第13話 毒と命の天秤

「ねえ、父さん。堕天使に遭ってしまったらどうするの?」


研究室で機械の画面をいじりながら何やら没頭している父の後頭部を見ながら幼きスミスが質問した。髪に白髪がかなり混じり始めていたが緑色の艶のある髪の毛だ。


「・・・ああ、スミスか。・・・そうだな。先ずは逃げることだ。」


「もし、逃げられんかったら?」


「・・・そうだな。それぞれの堕天使の『嫌いなもの』を使って、・・・やっぱり逃げるだな。」


振り返り、ポンポンとスミスの頭を軽く叩く父。

にこやかな表情を浮かべながら接してくるので、質問の答えよりもこの時が優先された。


「すまんな、スミス。父さん明日の学会の準備があってな。また今度それについてはゆっくり話そう。」


研究室の扉がスゥと音を立てずに開いた。現れたのは母のエリサだった。


「あら、スミス。お父さんのお仕事の邪魔をしてはいけませんよ。」

スミスが突然いなくなって、様子を見に研究室に入ってきて母が言った。

いつものことだが、母は自分が何処にいるかお見通しのようだった。

居所だけでなく母は何でも知っている。どこの家庭でも同じかもしれないが。


そうして会話は途中で途切れてしまい、永遠に話の続きを聞く機会は消えた。


宙吊りにされた母は頭を嚙み千切られた後、胴体を丸のみにされた。

グリードは食す時その食材の大きさに合わせい異常に口が拡張される。

人の形をしたグリードだが、口の形状は異質だ。


母は噛み千切られる瞬間、微笑んでいたように見えた。


そして、次は父の番だ。

父の特技は高速剣。ブレインの家計は皆長剣を扱っているが父は持ち前の剣技に転移魔法を応用させ、刀身を超える範囲で斬撃を放てる。実際に立ち会ってみた時、その技を体験したが、剣だけ見ていては対処ができない。リーチのわからない連撃は避けることができない。


父の剣が光を帯びる。勢いよくグリードに向かって踏み込み、高速斬撃が繰り出される。


グリードは全身にその斬撃を受けている。

父は避けられないと悟り、一気に攻め込んでいく。


しかし、おかしい。グリードの体はズタズタに切り裂かれているはずなのに、血が一滴も出ていない。よく見ると、傷跡がない。


堕天使の情報は実際のところかなり不足している。それはそもそも彼らと相対した時、生存者が限りなく少ないからである。戦闘にならなくても、大抵その場に居合わせた者は死んでいる。


グリードに関する情報も、大食らいに関するものだけで、細かな能力については知られていなかった。


(再生している?)


グリードは、斬撃を受ける度、即座に再生しているのだ。治癒魔法をかけているのではない。無意識に傷を再生している。刃が切れ込んだその先から瞬時に再生している。血が溢れる前に元の状態に戻っているのだ。

つまり、父の攻撃では何らダメージを負っていない。


斬撃を浴びながらも歩み寄るグリード、そして父の腕を掴んだ。

掴まれ父の腕からボキボキと骨が折れる音が聞こえる。

そして握りしめていた剣が落ちた。


「いただきます。」


ガブリ・・・


スミスの目の前で父が食われている。腕、脚、耳・・・対になる部位がある場合、左右順番に咀嚼している。


血吹雪が舞い、そのあとシャワーの用に全身に父の血を浴びる。


スミスの瞳孔は開ききったまま小刻みに揺れている。

体中から汗が吹き出し、父のその血と溶け合う。


脚を食われた時点で父は死んでいた。最後は言葉にならない断末魔だった。


断末魔がスミスの意識を生へと向けた。


『い、生きなければ!!!でもどうやって??なぜ今昔の事を思い出した?きっと意味がある筈だ。嫌うもの、苦手なもの、暴食・・・考えろ!!』


母は料理が苦手だった。というか家事全般が不得意だった。細かいことができず大雑把な性格で、メイドが基本的にやっていた。時折、


「今日はお母さんが作っちゃおうかな!!」

といって、突然作り始めることがあるのだが、悲惨なものだが。


基本的に切って火を通してお終い。立派な厨房があるので、さながらサバイバル料理だ。見た目も酷い。何故か美味しそうに見えない。ただ焼くだけでも美味そうに見える食材はいくらでもあるはずだが。一種の魔法ではないか?


スミスもロアンも父も味にうるさい方ではないが、流石に


「・・・・」

となる。


そんなある日、またもや母がやる気満々になってしまった。


今日はかなり手を込んだようだ、肉が煮てある。焼くから煮るに進化したのだ。


「さあ!遠慮なく召し上がれ!」

意気揚々と定型文を述べる母。


一口口に入れると・・・・・


・・・・・全員が嘔吐した・・・・


口の中は特にそうだが体中に腐敗臭が掛け巡る。

これは一種の毒ではないか?人間に備わった防衛本能が警笛を鳴らしていた。


「み、皆大丈夫!!??」

「か、母さん、これいつの肉?」

「・・そうねぇ3か月くらい前かしら。冷凍はしていたけど。」

「・・・・冷凍していても腐るんだよ。」


「あらあら、そういうものなの?ハハハハ!!」

苦しむ人の前でその快活さは変わらない。


・・・・その時の記憶が呼び起こされる。


『・・・・そうだ!』


暴食は父の目をくりぬいて食べ始めている。二本の指を目の端に差込えぐり出しているようだ。空間ごと食べ去る見えざる手を使うだけでなく、ゆっくりと直接食べることも暴食の楽しみのようだ。


スミスは脚もとの土を食べ始めた。片手の掌にすくえる分を食べきったところで、スミスの生命を強化する能力を発動させる。


『土の中らには様々な毒が含まれている。僕の身体の中でそれを培養できれば、僕自身が毒を含む食材としての対象になれる筈だ』


体内に取り込んだ毒に意識を向け、魔力を注ぐ。スミスの生命強化は単に治癒や木々の成長など限定的な用途ではなくその根源たるものを強化する。この土壇場で更なる応用を見せた。


しかしこの行為は自殺行為でもあった。何しろ自身が猛毒に犯され命を落とすかもしれないのだから。生命維持と毒化を天秤に抱えながら、培養を進める。体の重要な器官については解剖学で頭に入れている、脳、心臓、内臓、生命維持に必要な器官には生命力強化、生命治癒を施しつつ、体の筋肉や脂肪など比較的影響が付く無いと思われる部分のみに毒を繁殖させる。集中力と卓越した魔力操作が必要だ。

スミスの魔力量はブレイン家においても少ない方だったが、その少ない魔力を効率的に扱えるようにする訓練は徹底して行った。その為、発明における魔力の発現が可能になっている。


『暴食に食われるくらいなら、毒で死んだ方がいい。イチかバチかの賭けだ。』


スミスの全身が赤黒く変色していきやがて黒紫に更に変色する。体中にイボのような異物が出来、見るからに重度の病気を患う状態となった。


『・・ぐ・・・意識が・・・・・』


グリードは父を平らげたようだ。この間、30秒程度。


「ゲップ・・うぃ・・・。ジジイはジジイの味だな。」


こちらを振り返るグリード。手についた父の髪の毛をパラパラとはたいている。


「よし、次はお前・・・・!!!」


「ん・・・・・?」


「うぁーーー、お前腐ってるじゃねーか。おえー。」

あからさまに舌を出すグリード。グリードは無邪気さ見せた。このような仕草は彼の出生に影響している。


「おれは美食屋だぞ!?そんなもん食えねー」


そう言って、グリードは忌み嫌う眼でスミスを見たあと、スーーーっと空中に浮かび上がり、こちらを振り返ることもせず、


「少し昼寝すっかーー。」

そう言いながら、


時空間の裂け目に消えていった。

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