第19話 封魔の指輪
ここへ来た直後のことだった、スミスから渡されたものがある。
それがこの右手人差し指の黒い指輪だ。
宝石の類の装飾はされておらず、とてもシンプルなデザインだ。
基本的に飾ったデザインのものはこのメビウスにはあまり見かけられないのだが、
少し前までただの銀色の金属の板を丸めたような指輪だった。幅は5mmくらいだろうか。婚約指輪のような見た目だ。
面白いことに、初めはサイズが合わずぶかぶかな状態であったのが、指を通すと、
シュっと縮んでジャストフィットする。黒いスーツを同じような仕組みなのであろう。
渡された時は銀色に輝いていたが、装着してしばらくすると真っ黒になった。
黒く変色した状態が長く続くと指輪が破損するとのことで、毎日夕方頃アリスに一度渡して同じ別のリングを受け取っていた。朝嵌めて夕方アリスに渡すのがルーティーンになっていた。
そういえば、もしかしたらスーツが黒いことも何らかの関係があるのかもしれない。
実は、無垢石と呼ばれる材質でできたその指輪は魔力を吸収する性質を持ち、この世界のあらゆるところで応用されている。
アリスは密かに驚愕していた。通常このような短い時間で変色する=魔力がリミットまで吸収されるという状態に出会ったことがない。それほどにレイの魔力量が多くあふれ出ていることを意味している。アリス自身も昔この指輪を嵌めたことがあるが、真っ黒に変色するまでに数週間かかった。
潜在的な魔力量でいえば、アリスの数倍はあるということなのであろう。
スミスはレイをマザーズに入団させるつもりだが、確かにこれだけのポテンシャルであれば、やり方次第で、マザーズ一桁台までは一気に駆け上ってこれるだろう。
(恐らく私も簡単に超えられてしまう。・・・負けられないわ。)
この指輪には様々な用途があるが、基本的にはエネルギー源として活用されることが多い。これだけ多く採取できるのであれば、研究所の武器職人、通称『鍛冶屋のギンタ』にレイ専用の武器を作ってもらうのも良いかもしれない。
魔力には実は適正がある。親和性と言ってもいい。レイから出た魔力であれば、それをレイが活用するというやり方が最も魔力を有効に使えるというものだ。
マザーズのメンバーはそれぞれがギンタが製作した武器や防具アイテムを個々が保有している。アリスは腰に携えたレイピア、スミスはメガネがギンタ製になる。ただ一部を除いては既に固有装備があるためギンタ製品を扱っていないメンバーもいる。
ピートはその例だ。ピートはそもそも魔力量が極端に低い。大楯の構造はよく解明されていないが、その欠点を補う存在のようだ。
ギンタは製作の時以外はこのメビウスに居ない。素材集めのために世界中を放浪しているのだ。彼からすると、装備者自身も素材とみなされるらしい。最高の素材を用い製作し、最高の素材に装備してもらう、それが彼が追い求めるものだ。なにやら彼の持つ固有スキル「鑑定」が関係しているそうだ。
時より届く彼からの便りによると今は「イース」に居るらしい。なにやら面白い職人にであったとのことで、しばらくは帰って来ないようだ。
スミス達が出て行って随分と時間が経過している。
はっきり言って暇だ。
ラボの中を見回しても特に興味を引くものは無かった。
流石にあのゴブリンとやらとの戦闘はごめんだが、なんにせよ刺激が足りなかった。
(こういう時、元居た世界ではスマホが重宝するんだけどな。)
(そういえば、あのスマホ部屋に置きっぱなしだったな。まー、誰かから連絡が来ているとは思えないけど。待受けは見られたくないな。)
レイはある女性の画像を待受けとしている。唯一の彼の理解者。
(時間の経過は通常は他の世界と同じらしい。ということはこちらに来てから数日が経過している。僕のことは一体どのような扱いになってるんだろうな。)
何やら地震だろうか、振動がこのラボまで届いている。
断続的な揺れが続いている。短いもの、長いもの、空間が左右上下に揺さぶられている。
そもそも地震以外に世界が揺れる振動をこの身に体験したことがない。まさか敵対勢力から攻撃を受けているとはつゆにも思わなかった。
ラボは堅牢で外部からの音や魔力干渉を一定のレベルまで遮断する。
この特性もあり、魔力検知も効かなかった。ラボは奥へ行けば行くほどその干渉が強くなる。ちなみにレイがこの世界に来たときはラボの最深部に近い位置だった。
繰り返すが、この魔力干渉はあくまで一定のレベルまでとなる。
『そういえばそろそろこの指輪真っ黒だな。時間的にも交換の時間か。』
『これを付けるとちょっと目眩がするんだよね。アリスに渡すんだし、外しておくか。』
レイは指輪をそっと外した。
レイ自身は気づかないが、指輪を嵌めていない状態は、魔力が溢れだしその一部は垂れ流しの状態となっている。
イフリートを倒した直後のことだった。
それまで傍観していたゾラが目を見張る。
『この感じ・・・まさか!!!』
建物の一角から立ち上る魔力の柱が生まれた。
マザーズの実力者達も同時に感じ取った。
アリスも同様だった。
『・・・・レイ・・今外してしまったのね。・・・体が動かない・・』
ピートの大盾がガタガタと小刻みに揺れ始めた。
「どうした!?相棒、こんな現象は初めてだ。」
ピートの大盾はギンタ製ではない。団長がピートに譲り渡した過去の遺物のようだ。
ゾラが魔力柱が発現した方角へ一目散に飛んでいった。
『この時をどれほど待ちわびていたか!!!!クククク絶対に殺してやる!!!!!』
レイは椅子に横になる形で寝そべって天井を眺めていた。
すると
その白い天井にピキ、ピキッと亀裂が入る。
裂け目から零れ落ちた破片がレイの頬にあたった。
『は??なに??』
大きな音立てて天井が崩れ落ちた。
目の前に得体の知れぬ者が浮かび上がっていた。
「貴様ぁぁぁ!!!!!!この場で消滅させてやる!!!!!」
ゾラは憤怒の表情を浮かべて今にも襲いかかろうとしていた。
レイは意味も分からず、ただ呆然としていたが、ただならぬ状況に恐怖が芽生えていた。
『スミスとアリスは戦いの為に出て行ったのか!こいつはあのゴブリンのような怪物か?』
『間違いなく敵だ!!』
目の前の敵の姿が一瞬にして消える。
瞬きをする間もなく、目の前にゾラの爪先が丁度眉間の部分に現れる。
先ほどまでレイの上空30m程度に浮遊していた姿が、眼前に出現する。
レイは何をされたのか意味不明であったが、ゾラの全身を見つめていた。
ゾラの鋭利な爪先がカタカタ音を立てながら眉間の先5cm程度のところで震えている。
その間には見えない光が存在していた。
天井を破壊するほどの攻撃力を誇る敵の攻撃が何故か遮られている。
ゾラは一歩バックステップし、目に止まらぬ速さで攻撃を仕掛けてきた。
レイは目の前にまるで動画を高速再生するような動きの残像が生まれているのを見ていた。
そして花火のように弾ける光の粒が自分の全面に迸っているたのだ。
「チッ!!!!」
レイの頭の中で声が響く
『・・・代わるしかない。・・・身を委ねろ。・・・』
短い言葉だが絶対的な意味を含む強制力がそこにはあった。
例の瞳の色が緑色に変化する。
「えっ?!な、なに?!」
レイの体を光が包み込む。
「・・・・ようやく、お出ましか。180年前の恨み今ここで・・」
ゾラの形相は憤怒の化身のごとくいびつに歪んだ。
その美しくもあった表情からの変化が著しい。
強く発光していた光が次第に淡いものへとなり、
そこには白い甲冑を纏った別人のようなレイの姿があった。
・・・・天使降臨・・・・・
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