第22話 激闘③ー龍の衣ー

ゾラの龍創衣を見たアヴァロンは感じ取った。


『汝、ゾラの防御力が格段に向上した。魔剣の力だけではもはや刃は届かぬ。・・・汝の身体を限界まで使うぞ・・・』


『?』


天使が憑依した反動をまだレイは当然知らない。強大な力を行使すればするほど後に襲ってくるその反動がどれほどのものかを。


細胞の一つ一つがうねりを上げる。魔力が放出されていく。

生命維持に使われているエネルギーさえも絞り出されるようだ。

客観的な視点を持ってても感覚でわかる。これがアヴァロンとしての最後の力だということが。これは『生魔反転』と呼ばれる技で、命を燃やして力を得る諸刃の剣。強大な力を得られる代わりに肉体へのダメージが大きく、場合によっては死に至る。


一般的に人間は持っている能力のすべてを使うことは無い。脳内にはリミッターがあり、出力できる力は潜在能力の60%程度、それ以上の出力は結果的に身体への負担が大きい。生命維持のための防衛本能だ。生魔反転は潜在能力を引き出すだけではない。更に底上げする。


雑巾を搾るイメージだ。その繊維が裂けるまで捩じる。水分が滴り落ち、乾ききるまで強制的に搾る。生物で言うと血の一滴まで絞りとるような感覚。死に至らずとも間違いなく寿命は縮まるだろう。


ゾラにとっても長期戦は難しかった。損傷を受けた腹部そして左脚は重傷で本来であれば戦闘を継続できる状態ではなかった。しかし・・・


『アイツをここで仕留めなければ次に遭遇出来るのがいつかもわからない・・・今殺る・・』


天使の時間感覚は人間のそれと大きく異なる。実際にゾラはアヴァロンと対峙してから途方もない時間、約180年が経過していた。ゾラにとっては千載一遇の機会であり、この機を逃すことは復讐を逃すこととと同義だ。


堕天使を含めた天使というのは神出鬼没だ。特定の相手を探しあてるのは困難を極める。ゾラを含めた堕天使の幾人かは、定期的な集会を開き何やら企てているようだが、そのような機会でもなければ生涯(生涯という概念は堕天使には根本的にはないが)顔を拝むことすらない。関心と無関心、両極端に振れている。


ゾラとしても正念場であることは変わりなかった。

生魔反転はアヴァロンだけの特権ではない。ゾラとて同様だ。

天使は体外この技は会得している。


損傷箇所を覆う龍創衣(ドラグメイル)は更に強化されていた。厳密にいうと、部位によってその強度、柔軟性、厚み、形状を変化させていた。

ゾラにとってはとっさに編み出した防御法であるが、繊細な魔法操作により、常に、この一瞬一瞬も進化しているのだった。

ゾラは堕天使であるがそのベースは人間。天使は生まれ持って天使たらしめるのではなく、必ずベースとなる生物が存在する。アヴァロンは獅子から天使に昇格した存在。ベースが人間の場合、アイディアの発想が他の生物とは異なる。ゾラにとって龍とは人間時代の彼女にとって因縁の存在でもある。



ゾラはその場から動かない。

隙のない鉄壁の姿勢を維持している。鋼の大きな岩のような塊に見える。


ゾラの視線だけが動く。

レイが飛びかかって来るのを待ち構えている。

しばらくの間、硬直状態が続いた。

あれほど騒がしかった空間が静まりかえり、天井からパラパラと落ちる瓦礫の音が響き渡る。


レイの周囲に光の輪が再び発現される。

右手に携えたレイピアが消えその手に別の武器が握られた。

形状が普通の剣ではない。銃剣に近い形状をしている。


『魔剣アクケルテ』


アヴァロンは遠距離攻撃を仕掛けられる能力を付した魔剣を過去に創造している。

この魔剣アクケルテはかつて、アヴァロンが水の魔獣と戦った時に創造したものだ。


本来のアクケルテは、装填する魔力量に比例して威力が増幅される。しかし、魔力が枯渇した今の状態では龍創衣を貫き、ダメージを与える程の威力は備えていない。



やはりこの解毒の魔剣ネイリングを駆使して効果的な攻撃とする必要があった。


レイは今度は飛びかかろうとはしなかった。

ジリジリと間合いを詰めていく。


ゾラが作り出した龍創依は時間経過とともに身体の隅々まで広がっているが、まだ完全に全身を覆えてはいなかった。


レイはゾラのその強靭な鎧の魔力の濃度を観察していく。


ゾラとの間合いがあると程度詰まったところで、踏み足を切った。

ゾラの腕のスピアは健在で、レイの踏み込みと同時にカウンターを狙ってきた。

軸足の踏切角度を即座に変える。正面からは責めず、真横に避け、力強くそして素早くゾラの背後に回り込んだ。


ゾラの鎧は損傷部を中心に強度が薄れて行っていた。天使程のレベルになると、魔力を帯びた眼で対象物の魔素の流れを読み解くことができる。


ゾラの腹部の硬質化は尋常ではなかったが、背後は比較的薄かった。

そこを着いたのだ。


魔剣の起動を変えながら瞬く間に鎧を剥がすように斬撃を加える。

3回目の斬撃で鎧の一部が割れ剥がれ落ちた。


『くくく、、、、あまいわ!!!』


鎧の下はゾラの素肌であったが、瞬く間に針が生成される。

露出した部分を貫くのと交差するかたちで針が飛び出し、レイの胸を貫く。

遅れて魔剣がゾラの身体に突き刺さる。


お互いに突き刺した刃が体内に留まったまま、硬直状態が生まれた。


レイは魔剣の先端に魔力を一気に集約させる。


『・・・戦いでは常に冷静さを失うな、一瞬に活路を開け・・・・』

アヴァロンの声が鳴り響く


魔剣の先端から解毒効果を秘めた魔力がゾラの体内に流れ込む。

レイに刺さっていた針がボロボロと砕け散る。そして魔剣の周囲から鎧が剥がれていく


「ががああああーーーーーーー」


ゾラの力の源である毒が解毒されている、つまり弱体化されていく。

堕天使として人間から逸脱した存在となっていたゾラだが部分的に人間だった頃の身体に戻っていた。今は人間とも堕天使とも言えない中途半端な生命体だ。


ゾラはまだ堕天使たる部位である脚部の力で、片足を蹴り上げ、翻ると同時に片足をレイの胴体に当て蹴り上げた。そして、無理やり魔剣を引き抜き、後退した。


レイの魔力消費も尋常たるものだった。

交代したゾラを追従することができない。


『・・・・今の機会を逃しては・・・こいつを』


その時、元々研究室であったこの場所に、一人の女の子が現れた。


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