第4話 別世界①
スミスは先ほどまでのチャラけた頼りない印象から一変、真剣な表情で口を開いた。
「まず、いくつか質問させて欲しい。君の年齢と出身は?」
「16歳です。日本の東京です。」
「東京は・・・確かアルスだね。石を見せていれるかい?」
『アルス?なんだそれ。』
聞きなれない単語よりも、理解できた単語を聞き返した。レイには幼少期からトラブルの回避術として、後に面倒になりそうな事柄を自然と避ける傾向があった。
「・・・石とは、何ですか?」
「石というのは魔石のことさ、ほら、ラボにもいくつかあっただろう。似たような石だよ。通常はその効力をもっと効率的に発揮させるために、原石から加工してあるものだが・・・・・・」
チラリと視線をレイの背後に向けた。
『ん?』
気のせいか。
スミスの言葉が続かなかった。
持っていないということが伝わったのだろうか。
目を伏せたスミスは顎に手を当て、なにやら物思いに耽っている様子だった。
彼の頭でピースが当てはまったのか、何かに気づいたのかスミスの目が見開いた。
他人から見て人が何かの結論に至った時というものは感じ取れる。
場合によるが、その人の瞳の色であったり、雰囲気であったり、それは動物としての本能による直観からなるものなのかもしれない。
・・・・・・しばらくの沈黙の後。
「君は“特異点”か」
(???)
やはり意味がわからない。 トクイテン?この言葉についても面倒なことになりそうだ。
「ふむ。それならば辻褄が合いそうだ。・・・これもまた運命か。」
しばらくの間またもや沈黙が流れる。レイは沈黙が嫌いだった。自らペラペラとお喋りをするタイプでは無かったため、打破しようということではなかったが、沈黙により、負の想像が膨らんでしまうからだった。
「詳しい説明の前に、この世界を見てもらいたい。一緒に付いて来てくれるかい?」
説明をするよりも、見る方が理解できるということだろうか。これは言葉では表現し難いことが多分にあるということが予想された。
「おっと、その前に・・・ちょっと待ってね。」
スミスはラボの奥に行き何かを探しているようだ。
「お!あったあった。」
レイの所へ再び戻ると、ケースに入れられた一つの指輪が渡された。
白くて綺麗な指輪だ。白銀というのだろうか、シルバーとも違う、白みがかった光沢をしている。影になる部分が銀で光を反射すると白に輝く。よく見てみると、細かな模様が施されているようだ。厚みはあまりなく幅は5mmといったところだ。
「これから移動するけれど、この指輪を嵌めてほしい。指はどれでもいいよ。サイズは自動的に補正されるから。」
右利きのレイは左の一指し指にそっと嵌めた。
少し大きめのサイズだったのだが、シュっと縮まって、ジャストサイズに『補正』された。
(・・あ?・・・れ・・・・?)
一瞬立ち眩みがする。しかしすぐに回復したようだ。
スミスは何事もなかったように、ラボの入口(出口へ)歩き始めた。
ラボを出て、左手の長い廊下を歩く。
相変わらず照明のような、明かりが点在している。
真っ白な廊下を影を無くし、美しく照らしている。
「君には3日程度この世界・・・といってもここから移動できる範囲ではあるが、実際に『世界』を、その目で見てもらいたい。案内役には私の助手をつけよう。私はその間、ちょっと調べ物をしたいしね。」
助手ということは研究室の助手という意味だろうか。
「わかりました。」
何がわかっているのだろうか?と自問自答しながらも、こう答えた。
とりあえず、同意の意を示す、これもまたレイなりの処世術だ。
調べ物をという言葉を発した時のスミスは、「ウキウキ・ルンルン♪」が垣間見えそうなほど、にやけていた。研究に類するものがよっぽど好きなんだろう。
はたまた、先ほどの「石」や「トクイテン」という物事が興味の源泉となっているのだろうか。
長い廊下を渡ると目の前の壁が消え、開けた場所に出た。それまでの壁で囲まれた空間から、広々としたラウンジのような場所に出たのだ。
閉ざされた空間から自然を垣間見える空間に出たことで、どこか落ち着いた。
人間はどこまでいっても、動物としての記憶があるのだろう。
そこには沢山の人がいた。・・・・・多種多様な“人種”、そう人間の範疇なのだが、姿が微妙の場合もあるが・・・・大いに異なる人も含まれていた。髪の色、瞳の色が異常な発色をしている者、更には角が生えてる者、肌の色が元世界では存在しえない色まで、様々だ。
完全に「異世界」という現実を再確認した。
レイはもともと異世界物やファンタジーが好きな方だった。
それは現実社会に好印象が無く、現実逃避していた部分も含まれていた。
それでも、例えば、剣や魔法の世界には憧れや、その創造性に心躍らせていた。
比較的若い世代の人間種達がこちらをじっと見つめている。中にはひそひそ囁いている人間も居た。その内の何人か(ほんの2、3人)は僕の背後に目を奪われているようだ。何もない虚無の空間ではないか。背後霊でもいるのか。
こういった目線はスミスからも時折感じていた。
群衆の中から一人の若い女性が前へ出た。
「コホン、私のラボの優秀な助手『アリス』くんだ。」
色白で赤く長い髪の毛が美しい女性。年齢は同じくらいだろうか、きりっとした瞳に知的さが滲み出ている。白衣をまとっているが内側に黒いボディースーツのようなものを着用している。よく見ると所々にラボで見た宝石が埋め込まれているようだ。先ほどスミスが言っていた魔石がこれだろう。大きさや配置は様々なだがどれも原石から加工されているようだ。
全体的に知的で清潔感がある凛とした優等生のイメージだ。 高校にもこれほどの美人はいなかった。
アリスが目を細めてこちらを凝視する。そして背後に目をやると、その瞳は何やら輝かしく光を放ったような感じがした。 スミスやラボに入った時の視線とは一味違う雰囲気を感じた。自分自身の魅力?ではないことは100%正しい。
「はじめまして、アリスです。」
スミスもしばらくの間、そうだったが、やはり、言葉はあくまで『ついで』で、背後の空間をじっと眺めていた。
今や、どちらかというと恍惚とした目で。
「コホン」スミスが咳払いする。
あ、ああ、自己紹介しろって意味ね。
アリス自身も呆けた顔からキリリとした表情に戻った。
「レイ・・と言います。」
これまで女の子とまともに話したことのないレイははにかんだ。
人との会話があまりなかった人生で、女の子となるとハードルが高く言葉が上手く出てこない。 そもそも顔を凝視できない。
「彼女がこの3日間君の世話係となる。色んな所に案内するから君自身の目で確認してほしい。僕は先ほど話したように確認したいことがあるので、しばらくはラボに籠るよ。」
言い終わるとスミスは元来た方向へ戻っていった。歩きながらも眼鏡をクイっと上げ、ぶつぶつと考え事をしている様子だった。スキップでもしているのか?足取りは随分と軽い様子だ。
「・・・・・・はぁ」
(え?今アリスが去り行くスミスの後ろ姿を見て溜息した?)
振り向いた彼女は通常モードの優等生助手に戻っていた。
「早速ですが、先ずはあなたの部屋に案内します。こころでは少々落ち着きませんので。」
周りに視線を馳せると、こちらを見ていた何人かは目を反らした。礼儀正しいがやけに固い口調だ。 『優秀な助手』という肩書を全うしているようだが、これまでのやり取りの中で感じ取れた彼女のギャップにとても好感が持てた。
ラボを出た先のラウンジも広かったが、この建物自体が巨大だ。窓から外が見えるが、かなり広い敷地を有している。そういえば、窓を開閉するということがないのだろうか。開く構造が見て取れない。これは恐らく、先ほどの消えるドアの仕組みがあるのだろう。
僕が今いる建物は大きな構造物の中心に位置しているようだ。高層階があるようでエレベーターのような機械が備えられている。箱型ではなく、床が上下するだけの仕組みのようだ。安全面で問題がありそうに思える。前方で人々が上下に浮遊していた。
このような光景も受け入れられる状態になってきていた。人間順応するものだ。
人間は過去の非体験に敏感だ。つまり僕はアニメや小説である程度耐性があるのだろう。
二人はそのエレベーターのような機械へ向かって歩みを進めた。
その機械の中心に行くと、操作盤のようなものが置かれている。
これはラボに設定されていたものと構造が似ているようだ。
(手?)
「ここを手で触れていただけますか?」
「あ、はい」
手を例の石膏のような石に触れると、微かに淡いピンク色の光を放った。
僕の手を感知した後、唐草模様のようにそのピンクの光の枝が広がり、僕の体がいつもより暖かく感じるのがわかった。
体温だけではない『空気』が揺れている。
・・・・アリスはその様子を鋭い眼光でじっと見つめていた。
この時のアリスの表情をレイは見ていない。
次の瞬間、身体が別の空間に飛ばされた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます