第9話 世界の成り立ち③

第9話 世界の成り立ち③


レイに頬に向けられていたスミスの指先が小刻みに震えている。


「ふっーー。」

額の汗をぬぐいながらスミスが吐息する。


アリスはその手をレイピアの柄からようやく離した。そして、アリスがレイに近寄り治癒魔術を施した。見る見るうちに傷が塞がり、出血が止まった。アリスが頬についた血を優しく拭き取る。


レイはまだ状況が呑み込めていない。


「・・・すまなかったレイ君。君の守護者が本当に我々の味方であるか確かめさせてもらったんだ。」


「君の頬めがけて魔力の刃を飛ばした。・・・それが君の頬を切り裂いた。」

「これは、私にとっても一種の賭けでね。もし君の守護者が攻撃してきたら、恐らく僕は死んでいただろう。」

「君の守護者が善なる存在で、私が善なる者だとお互いが証明した状態だ。試してしまい申し訳ない。ただ、君がメビウスの一員となる確証を得たかったんだ。」


つまり、こういうことだ。レイが思っていたように善悪の境目は曖昧な部分がある。恐らくある程度の分別はできるのだろう。お互いに味方であるとの証明をするには命のやり取りが必要だったということだ。仮に守護者が反撃したとしたら、どうだっただろう、レイにとっても命がけだったことには変わりない。


「君の守護者は強大だ。敵になった場合、大変な事態となる。どうだろうわかってくれただろうか?」


(気が動転している。話は耳に入ったが、心の整理が付いていない。)


レイは言葉を発することができなかった。


「・・・混乱するのは当然だね。アリス『あれ』を持ってきてくれ。」


しばらくして、アリスがコーヒーを持ってきた。なんとスコーン付きだ。


「君から教わったコーヒーだよ。砂糖とミルクも入れてある。メイにお願いして、茶菓子のスコーンも用意したんだ。これで少し心を落ち着かせてくれないだろうか。」


出されたものをレイは見つめ、ゆっくりと手に取る。


その様子を見てスミスは安堵したようだ。


「コーヒーを飲みながら、聞いてほしい。できるだけゆっくりと話すよ。もう危険なことはしない。安心してほしい。」


レイは黙ったまま頷いた。コーヒーを一口、そしてメイのスコーンを口にすると、心が一気に落ち着いてきた。こんな状況でもメイの料理は格別に美味しい。


「順番が逆になってしまったが、本来の順を追って説明しよう。君の世界の常識と、かけ離れているのはわかってくれたはずだ。出会った時、年齢を聞いたが、それは事実を受け入れられる柔軟性があるかどうかを確かめたくてね。過去にも異世界からのジャンパー(跳躍者)が居た。ジャンパーは珍しいものだが、災害に巻き込まれることによっても発生する。主に魔力が絡んでいてね、この場合は魔力災害による遭難者の扱いとなる。一定の年齢を超えると異世界の事実を精神的に受け入れられないこともあるし、異世界の魔力に適合できないこともある。前者の場合は精神を病むし、後者であれば病気になり最悪は死に至る。」


「僕は適合できているということですか?」


「ふふ、ようやく話してくれた。嬉しいよ。そうなるね。というか君はこの世界、我々は『イース』と呼んでいるが、そう、このイースの生まれだ。」


??何を言っている。僕は東京生まれの都会っ子だぞ。幼少期の記憶もある。


「昨日だったか、様々なゲームをしてもらったが、あれはいわゆる君の肉体的、魔力的な診断をおこなったんだ。そこで君はイースで出生していることが判明した。」


「いや僕は生粋の東京人なのですが・・・」


「経緯はわからないが、何らかの意図があって、生まれて間もなくか、しばらく経ってからか、明確な時期は不明だが、君が住んでいた星へジャンプしたんだろう。ちなみに我々は君たちの星のことを『アルス』と呼んでいる。昨日のゲームでは君の魔力の波長を測定するものも含まれていてね。それがイースのものと合致した。星によってこの波長は異なるので、間違いないよ。・・・君はこの星に来て、それまでの違和感が解消された感覚はなかったかい?」


「ありましたよ。活力に満ち溢れているような感覚。五感も鋭くなったし、魔力の存在も感じ取れるようになった。僕はその、アルスでは『ズレ』と呼んでいましたが、それが消えた感じはしました。」


「ゴブリンを倒せたのがその証拠だね。おそらくアルスに居た頃の君では死んでいた。君が言うズレはジャンプ時のフィルターによってろ過され、在るべき状態に戻ったんだ。アルスの波長とは合っていなかったのだろう。」


「・・・・・」


「アルスやイースのことを話したが、星々とこの世界についてもう少し話をしよう。」

「パラレルワールドって聞いたことあるかい?」


(なにかのアニメであったな)


「はい、聞いたことはあります。平行世界でしたっけ?」


「そう、平行世界のことを指している。パラレルワールドは無限に存在するのではなく、実際は7つの世界が存在している。」


「7つ?」


「君が元居た世界が一つ。そして今いる世界がまた一つ。他にも5つの世界が存在する。」


「世界には名前が付いていてね。君の元居た世界はアルス、今いる世界はイースとなる。他にもタイタスやケイオスなどがある。一つ一つの世界についてはまた後で語ろう。」


「パラレルワールドはそれぞれが似た世界だが所々が異なる。君ももうわかっているだろう?また、7つの世界は円形に位置しており、対局の世界とは一番その性質が異なる。ちなみにアルスとイースは隣に位置し、最も近しい性質を持っていると言える。」


「私が『ジャンパー』と言ったのを覚えているかい?」


「はい、別名、跳躍者ですね。。」


「ジャンパーというのはこのパラレルワールドを行き交うことのできる能力者のこと言う。これは簡単に出来ることではない。特殊な条件が折り重なって可能となる。」


「実際に君はアルスから来たのだから、ジャンパーであることは間違いない。」


(僕がジャンパー??)


「しかし、通常は『転移星石』と呼ばれる物体が必要となるが、君の場合それを有していない。前に話した石はこのことだよ。」


「ここで重要なのが、転移星石を持たずして転移できることは『特異点』という存在を示唆している。特異点と特段魔力量が高くね。転移星石には膨大な魔力が含有されているが、その部分を自身の魔力で補完できる程ということさ。魔力は星から生まれる。星=地球と基本的に捉えてよい。魔力と星とは密接な関係にあり、その繋がりが深いほど魔力に様々な側面から精通していると言える。」


そういえば、ジャイが特異点って言ってたか。

「・・・ここで重要なことがある。本来7つの世界には『同一人物が3人居る』。言い換えれば、私もアリスも、他の6つの世界のいずれかに別の人間として3人存在している。パラレルワールドであるが故にこの3者は互いに『影響』を及ぼす。詳しい説明は今は省くが、この影響のことを『バタフライ・エフェクト』と呼んでいる。」


「しかし特異点と呼ばれる者は7つの世界にたった1人の存在だ。通常と異なり、バタフライ・エフェクトが発生しない。故に特異点と呼ばれている。」


(1つの世界と微妙に異なる世界として構築されるパラレルワールドということは、同じ人物が複数人居てもおかしくないな。しかし、7人ではなく3人なのか。)

(バタフライ・エフェクト、この3人が互いに干渉しあっているというのは具体的にどういう意味だろうか。)


「ジャンパーは何度か見たことがあるが、特異点は非常に珍しい。私もこれまで出会ったことがなかった。私の・・・そう、師匠である前任の研究者はその分野に精通しててね。記録をこの3日間あさっていたのさ。」


「実はこの7つの世界は破滅の危機に瀕している。このイースも例外ではない。」


「破滅の危機とは?」


「君が倒したあの緑の生き物。俗称でゴブリンと呼ばれる異形のものだが、あのような類のものが世界に出没し、世界を壊しはじめているんだ。これは魔力由来の善と悪のバランスが悪に傾き始めているからなんだ。それだけではなく、異世界からの侵略者も存在する。」


「我々はそれらを排除し、世界の均衡を保つため生まれた組織、メビウスに所属している。パラレルワールドを旅し、悪を討伐することが役目だ。その為にマザーズを結成し強者を適宜異世界へ派遣している。」


「バタフライ・エフェクトは星も例外ではない。1つの星が死ねば。他の星も死ぬ。」


(!!!!・・・・影響とはそういうことか。)


「転移星石というのはとても貴重な魔石で通常では手に入らない。しかも使用回数にも制限がある。加えて、通常は1人しか転移できない。だから簡単に何度も異世界を行き交うことはできないんだ。我々は世界の均衡を保つため、複数人でかつ頻繁に行き交う必要性があるがそれができない。・・・・しかーし・・・」


(あーあ、また自慢話が始まるよ)

アリスが肩を落とした。


「しかーーーし!!私は造り上げた!!このメビウスを!!そして、君も見ただろう!!メビウスの中心にあるあの転移路を!!あれはメビウスの輪と繋がる道なんだよ!!そしてそこを滑走する時空間列車!!あのデザイン僕が1週間かけて徹夜でデザインしたんだよ!!もうその時の興奮と臭さは尋常じゃなかったね!!ガハハハッ!!なんたって、時空を切り裂くデザインだからね、そんじょそこらの構造物とは違う!!秀逸なのさ!!渾身の力作!!だってね、素材からして違うのさ、一級品の魔石をふんだんに先頭へ搭載し滑走する。その姿まさに稲妻さ!!だから名前はラ・イ・ト・ニ・ン・グ。ライトニングいざ出撃!!!ゴーゴゴー!!!」


「あの、スミス様・・・」


「はぁはぁはぁ・・・・あー、いやいやすまんね。つい興奮してね。そうそう、・・・なんだっけ?」


「世界の破滅がなんかとか・・・・」


「あーあ!!そうそれ!!えーと、つまり僕らが世界の秩序とバランスを保つ役割を担ってるってわけさ!!だから君もメビウスに入って一緒に頑張ろうって話!!・・・・はあ、はあ、ちょっと涼んでくるわー」


「はあーーーー」

あからさまにため息をつくアリス。


「ったく、せっかくまともに話していると思ったのに。・・・申し訳ありません。ここからは私が説明させて頂きます。」


「先ほど話に出てきた魔石ですが、お分かりかと思いますが、レイ様も既にご覧になっていらっしゃいますよ。そちらをご覧ください。」


アリスはラボにある宝石を指さした。


「あれらは魔石の原石になります。あなたの居たアルスではごく微量にしか存在しませんし、主に宝飾品として用いられているようですが、他の世界ではこれらの魔石が大量に存在し、魔力の源泉として活用されています。生物はその魔石の魔力を引き出し、魔法を発現することができます。」


「・・・・・・こんな風に・・・・・・・・」


(!!!!!!!!)

(風だ、風が体を吹き抜ける。空気が揺れている。熱を感じる。肌にピリッとした感覚がある。そして、なんだろう暖かさを感じる。)


アリスの髪が揺れている。体が仄かにピンク色に光る。

何らかの力を行使しているのは魔力を感じられない人間でもきっとわかるであろう。

目に見えた発現がそこにあった。


アリスの指先に水玉が出現したのだ。

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