第16話 湖畔に佇む巫女
母の背後から何かの気配を感じる。不気味で粘りつくような嫌な感じだ。
当時のアリスも多少魔法には精通していた。父から教わったのだ。
悪の側、つまり敵ということであろう。
母の視線がアリスを捉えた。
あの時の虚ろな眼差しをしている。
(いつもの母ではない。操られている?)
『我は水の精霊の頂点に君臨するもの・・・』
『お前は何者だ?・・・ああ、こいつの娘か。つまりはそういうことか。』
「お母さんを返して!!」
母の姿をした母と異なる存在に叫ぶ。
涙がどっとあふれ出てきた。
「おがあさんをぉ・かえ・・・」
涙のせいでちゃんと発声できない。
「アリス下がっていろ!!」
父が家の中に入るようにアリスを促す。
『そうか、お前らの娘か・・・おや?・・・面白いことをしたものだな。ククク』
アリスの手のひらに火の玉が出現する。しかしかなり小さい。この年頃の火属性の使い手ならば通常はもっと大きいものだ。アリスは幼少期から火を扱う訓練を父から教わっていた。母は魔法訓練には携わっていなかった。
長い年月を掛けて鍛錬してきたがあまり上達はしていなかった。
到底戦力になるとは思えない。
『なぁ、ゼノ。貴様の仕業だろうが、運命は変えられないよ。無駄な努力をしたものだ。』
『お前にはもっと頑張ってもらわないとね。・・・時期を待つとするよ。それまでせいぜい強くなっておくれ。』
母の背後の気配から発せられた小さな何かがアリスの体内に入り込んだ。
アリスの口から入り、体の中に浸透していく。
特に何か感じることはなかった。
『成長したらまた戻っておいで、その時にいただくとしよう。』
『ああ、それと、ゼノお前は用無しだ。』
母の足元が揺らぎ、周囲の冷気が集結する。そして氷の塊が勢いよく飛び出した。
ゼノの胴体に氷の刃が突き刺す。貫通したその刃は背中を突き抜け、その先端は家の外壁に刺さった。ゼノは突き上げられた衝撃で串刺しのまま宙吊りの状態となった。
青白く月明かりに輝く氷に赤い血が流れ落ちる。
「ア、アリス・・・・母さんを助けてやってくれ・・・・」
その氷の刃は支えとなり、父は倒れることなく絶命した。
固く握られた剣はそのままの状態で硬直していった。
貫いた氷が徐々に身体を侵食し始めていた。
『アリス・・・強くなれ、そしてまたここへ戻ってこい。・・・待っているぞ。』
父の思いはアリスに伝わったのだろうか。
母の背後にいた得体のしれない気配は、役目を一旦終えたのかそれ以上の攻撃は無かった。私の中に入れた何かが区切りをつけたということか。
母の足元から強い冷気が発せられている。
母は湖へ向かって歩いて行った。
歩くたびに湖が凍っていく。湖の中心までたどり着くと、そこから大きな氷柱が母を取り込んだ状態でそびえたつ。
アリスは見た、最後にこちらを一瞥して目を閉じたのを。
強い冷気が一体を支配した。
ここは真冬でもそこまで雪深い山とはならなかったが、この一見以来魔女の巣食う極寒の氷山として知れ渡ることとなる。
氷が自分の足元にへばりつく。
慌てて家を出てきたアリスは裸足だった。
一瞬にして氷と密着してしまったため、足を踏み出した際に、足裏の皮膚が少し剥げた。
「痛っっ!!!」
このままでは自分も凍死してしまう。
この場を逃げなければならない。でもどこへ?
この山の隅々まで熟知しているアリスだが、出口のような場所はなかった。
両親はあえてこのような場所を選んだのかもしれない。他にどのような場所があるかは皆目見当もつかないが。
(・・・・そうだ、あそこからなら、どこかへ行けるかもしれない。)
最愛の両親を残し、アリスは森へ向かった。
木々が少しずつ凍り始めている。
凍てつく寒さの中、アリスは一歩一歩と歩みを進めた。
必死に移動して体を動かしているが、寒さの方が圧倒的に厳しく、体中がガタガタと震える。それでもアリスは必至に前へ進んだ。
森を抜けるところまでアリスは歩いたことは何度かあった。
しかし、その度に父に叱られた。そこが崖だったから。
絶壁だ。落ちたら即死かもしれない。
森を抜け、その崖へと向かう。意識が朦朧とする中、歩みを止めるという意識すらない。
彼女の足は空を切った。
そして、山頂から落下した。
約数十mだろうか。小さな塊が落下していく。
まるで石のようだ。
トスン。
冬場で雪が降り積もり、運が良かったのだろうか、雪のクッションに守られ、アリスはカスリ傷程度で済んでいた。
この時アリスは何故自分がこんなところで歩いているのかわからんかった。
ただ、「前進、成長、母の救出」の言葉だけが頭に残っていた。
何日歩いただろうか、振り返ることはしなかった。
靴は破け、素足が露出している。
「誰かに会わなければ・・・死ぬ」
空から雨が振ってきた。
だんだんと本降りになり、アリスはずぶ濡れになった。
小さな石につまずき、水たまりに倒れこむ。
口に泥水が入る。
『そういえば・・・ずっと水すら口にしていないなぁ・・・』
『だれか・・・・』
意識が薄れていく。
しばらくして、アリスの街道を一台の車が通過しようとしていた。
「おい!誰か倒れているぞ!スミスさんどうします?」
「降りてみよう!」
運転手とスミスは下車し、その人影に駆け寄った。
「子供じゃないか!」
「君!大丈夫か!!!」
アリスはうっすらと瞳を開け、安堵したのかすぐに目を閉じた。
彼女はこの時の記憶が明確ではなく、記憶喪失に近い状況にある。
ただ、「前進、成長、そして母の救出」この言葉は焼きついていた。
年齢を重ねたアリスはこの言葉に突き動かされるように、急成長を遂げていった。
自身に委ねられた運命は知る由もない。
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