第10話 堕天使降臨
アリスの指先に水玉が浮遊している。指先から1cmほど離れた場所だろうか。指を動かしてもその位置を保持している。少し波打ちながら回転しているように見える。
「もっと近くで見てみたい?」
そういうと指先をレイの顔に近づけてきた。
綺麗な水の球体だ、不純物なく透き通っている。
(おや、なんだろう。水玉の中に何か微生物がいるように見えるが、、、形状は小さなクリオネに近い。)
「このように、魔力を原動力として術式と組み合わせると、発現・・・・」
突然指先の水玉が急激に巨大化する。
パチン!!水玉が破裂音を発して弾けた。
水がレイに顔面にかかった。顔がずぶ濡れだ。
突然、アリスの顔色が変わる。
(この感覚は・・・)
小刻みに指が震えている。いつもの感情を表さない能面が崩れ落ちている。
「どうかしました?」
「は、話はまた後で。緊急事態のためここで待機していてください。」
(緊急事態って?)
「えっ!?ア、アリスさんは?」
返事をもらうより先にアリスはその場から消えていた。
一瞬の出来事だった。まさにその場からアリスが『消えた』のだ。
入り口が開くのは見えたので、高速で移動していったのだろう。
マザーズ4位の実力はこれほどのものなのか。人間の域を超えているように感じた。
(いや、ちょっと待てよ。僕も団員になるってことじゃないよね??)
(戦うなんて出来ないしな、非戦闘員の人もメビウスには沢山居るしな、どうせだったらメイの食堂で働きたいな。和食の素晴らしさを皆に知ってもらおう。)
ラボは特別な空間であり、様々な魔力干渉を遮断する。アリス程のレベルであれば、その干渉を縫って魔力検知が可能であるが、レイはその域には当然達していない。守護者は別だが。
館内に緊急警報が流れている。
『緊急警報!緊急警報!敵襲です!敵襲です!館内にいる戦闘員は正面ゲートに集結。迎撃態勢へ移行!』
アリスはラボを出てラウンジを抜け、急いで正面玄関から外へ出て行った。
メビウスの正門の前に巨大なジャンプゲートが出現していた。
黒い渦を巻き、渕は青白く波打っている。
ゲートの大きさは通過するものの魔力量と比例する。このゲートは縦10m横8mくらいの大きさ、一般的なジャンプゲートの基準から考えると異常に大きい。単純に強者と判断できる。
正面玄関を出たアリスはその場に急停止する。その勢いで足元から煙が上がった。
「チッ!!」
アリスは舌打ちした。昨日マザーズのほぼすべての団員が異世界へ遠征に赴いてしまった。メビウスの現在の戦力は非常に乏しい。そこを突かれたのか?
自分、先生、一応ジャイとその取り巻き、それにピート・・・他にも戦える猛者も居るが参戦は望めないだろう。
「アリス!!」
「先生!!」
スミスとともにジャイ、ヒョロ、ブッチャそしてピートが駆け付けていた。
「館内警報は発令した。非戦闘員が多い現状だが、戦える者は参戦してくれるだろう。おそらく敵はこのタイミングを狙ってきている。時空間列車と『ブレイン』は絶対に渡してはならない。これまでの訓練の成果を見せるんだ!!」
「「はい!!!」」
「出てくるのを待つ必要はない。遠隔射撃用意!!」
メビウスは戦闘機能を有した要塞でもある。各所に設置された武器は強力で主に訓練生や警備隊が操縦を任されている。
正面ゲート付近に設置された、迎撃砲は左右に4基。スミスの合図で発射可能だ。
『魔力装填!!いつでもいけます!!』
「打てーーーーーーーー!!!!!!!」
スミスが大声で叫ぶ。
4基の迎撃砲から魔力が込められた砲弾がジャンプゲートに打ち込まれる。
1射、2射、3射、計12発を叩き込んだ。
ジャンプゲートから煙が上がっている。
ゲート内の生物からの魔力が減っていない。ノーダメージだ。この場に居るマザーズの団員はそれを全員感じ取った。それぞれが武器を構え、迎撃に備える。
アリスは魔力をレイピアに込める。マザーズの団員が携帯している武器の殆どは何らかの魔力による特殊効果を付与されている。アリスの場合、もともと腕力には自信がないため、蓄積した魔力による斬撃力向上が付与されている。
アリスのレイピアが仄かに光を発する。
「2撃目用意!!ゲートから出た瞬間に一点に絞って打て!!」
ゲートからの気配が強くなる。
先頭に出てきたのは巨大な異業種業火の化身イフリートだった。
「今だ!!打てーーーーー!!!!!」
一斉射撃がイフリートに降り注ぐ。全て直撃した。
しかし、ノーダメージ。その歩みを止めることはできなかった。
そして、そのイフリートを使役する存在がゲートから出てきた。
絶世の美女?いや・・・・
「おい!!あいつ『ゾラ』じゃないか!!?」
「嘘だろ!!堕天使の一人じゃないか!!」
「クソ!この団員が出払っている時に!」
スミス、アリスは愕然とした。
「先生!!あいつゾラですよね!?」
「ああ、間違いない。よりによってこんな時に」
堕天使ゾラはメビウスでは名の知れた存在である。かつてのゾラの出自に起因する。これはメビウスが誕生する遥か昔の話だが、このイース出身と言われている。事実として『ブレイン』によって善から悪へ転落した象徴として流布されていた。
ゾラの容姿は魔女と悪魔が混じったような風貌だ。顔自体は美形だが体の文様が異質だ。爪が異常に長い。特有の武器を携帯していないことから、その爪が武器となるだろうか。黒いドレスのようなものを纏っている。よく見ると、カラスの羽でできているようだ。胸から股の部分までが覆われている。四肢はむき出しだが施されたタトゥーは黒を基本色としており、羽のドレスと一体のように見える。
一方、イフリートはゴーレムの一種だろうか、複数の岩石を組み合わせた巨体に炎を巻きつけている。ゴーレムとなると痛覚が存在しない。コアとなる生命核を破壊しない限り戦い続ける。ゴーレム自体はマザーズ団員は何度か相対してきた。もちろんこのイフリートよりもずっと劣るが、構造が同様であれば、狙いどころは把握できる。ただ、近づくなどして正確にコアを狙えるかは別の話だが。
ゾラが笑顔で手をこちらに振ってきた。
死をいざなう恐怖の笑顔だ、騙されてはいけない。
その瞬間スミスたちの前方にいた数人の兵士たちが血しぶきを上げ倒れた。
兵士たちはマザーズの団員ではないがこのメビウスの守護を担う者達だ、一般人とは比べならないほど屈強であるはず。そして、兵士たちが着用しているスーツも基本性能はアリスやスミスと同様だ。着用するだけでかなり防御力が強化されるのだが・・・
「マザーズ以外は一旦下がれ!!!」
(他の者が出ても犬死だ・・・)
前衛は一度館内に入り後方支援に駆け出した。
結局対峙するのは、スミス、アリス、ジャイ、ヒョロ、ブッチャ、ピートの6名。数では有利かもしれないが、個体能力では全員が敵に劣る。
魔法に長けたものほど、相手との力量を感じ取るのが正確だ。
敵二人の歩みが止まることはない、一歩ずつじわじわと近づいてくる。
スミス達まであと50mというところか。
「ねぇ、イフリートちゃん、三色団子って知ってる?」
「ガガガガ・・」
イフリートは首を横に振る。
(イフリートは言葉を喋ることができない。ゴーレムは基本的に知能が低く、単純な命令を遂行する存在だ。)
「色の違う丸いスイーツが串刺しになったものよ。この前立ち寄ったアルスで見たんだけど。そう、こんな感じ。」
横たわっている人間の耳に長く伸ばした爪を勢いよく貫通させる。
「1,2,3,・・・ほらこんな感じよ。・・・あら、でも見栄えがちがうわね。」
ゾラはそう言うと、3人の頭部と胴体を反対の爪を伸ばし一瞬で切り離した。
鋭い爪が黒光りしている。切れ味が鋭すぎるその爪には断絶時の血糊すらつかない。
間隔をあけて、血しぶきが上がる。
予想が当たった。ゾラの武器の一つはその変幻自在の爪。伸縮性と硬度を兼ね備えた体の一部だ。
この場ではマザーズの団員以外はその軌道すら見えないだろう。
「そうそう!ちょうどこんな感じ。丸いのが三つ串刺しになってるスイーツよ」
「はい、あーん」
イフリートは一口で平らげた。口からしたたり落ちる血が体の熱で蒸発し湯気を出している。
「ガガガガガ」
イフリートは首をかしげて「?」な仕草をした。
当然味などゴーレムはわからない。
「まー、私は美食家だからね、まずいのは食わないけど、あはははは」
甲高い声がメビウスに響き渡る。
「アルスはその点では美味しいものが沢山あるからあまり壊したくないのだけどね。イースは・・・・どうでもいい訳。」
メビウスは今かつてない危機に遭遇していた。
レイはそのような状況とはつゆ知らず、覚えたてのレプリケータ操作でコーヒーを堪能していた。その操作の特徴から少しアレンジができるようになってきた。
「今日は、カフェオレいってみますか!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます