第23話 激闘④ー料亭の娘ー
激闘の最中姿を現したのはリトル・メイだった。
色白な肌にオッドアイ、ツインテールのゴスロリ少女だ。
いつもメイド服を着ている。
このメイド服は仕事着兼私服らしく、色違いやデザインが違うメイド服を何着も持っているのだとか。一説によるとこの趣味は母親譲りらしい。
アリスがメビウスを案内してくれていたその二日目に街でトラブルに巻き込まれているところを、二人で救出して以来、レイのことを気にかけてくれている様子だった。
本人曰く「私の王子様」と密かに身内で会話しているらしい。
彼女はメビウスの食堂「マホロバ亭」の料理人でもあった。レイも毎食ではないが、日に一度は食堂で食事を採っていた。先日、日本食の話をしたら、思い描いていたとおりの日本食を再現してきて驚愕したものだ。料理人として超一流であることはっ間違いない。
しかし、何故かメイの料理を食べるとその後、ふらついたり、ちょっと熱っぽくなる。あまりに美味しいせいだろうか。ちなみに前の世界では「美味しい」と感じたことが殆どない。ズレの一種かもしれないが味覚障害を患っていたようだ。
「チッ、余計な邪魔が・・・」
ゾラがラボに突入してきたときに開けた大きな風穴から、外光が降り注ぐ。
外は晴天のはずだが、どこかくすんで見える。空を飛ぶ鳥もいない。
危険を感じているのか、よどんで見える。
殆どの天井が崩れ落ちていたが、パラパラと壁面が未だに落ちていた。
中央部から少しずつ穴を広げながら壁面へと広がるように空と繋がっていく。
降り注ぐ陽光でこの場を浄化してくれないものだろうか。
ラボの入口に現れたメイはレイに駆け寄ろうとしていた。普通であればこの戦場に突入することは躊躇われるだろうが、彼女の想いと芯の強さが彼女を前進させた。
彼女は特別身体能力が優れているわけではない。普通の10代の少女のそれと変わりない。ゾラの攻撃に直撃すれば即死。巻き込まれても恐らく即死。
一歩踏み出すことは死と直結している。メイも直感でそれはわかっていた。しかし、彼女にはそれを凌駕する慈愛があった。
(『慈愛』とは危険な言葉だ。愛とはこの物語の根幹を成す概念だ)
「大丈夫、レイ!!」
ラボの入り口付近で大きな声で叫び、駆け寄るメイ。10歳になるその少女はレイを案じたその屈託のない表情は力強くそして愛おしかった。
メイは料理を通じて様々な魔法効果を与えることができる。先日の街での事件の際、レイとアリスを救ったのもメイの特殊能力によるものだった。
メイの眼は「栄瞳」と言われ、体組織に必要な栄養素を可視化できる。これはメイ家一子相伝の秘術により養われるものである。これは赤い右目の能力であり、黄色の左目は別の能力を秘めているらしい。能力を発動するときに瞳は発光し、その輪郭が魔力で揺らぐ。
左目の能力から生まれるメイの固有スキルが後のレイの生き様に大きく影響するとはこの時は全く分からなかった。
本人からは直接聞いていないが、食事をメビウスのメンバーと共にした時にピートが話してくれた。ピートは誠実さ溢れる青年で、レイとも気が合い、その場で友達になった。
栄瞳の力でレイを診断するメイ。
『・・・まだ大丈夫。私の力で回復できる』
ゾラはメイをじっと見ている。傷のダメージか龍衣がところどころ剥がれ落ち始めていた。少女を見る目がどこか虚ろだ。何故かゾラは動かない、心がどこかに振れている様子だ。戦闘態勢にあったその姿勢が崩れ、腕を下ろしている。
ミシ・・・ミシ・・バキッ
天井は完全に崩れていない。細かな欠片がより大きな亀裂を生み、損傷を伝播させていた。卵割った時のように、不規則な破片が生まれては砕け、また生まれては砕けていく。
天井から壁面が裂音と共に落下してきた。
ラボの天井はかなり高い。これは訓練所としての機能も持ち合わせている構造からなるもので、場合によっては様々な戦闘訓練の想定がされるためであった。
落下速度を加速させながらその瓦礫が落ちてくる。
その先にあるのはメイ。
メイの身体能力は通常の人間と同じだ。むしろどんくさい方になるかもしれない。
戦闘向きの体質ではないのだ。
危機察知能力にも乏しく、身に迫る危険を感じ取ることもできない。
レイとゾラはその状況に気づく。
レイの腹部の致命傷は、メイからすると回復可能な範疇のようだが、実際は重症であった。ゾラの斬撃は鎧を抉り取り、脇腹まで到達し、内臓が露出していた。
その結果、もはや立ち上がることができない状態にあった。
「メイ!!!避けろ!!!!」
レイの叫びに反応し、頭上を見上げるメイ。
瓦礫は頭上1mのところまで迫っていた。
当然回避する時間はなかった。
「死ぬ」
メイはそう思った。短い時間であったが、レイと過ごした思い出や、家族との思い出が蘇る。メイの全集中力が眼前に迫る瓦礫に集中され、時間経過が急速にゆっくりとなる。走馬灯というものが本当にあるのだと知った。
瓦礫を突き抜ける槍が見えた。
砕け散る様子もスローモーションに映る。
槍の先端が瓦礫を端を捉え、貫通する力で、一気に粉砕されていく。
時間の速度が戻った。細かな瓦礫の破片がメイに降り注いだ。
メイを救ったのはゾラだった。
ゾラ自身も相当なダメージを追っており、最後の力を振り絞って、メイを救ったのだ。
ゾラはメイを見つめ、、、、そして、レイを見つめた。
「・・・・興が冷めたな、アヴァロン、、いやレイ。次は無いぞ。」
ゾラの背中から龍衣からなる両翼が発現する。
天高く舞い上がるゾラ、その姿はまるで天使のようだった。
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ここはメビウスの地下奥深く。
この場所の存在を知る者は数少ない。
「マザー・・・いかがしましょうか?」
マザーと呼ばれた女性は、目の前に広がる戦闘の映像を「影」と共に観ていた。
「フィフスをここに連れて来なさい。あの子を失う訳にはいかない。」
「それと、例のものを出しておくように。」
「・・・よいのですか?」
「仕方ありません。・・・念のため、フォースも同行させなさい。」
「・・・仰せのままに」
影は頷き、闇に消えていった。
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「レイ、出発の準備はできた?」
アリスが問いかける。
「ああ、大丈夫だ。」
「にゃー!」
レイの肩に乗った子猫が呼応する。
出航の汽笛が鳴る。
いつもはこの汽笛が鳴る時はメビウス中の人間が集まって出航を祝福したものだ。
しかし今は違う。瓦礫が散乱し、死者も多い、煙がまだ沈下しない、光景を横目にマザーズとメイは搭乗した。
ゾラとの戦闘の3日後、異空間列車ライトニングに乗って僕は元居た世界へと出発した。「ある目的の為に」
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