスは水の精霊との関りがあることに気づいた。精霊との交信はどちらかというと先天的なもの、才能とも呼べる資質に大きく左右される。アリスはその資質を持ち合わせていたようだ。
精霊は自然界のどこにでも存在する。水、火、土、風、光、闇、これらは6大属性と言われている。精霊は通常視認できない。稀に才ある一部の者が視認することができるが、一般的ではない。精霊その存在自体を感じ取ることは可能だ。高位の精霊は凝縮された魔力により物質化することがある。例えばドラゴンは祖先が高位の火の精霊と呼ばれている。
体中に巡っていた魔力を指先に集中させる。水を操る時と火のそれはイメージが異なる。根源となる魔力に優しく水の精霊を溶け込ませるイメージだ。
声が聞こえる。水の精霊の声だ。とても穏やかな声だ。精霊と交信するには自信が水の一部とならねばならない。
水属性を操れるまでには過酷な訓練を重ねたが、思った以上に適正があったようで習得は早かった。
まずは、一日中水に浸かることから始めた。
体中の皮膚がふやけて、剥がれ落ちるのではないかと思った。
一週間が過ぎた頃、そのような体の異変がなくなった。
なんというのだろうか、水が空気のような存在となったのだ。
体とは別の物質ではなく、一部として存在するものになったようだ。
更に2週間後、体の周囲をうごめく存在・・・つまり精霊を感じることができるようになった。
そして、今ではその精霊を視認できるレベルにまで達していた。
精霊はこの世界の至るところに存在している。
ある特定の場所を除けばだが。
小さな魚のような精霊が魔力の湖で楽しそうに泳いでいる。
だんだんとその精霊が増殖し、ひとかたまりの群れをなす。
大群は大魚の形となり、やがてその口先が槍の先端と化す。
槍の先端、つまり刃にあたる部分は高速で回転している。
小さなその先端の動きは、一見すると止まっているように見える。
それほど早い水流が生まれていた。逆に柄の部分はゆっくりとした動きで畝っている。水なのにたれ落ちず、重力に逆らう動きをしながら、槍の形状を保っていた。
アリスの右掌から発現したその氷の槍が、勢いよく発射された。
アリスは投げる動作を一切せず、軽く指を槍から離す。すると柄の部分の水が後方へ勢いよく発射され、射出された。ジェット噴射のような豪快さはなく、無駄な動きを一切省いた水の動きがそこにはあった。
放たれたその槍はまるで光の矢だった。水が光に反射して煌めくその矢はまるで流星。通称「ライトニングスピア」と呼ばれていた。
イフリートの無防備な背中に刺さり、腹を貫通し、ピートの大盾と衝突する。
キーンと硬いもの同士の衝突音が鳴り響く。
アリスは手を緩めない。
続く二射目、三射目で、頭部、胸を射抜く。
「アリス!核だ!核を狙え!!」
ピートが叫ぶ。
アリスは分かってはいるが、射抜くのは至難の技だ。
魔力を武器化するコントロールと、核の位置を正確に察知するのは同時に出来ることではない。どうしても的がずれてしまう。
それにアリスは氷の槍を連発することで肉体への負担が大きく伸し掛っていた。瞬速で打ち出されるその衝撃波を自身の肉体で吸収しなければならない。
射る度に体に激痛が走る。アリスは華奢な方だ。筋力が不足する分を魔力で補強しているが、この攻撃には全魔力を込めている。
ブチッブチ、とアリスの内面から筋繊維が裂ける音がする。
更に、三射目を放ったところで、腕の骨に亀裂が入った。
これもまた精度を落とす大きな原因となっていた。
四射目を放とうとしたとき、体がそれまでの動きを再現できない。
すると、動きの鈍ったイフリートがこちらを向いた。
仕留めることはできていないが、標的がスミスから自分に移り変わったのは幸いだっただろう。
ちょうどアリスから死角となっていた位置にあるものを見つけた。
イフリートのその右肩に一輪の花が咲いていた。
『あれはスミス先生が好きだった花』
スミスは生命の強化能力に長けており、その力で樹木を操っていた。何もないところから生やすことはできず、幾つかの自身の力と相性の良い植物の種を携帯していた。
この花は「ラローズ」別名:吸魔花と呼ばれ、魔力を吸収することによって咲く花だ。魔力の属性やその濃度で大きさや色が異なる。強力な魔力ほど、美しく輝くという。
また、人間にこの種子を植え付けた場合、瞬く間に老衰し死に至る。
イフリートの右肩に咲き誇るラローズは赤と黄色を織り交ぜた炎のごとく美しく咲き誇っていた。スミスが残した最後の足掻きがそれだった。
『恐らくこれが最後・・・』
アリスは集中力を研ぎ澄ました。衝撃波吸収するためにとっさに水の膜を身体の部位に張り巡らす。部位により厚みや形状を変えた。より自然な形へそしてより洗練された形へと。
まるで新たな鎧を纏ったような姿となったアリス。それは戦場のヴァルキュリアを彷彿とさせた。
アリスは最後の力を搾り出し、1本の槍を放った。
槍は見事にその花に突き刺さり、花の花弁が舞い散る。
美しい真紅の花びらは輝きを放ちながら、飛散する。
<もう一つの別世界>
「じゃあ、国語の授業を始めるぞ。今日は教科書の32ページから。鈴木、読んでみろ。」
冷たい目を生徒に浴びせながら、威圧的に男は言った。
「はい。えーっと、少年は空を仰ぎ亡き人への想いを・・・なせる?」
「・・・お前、漢字の勉強しとけ。そこは馳せる(はせる)だろ。・・・どいつもこいつも。・・・・」
「グ!!!!!!!」
男はバタンとその場に倒れた。
「た、大変だ!!すぐに隣の組の先生を誰か呼んで来い!!!」
「・・・・く、くさなぎ、、草薙先生?聞こえますか?」
「・・・荒木先生・・・・ここは?」
数学の荒木は草薙と同年代の教員だ。
「中央病院ですよ。何が起こったか覚えていますか?」
「・・・確か授業中だったと思います。」
「先生は、授業中に突然倒れたんですよ。」
「倒れてからもう丸1日経っています。医師から説明があるそうなので聞いてください。」
カーテンの後ろに立っていた白衣の医師がベッドの脇の椅子に腰かけた。
荒木先生に言われるまでその存在を感じ取れなかった。頭がぼーっとしている。
「草薙さん。体調はいかがですか?」
「・・・そうですね。・・・頭痛が少ししますが、それほど違和感はないように感じていますが。」
「・・・そうですか。大変申し訳ないのですが、状況を鑑みて荒木さんからご家族のお話を伺いました。」
「・・・・・」
『家族』という言葉は草薙にとって、最も感情を揺さぶられるNGワードだった。
もう10年以上前の出来事だ。
その日はたまたまサングラスを忘れてしまった。車を運転している時に、眩しい日差しが突然入ることがある。草薙は運転するときはどんな天候の日でもサングラスを必ず掛けて運転していた。
その日は何故かいつも置いている場所にサングラスが見当たらない。
「なぁ、俺のサングラス知らないか?」
「いつもの所にないの?なければわからないなー。それより、パパもう時間だから出発しなきゃ。」
「パパ、もう行かないと間に合わないよ~。」
小さな娘が服の裾を引っ張る。
(・・・仕方ないか・・・・)
そう遠くない距離で、いつも運転している慣れた道。サングラスは無くとも問題ない。しかも曇りだし、着けるほどでもないか。
アパートの近くに借りている月極駐車場へ向かった。教員の給料は思った以上に少ない。もう少し貯金して駐車場付きの一軒家を買うのが夫婦の夢だった。
車に乗り込み出発する。
出発して間もなく、事故は起きた。
曲がり角を曲がったところでビルの隙間から差し込んだ日の矢が目を射る。
それは強烈な日差しで、ハンドルをあらぬ方向へ曲げてしまった。
対向車線にはみ出した車は、対向車に激突、助手席に座っていた妻と、その後部座席に座っていた娘をえぐり取った。
その日から、私はそれまでの私ではなくなった。
自分でもいけないと思うほど無気力で何かのスイッチが入ると途端に冷酷になる。
酷い人間に。その自覚も日に日に薄れていっていた。
明日は妻と娘の命日。有休を既に申請していた。
「・・・草薙さん。詳細はまた改めて説明しますが、脳出血を起こしています。いつ亡くなってもおかしくない状況です。」
ああ、そうか、やっと私は家族と会えるのか。
今ようやく、生きていることを実感できたよ。
無表情のまま草薙は涙した。
「先生、ありがとうございます。」
頭を下げられた医師は戸惑いを隠せなかった。
<そしてイース>
アリスが放ったその槍はイフリートのコアを貫いた。
そして、イフリート生命活動を終え、その強固な体は単なる岩山となり、そしてその場で崩れ去った。
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