第12話 薄れゆく意識の中で

指先がこげ始め指の皮が剥けてきた。両掌を前方に突き出し火炎放射を防ぐような姿勢を取ると魔力の防壁を作った。動作が遅れた為、発現がうまくいかない。徐々にであるがブレスに正対する防御壁を構築していった。しかし、初めに直撃した影響が大きく、既に重度の火傷を負っている。実は皮膚は魔法を行使する上で大変重要な器官となる。体中には魔力を出し入れする『孔』が存在する。これは門のような役割で、魔力の通り道と捉えるとよい。指には特にその孔が密集している。

スイスはこの大事な器官の半分以上を初撃で消失させていた。戦闘中に戻ることはもうないだろう。


スミスの意識が薄れていく・・・。


(時間の問題かもしれない、ここまでか、、いや何か何か・・・)


スミスの意識が過去を振り返る。活路を見出すために。


スミスは小さな頃から魔法が得意ではなかったが、家族や兄弟に支えられながら地道な訓練を続けてきた。兄や両親は魔法に秀でていた。名家であるが故に、幼い頃から比べられてきた。そんな自分に対して家族はいつも優しく接してくれていた。そのようなスミスであったが、ある事件をきっかけにスミスは魔法の才が芽生える。


父は長らくこの世界(イース)のブレインを務めていた。スミス家は代々続く脳(ブレイン)の家系だ。由緒正しき家柄出身であった彼は魔法の才能以外においては何不自由なく育った。ブレインという役目はどの世界においても一人必ず存在する。星のこと、世界のこと、魔法のこと、あらゆる英知を司る役をになっている。これまでの先端的な発明の多くが実はこのブレインの助力によることを人々は知らない。

スミスは当時魔力に関してはいまいちだったが、頭脳明晰で数々の発明をしていた。例えば、魔力を蓄積する指輪、組織情報をインプットし、物体を製造する構造物(≒レプリケーター)反重力装置など、これらはすべて彼が幼少期に発案したものである。


父はあらゆることを兄と自分に教えてくれた。ある時は、博学な研究者として、ある時は高名な魔法使いとして、はたまたある時は、剣術指南役として。この世界で生きる術と、ブレイン家の使命を徹底的に教わった。時に厳しくもあったが、それは愛情ゆえの対応で、父親として大変立派だと思う。自分自身はああはきっとなれない。



9歳を迎えたある日事件が起こった。


清々しく晴れた日だった。研究や修行で忙しいブレイン家だが、たまには気晴らしに遠出でもしようということになったのだ。

研究施設から随分と遠い所まで移動した。スミスも普段の束縛から解放された感じがしてこの日を楽しみにしていた。目的地にもうすぐ到着という頃だった。

それまでの青空が一変、空が黒く急激に変わった。


空が割れた。


ジャンプゲートが空に現れたのだ。


青空が広がった頭上が突如として曇がかり混沌とした。空が東西に裂け、その切れ間から一人の堕天使が現れた。

堕天使グリード、自称「美食家グリード」だが実際は「暴食のグリード」と呼ばれていた。この神々の意思に反し、気まぐれで自由気ままに出現する。大抵の場合特に目的はなくただただ放浪している。本人は食に精通していると思っているようだが、実際はそのようなことはない。あらゆるものを興味があれば食す、それだけのことだ。


運が悪かったのだ。

グリードに目的はない。


空の裂け目は紫と黒が混ざり合った発光を放ちながらジャンプゲートが広がっていく。グリードの半身が出たところで裂け目の拡張は止まり、その巨体が通過するのをこの世界の空が静視していた。


ブレイン一家も固唾を飲んで様子を伺っている。


「あれぇ・・・変なとこに出じまったな・・」

幼稚な言葉遣いをするのもこの堕天使の特徴の一つだ。


禿げ上がった頭に脂肪の塊のような巨体、見るからに頭の悪そうな面の堕天使が降臨した。


異変を察知してから、父と母の顔つきが変わった。

戦う時の顔である。スミスは何度か両親に帯同して戦いに参加したことがある。当然前線というわけではないが、後方支援をしていた。この世界において生と死は常に意識しなければならない。その極限の状態を体験することで人は自分の能力以上の成長が成せると父はよく言っていた。



「・・・あれは堕天使グリードだ。間違えない伝え聞いた通りの風貌だ。」


「お、お父さん・・・」

スミスが父の後ろで震えている。


「・・・逃げなさい。ロアン、スミスを連れて逃げなさい。」


ロアンはスミスの兄だ。こういう状況も恐らく戦地で経験してきたのだろう。

冷静さを保っている。逃げるのが最善と判断している様子だ。


父と母は戦うつもりらしい。

父と母はともに優秀な魔法使いだ。剣術の腕も一流。ただ、スミスにはわかる、圧倒的な魔力の差がそこにはあった。幼いながらにも理解できた。自分たちの命を掛けて、子供を逃がそうとしていることに。


堕天使については父から教育を受けていた。元々は神々に認められた天使であったが、何らかのきっかけで闇に堕ちた存在だと。彼らは世界の反面の象徴であり、悪の塊なのだと。


その力は強大であらゆる厄災の頂点に君臨する存在だと。並行世界も含めると現在で5体の堕天使が確認されているらしい。


遭遇したら最後、それは死を意味する・・・と教えられていた。


5歳年上のロアンはスミスの手を引いて駆け出した。14歳になるロアンは魔法学校の主席であり、父の研究施設の次期代表とされる優秀な研究家でもあった。

あらゆる才能に溢れた兄は父とは別の輝ける存在だった。


スミスの右手を握るロアンの左手が震え汗ばんでいた。いつもはこんなにも強い力で引っ張らないのに。この緊急さが伝わってくる。


「スミス!!急げ!!急ぐんだ・・・・!!!」


ロアンの右指は複雑な機動を辿っている。私の手を引きながら転移魔術を詠唱しているのだ。魔法には様々な詠唱の方法があるが、術印を結ぶものもある。


この転移魔術は高等技術で、今のスミスですら習得できていない。

ロアンの指先から光の粒子が溢れ出した。どうやら起動は成功したようだ。後は詠唱が終われば、別の彼の地へ二人は飛ばされる。


・・・・その時


私を引いていたロアンの力強さが途絶えた。

スミスは息からがらに懸命に走っていた。それもロアンの引きがあったからこそ。


視線を上方へ向けると・・・・


ロアンの左腕の付け根と胴体が離れていた。


間隔をおいて吹き上がる血しぶきが顔を降り注ぎ、絶句した。


「に、、兄さん・・・????」


視線を右斜め前方に向けると、ロアンの右腕も無くなっていた。いや食われていた。


こちらを振り向いた兄の表情は恐怖に怯え、


「ス、スミス、ごごめんな、兄ちゃ・・・」


その言葉を最後にロアンの頭から足先まで地面をえぐられるように「何かに」食われた。

残ったのはただの肉片と化したロアンの左腕だけ。


「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛」

ロアンの左手を握っていたスミスの右手が震える。

握った手を開くことができいない。


ようやく開くことができたのは母の悲鳴からだった。

兄の手、つまり死んだ人間の手というのは引き剥がすのに非常に力がいる。

そのことが更にスミスを追い込んだ。


「キャーーーーー!!!!」


母の断末魔の声を聴き、反射的に振り返ると、母は宙に浮いていた。

父が母を見上げている。


「エリサー!!!!」


そう、以前父から教わったことがある。グリードという堕天使の特徴について。

「いいか、スミス。この世界には強大な力を持つ存在達がいる。その一つが堕天使だ。」


「歴史上その存在が明確なのが、”慈悲のゾラ””黒騎士ガルフ””暴食のグリード””幻惑のルージュ””超越のジーク”だ。」


「堕天使と対等に戦うことは現実的ではない。何らかの“加護を受けた者”、もしくは“超越した者”くらいだろう。」


「いいか、決して堕天使と戦ってはいけない。」


兎に角「食欲」に対する異常な執着を示す暴食を直視し


父の言葉が走馬灯のように蘇る。


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