第7話 世界の成り立ち①
2日目は施設の外に出て車のような乗り物の窓から街並みを見学した。車という表現をしたが、元の世界には存在しない乗り物だ。なにせタイヤがないのだから。イメージとしてはタイヤがなくなった車。どのように動いているのか仕組みはわからないが、とりあえず浮遊している。そう、浮遊している。そのような構造物をメビウス館内で幾度として目にしてきたのであまり驚きはしないが、既成概念とかけ離れているためそのギャップにちょっと動揺した。10cmくらいだろうかちょうど地面に一定の間隔を保ちながら動いている。動力源はやはり魔石なのだろう。
街の市場に向かった時、ちょっとした事件、もう少し言うならば「食堂の娘誘拐事件」に巻き込まれたが、アリスが上手く解決してくれた。自分は何もしてないつもりだったが、何度もこの娘に感謝され、深々と頭を下げられた。食堂に来てくれれば特別メニューで御馳走するとのことだった。詳細についてはここでは良しとしよう。
3日目はメビウスの中にあるゲームセンターのようなアミューズメント施設でひたすら様々なゲームをやらされた。時折着用しているスーツの例の緑のラインが発光しているようだった。アリスは傍らで僕のゲームプレイを凝視していた。タブレット端末のようなものでゲームの結果を記録している様子だった。いつもは掛けていない黒縁眼鏡を掛けてキリリとした研究者の顔つきになっていた。僕はモルモットになったのかな。
ゲームの種類は様々で、シューティングゲーム、パンチングマシーン、コイン落とし、RPG、イライラ電流棒?のようなものまで。元の世界でも存在していたゲームに類似していた。あまりゲームセンターのような類の場所に出かけることは無かったが、やってみると結構楽しかった。バスケットボールのシュートゲームでは、アリスの口があんぐりと開いていたのが印象的だった。重さの違うボールをとっかえひっかえ様々な角度や距離で投球した。シュート率は100%。NBAでも活躍出来そうだ。
ただ、普通のゲームと違うのは、ただのコイン落としであっても、運動をした時のようにかなり疲れる。ゲームでこんなにも体力を消耗するとはどういう仕組みだ。汗が滝のように流れ、肩で大きく息をしていた。続けていくと指先が震える。
アリスが僕の様子をみて、時折休憩を挟みながら3時間程度ありとあらゆる種類のゲームをおこなった。
休憩の時に出されたエナジードリンクは今までに味わったことのない爽快さで、アリスの「休憩」の一言が次第に待ち遠しくなっていた。後から聞いた話だが、このドリンクは例の食堂の娘が製造しているそうだ。これを飲むと一気に疲労感が回復する。体力の回復だけでなく精神的なトランキライザーの効果があるように感じた。
3日目の午前中(この世界でも朝昼晩、午前、正午、午後の概念はほぼ同じようだ)このゲームは行われたが、最終的には創造以上の疲労度で歩行困難な状態となった。その後夕方頃までは自室にて例の椅子で回復&午睡に励んだ。メビウス館内での位置関係が分ったり、転移装置の扱い方も支障なく行え、かなりこの世界にも慣れてきた感覚がある。
夕食は食堂の娘(名前をリトル・メイ)の所に行った。メビウスの胃袋を鷲掴みにしているのがメイの料理だ。まだ子供なのに、ここを完全に仕切っている。
レイが顔を出すと、
「レイ!!!!!来てくれたの!!ちょっと待っててね今料理持ってくるから!!」
15分くらい待っただろうか、なんとも豪勢な食事が卓上に並んだ。
どう見ても他の人とメニューが異なる。
「・・・メイ、ありがたいんだけど、他の人と同じでいいんだよ?」
「何言ってるの!あなたは私の命の恩人よ。他と同じにできるわけないじゃない!!愛情を込めて作ったわ!!食べてみて!!」
いつも元気いっぱいのメイだ。この明るさは本当にすがすがしい。僕の心を照らしてくれるようだ。
どの料理も『尋常ではなく美味い』。そう尋常ではないのだ。肉、魚、野菜、デザート、食材は多少馴染みのないものも入っているようだが、味が尋常ではない。
なんというか、美味過ぎる。これほどおいしいものをレイは今まで食べたことがなかった。
食べ終わったあと
「ありがとう、メイ、おいしかったよ!また明日も来るね!」
そう告げると。
満面の笑みを浮かべて
「うん!!一生ご飯作ってあげるね!!」
『一生』という言葉になにやら含蓄がありそうだが、そこは子供の言葉と受け取って、手を振ってその場を後にした。
元の世界と大きく違う点はやはり『魔力』だ。魔力はあらゆる物に活用されている。火力、風力、原子力、元の世界での動力はこの世界では動力源ではなく、魔力こそ唯一無二の動力として活用されている。魔力とは何かをアリスに聞いてみたが、理解に苦しんだ。この世界においては、水や空気と同じように自然に存在するものらしく、説明すること自体が困難な様子だった。そして、どうやらその魔力は僕自身にも備わっているらしい。
こうして、3日間はあっという間に過ぎた。
早朝約束した時刻にアリスが部屋にやってきた。
アリスは時間にとても正確だ、決められた時間を確実に順守する。
いつもと違うことがあった。それは一本の剣を携えていることだった。
アリスはそこには触れず、
「それでは、先生、いえ、スミス様のラボへ行きましょう。」
と言いすぐに部屋を後にした。
メビウス内の光景にもだいぶ慣れてきた。ある程度道の検討も着くようになった。自室への帰路も最近では一人だけで間違うこともない。多少なりとも顔見知りも出来て、挨拶をする間柄の人も出来た。
今歩いているこの通路も前にも何度も歩いたので不安などはもはやない。
エレベーターを使い30階から1階へ移動、左手に曲がりしばらくするとラウンジ見えてくる。その奥の長く伸びる白い通路を進むとスミスのラボの前に到着した。
壁が一部消失し入口ができる。この仕組みも発現者であるアリスの魔力が動力源となり、壁が特定の場所に転移し、動力が切れると元の場所に戻る仕組みのようだ。同じような構造物で、一時的に飛散して再構築されるタイプも存在するのだという。
魔力は万能で限界がないものに思える。アリス曰く、魔力や魔法には限界がないが、それを行使する人や生き物に限界があるとの見解だった。
この辺りはそういえば、ゴブリンと対峙した部屋だったな。
思い返すと恐怖するが、当初抱いていた気持ちとは異なっていた。それはこの3日間の体験のお陰だろう。
「いや~~~、もう3日経ったのか??早いねぇ。」
清潔感ゼロ、清涼感ゼロ、女子の天敵、の雰囲気が漂っている。スミスの体臭だろうか、無臭空間のはずが・・・・ひどい匂いだ。
入り口の扉が消失した瞬間に、鼻をつんざく匂いに襲われた。
そういえば、アリスは鼻をつまんだ状態で入室していたような。
間違ってはいなかったようだ。
鼻を摘まみながらアリスがスミスに声をかける。
「先生、いえ、スミス様、お風呂入られましたか?」
「え?、風呂?入るわけないでしょう?時間なんていくらあっても足りないじゃない?」
「レイ様、ちょっと失礼を」
そう言って、スミスの耳を引っ張り、ラボから追い出してどこかへ連れて行った。
(また一人か・・・前回は一人きりでえらい目にあったからな。流石にあのゴブリンは片付けられているのか。)
ラボには生き物の類は一切なくなっていた。代わりに沢山の書物が山のように積み上げられていた。そもそもこんな本どこにあったのか。開かれたページに沢山の書き込みがしてある。そういえば、言葉だけではなく文字も読み取れるようになっていた。これがジャンプ時のフィルターの影響なのだろう。なんと万能なことであろうか。
ただ、読むことはできるが内容はさっぱり理解できない。この世界の知識をもっと学習していかないといけないとは思うが、勉強はあまり好きではない。
この3日間で得た全知識をもって、ラボ内に置かれている様々なものを見てみると、改めて気づきが多かった。マザーズの団員と接触したことが契機となったのか魔力の波動を感じられるようになった。魔石などは特に顕著に発せられている。ピリピリとした肌の感覚、神経に刺激が伝わるような感覚、空気感といってもいい、なかなか形容し難いが。スーツに施されている魔石の装飾も装着者の魔力を向上させたり、その流れを変化させたり、術式行使を容易にしたりと魔石を介在に様々な能力が備えられているらしい。
スーツだけでなく武器も製造しているとのことだ。これらはラボではなく、専門の開発部隊が居るらしい。特殊なものや新兵器などはラボとの共同開発となるようだ。ちなみにレイが着用しているスーツは基本スペックのもので特段のカスタマイズは無い。ただ、その状態でも本来の身体能力や魔力伝導率は向上するという。
30分くらい経ったろうか
「いや~、失礼失礼。研究に夢中になるといつもこうだよ。飲まず食わず、風呂入らずなもので。」
「特に、あれだよね。髭を剃るときがさ、何とも言えない爽快感なんだよね。これは男性の特権だねー。うんうん。」
シャワーでも浴びたのか、きれいな身なりになって帰ってきた。しかしよほど没頭していたのか目がくぼみ頬がこけている。3徹は当たり前らしい。
「君はこの3日間アリスとともに様々な物を見てきたはずだ。アリスには重要な部分、これは君という人間に未知の側面があったからだが、口出ししないように命令していたので、本当に核心的な部分の予備知識はほぼないだろう。ん~そうだね・・・君の感想を聞かせて欲しい。」
「そう、感想だよ。君がどのように感じ、何を考え、どんな気持ちなのか、聞かせてほしい。」
(感想?んーー。)
「・・・・僕がもと居た世界とは違う異世界に居ることはよくわかりました。基本的な部分は似通っていますが、例えば構造物の類や、それになによりも魔力が存在しているというところが、大きく異なっています。最近ではこの魔力を感じ取れる感覚が備わってきているようです。五感が鋭くなったのか様々な感覚が研ぎ澄まされたような感じや、料理を食べた時でさえ、とても美味しく感じられるようになりました。」
「ふむ。魔力を感じ取れるようになったか、か。私やアリスも魔法が当然扱えるわけだが、同じように感じ取れるかい?」
「そうですね・・・・。あまり感じ取れませんね。あ、でも・・・集中すると感じられますね。大きな波のように打ち寄せてきます。」
眼を閉じて、感覚を研ぎ澄ますようにすると、感じ取れるものがある。一見表面は冷たい殻のようだがその奥に胎動する生命のような躍動を。
スミスとアリスは顔を見合わせた。お互い共通認識があったようだ。
「まず何を話そうか。君自身が聞きたいことは多いと思うが、私もアリスも触れなくてはならい事柄があってね。それを先に話そうか、むしろ我々にとってはこちらの方が重要だからね。」
『なんのことだろうか?』
「君には見えないのだろうが、私やアリスには見えるんだ。」
「見えるって何がですか?」
「君の背後にいる天使だよ。」
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