第5話 別世界②


「ここは先ほどの場所から30階上階となる、あなたの部屋です。」


真っ白く広い部屋の中に、生活用品と思われるものが既に置かれている。

椅子、ソファー、ベッドなどどれも元居た世界のものに近いが微妙に異なっている。

細部に凝ったデザインはなく、とにかく機能を満たせればいい、というような大雑把なつくりに思えた。


「客人には飲み物を用意するのが習わしでしたね。」

「まずは、、そうですね。『コーヒー』をご用意しましょう。」


部屋は1LDKのような間取りで、間仕切りがある奥側にキッチンのようなものがある様子だった。ちょうど所謂リビングの中央にいるレイからは見えない位置関係にあった。


その奥に行った彼女の声が聞こえてくる。


(にっが!!!これ毒じゃない??)


「・・・苦いと、毒になるのか・・」

レイは思わず苦笑した。第一印象がだんだんと崩壊していく。

決して大きな声ではないと思うが、今のレイには聞き取れた。


彼女はその後、ぶつぶつと呟いたあと、数分の後、コーヒーカップを手に持って現れた。表情なく、あの真顔のアリスが帰ってきた。

コーヒーカップから湯気が立ち上っている。その蒸気に乗せて芳醇な香りが漂ってきた。真っ白なコーヒーカップに8を横に倒したようなマークのデザインが施されている。

(そういえば、このマーク、メビウスの至るところにあったな。)


四角いテーブルを挟む形でソファーが対面に置かれている。その一方にレイが着席しており、アリスはテーブルにカップを置いた後、向かいのソファーにちょこんと腰かけた。


温かいコーヒーだ。少し口に入れると、その温かい液体が、食道を流れ、胃に注がれ内部からその「暖かさ」が広がる感じがする。なんだろう、前に居た世界の時よりもより敏感に感じ取ることができる。砂糖とミルクが欲しいところだ。アリスは「苦味=毒味」らしいが、かく言う自分も、まだ苦いのはあまり好みではない。飲めないわけではない。

苦いのが好きという同年代も居たが、あれは完全に無理をしている。まだ大人にはなりきれていないということか。


「すみません、砂糖とミルクを頂けますか?」


「お砂糖とミルクを入れるのですか?」

アリスはしばらく考えているようだ。


「少々お待ちください。」

彼女はまた先ほどコーヒーを持参して来た場所へと戻り、ぶつぶつと呟いていた。


(そのぶつぶつが、時折聞こえてるんだけどねー。)

もう少し耳を澄ましてみる。

何かを言っている状況なのは間違いないが、言葉が聞き取れない。聞いたことのない言語のように思える。


また数分の後に、レイの表情のアリスが帰還した。


「砂糖とミルクをお持ちしました。」


四角いローテーブルの上に白くロゴ入りの容器に入れられたそれらを、コトン置く。

色々と興味深い性格のアリスだが、着席や物を置くときの所作はとても美しい。


「あ、ありがとうございます。」


ティースプーン2杯の砂糖とミルクを少々、混ぜて飲むと苦みと甘さが入り交じりなんとも言えない、奥深い味わい。

心が落ち着くようだ。


その様子を見ていたアリスは無表情に


「私も飲んでもよろしいでしょうか?」


「えっ、もちろんですけど。」


アリスはまた部屋の奥に行って、レイに出したものと同じものを自分用に用意していきた。そしてソファーに二人が向き合った形で座る。


アリスが、砂糖とミルクを混ぜ、においを嗅いでいる。嗅ぎ方がどちらかというと・・・


(犬っぽいな。)


先ほどの独り言を撤回するような香りだったのだろうか、毒物から正式な飲料として昇華したとの判断が伺えた。


ペロッと、舌を出してコーヒーをつつく。


(なんだ、今度は猫かい。)


香り合格、味合格、アリスはズズーっとコーヒーを口に流し込んだ。


コーヒーを飲み干した後、一瞬体が硬直。

・・・アリスは徐に立ち上がり、再び奥へと消えた。


(奥の方から、なんだかキャッキャキャッキャ声が聞こえる。)


(えっ、次は猿ですか。)


しばらくして、真顔で帰ってきたアリスの白衣にコーヒーのシミが付いている。


(・・・あ、おかわりしてきたんだ。しかもこぼしたんだ。)


沈黙が流れる。女の子と二人きりの空間でこの場を持たせるような話力は僕の人生経験には皆無だ。ようやくひねり出した言葉は、、、


「と、ところで、先ほどなにか呟いていたようだったけど・・・・」

冷汗が出る。女の子との会話とはこんなにも緊張するものか。カタカタとカップとソーサーが小刻みに衝突する音が聞こえる。コーヒーの味がわからなくなってきた。


「レイ様にお会いする前少し学習したのですが、異文化の風習には詳しくないので、少し補習してきました。独り言ではないのですが、、、交信をしていたので、その時のものです。」


(今、交信?といった。何、宇宙人とか?)


「あのー、コーヒーのことはあまり知らなかったようだけど、淹れ方は知っていたんですか?」


「ああ、それはレプリケータ(製造機)のことですね。あなたの好みを確認し発現させました。」

所々の言葉が聞きなれない。


「レプリケータとは?あと発現ってなに?」


「先生は何も伝えていない、ということですね。困った方です。何でもかんでも私に、、、いえ、なんでもありません。」


彼女の瞳の感情表現はとても豊かだ、喜怒哀楽を瞳が語っている。表情は硬いので、それをもう少し反映してほしい。可愛らしいのが台無しじゃないか。と思ってしまった。


「簡単に申し上げますと。あなた世界の文化でのコーヒーという存在を確認し、現実の飲料としてレプリケータという機械を通じて創りあげた。という意味合いになります。『発現』というのは魔力を流して現象を生じさせることです。レイ様が先ほど手を翳した際にこちらの部屋まで来ましたが、それも発現の一種です。」


「・・・そうですか。・・・いや待てよ。つまり僕は魔法を使っていたということ?」


「・・・そうなりますね。少々嫉っ、、いえなんでもありません。」


(なんか言いかけた?僕が魔法を使えるってことについてもう少し解説欲しいんだが)

腑に落ちない点は多々あるが、一旦はこの世界を見て、分かれといことか。


「今日は初日ですので、この施設『メビウス』を案内しましょう。メビウスはこの星の中心とも呼べる存在。研究・軍事・医療など様々な分野の最先端を集約した施設です。何より、ここは『発着所』として唯一無二存在です。」


「あと、先ほどから気にされていた、このマーク。」

アリスはコーヒーカップに記されたロゴを指さした。


「これはメビウスのロゴマークになります。メビウスの志や存在意義を表現したものです。」


「それでは案内の前に、その格好では目立ちますので、こちらに着替えてください。」


黒いタイツのようなものを渡された。アリスが既に着用してるものと似ているようだ。アリスと違うのは、緑色のラインが全身を覆うようにデザインされている。筋肉に沿うような細かいラインが無数に張り巡らされている。


「それと、もう一つ、先生から受け取った指輪をもう一つ嵌めてください。今回は反対の手の指でお願いします。」


(先ほどは指定が無かったが今回はあるのか。)


少し大きめと思っていたが、着終わった瞬間に収縮し、身体にぴったりと張り付くようなサイズに変化した。この仕組みは指輪と同様なのだろう。着心地はランニングで着用するようなコンプレッションウェアに似ているが、着用している感覚が限りになく薄い。ボディラインがまるわかりだ。裸?ではないがそれに近いものがある。

(そういえば、アリスも同じようなものを着ていたな。同じ感覚なら裸に白衣・・・)

レイはアリスをちらっと見て、下を向いてしまった。


「準備はできましたね。それでは参りましょう。」

アリスはすっと来た時と同じ物体へ掌を差し伸べた。


この部屋の中央部に置かれている、その物体(転移石)に手を置く。先ほどの説明もあったので、来た時よりも集中して状況観察するように心がけた。


手を翳すのでは、今度は置いてみた。ひんやりとした意思の感覚、ピンクの発光、、これが発現か、、、発光の際に多少の熱を感じた。『風』だろうか、身体中を風が吹き去っていくような感覚があった。全身の周囲の空気が揺れている。・・・・光とともに身体が瞬時に転移する。


転移している時の感覚というものはない。あまりに一瞬のことなので、瞬きする間に別の景色が目の前に広がるようなイメージだ。これは場合によっては、非常に心臓に悪いのではないか。転移先を知っていれば心の準備が可能というものだが、全く無知の状態では、驚きよりも緊張が勝る。アリスが案内するのだから危険は当然ないのだろうが。新しい場所に行くというのは元の世界でも不慣れだった。


そして、次に訪れた場所は・・・

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