第14話 ゲロ吐き男の少年時代語りき

「きっかけは小学生の時に風邪を引いた時だったかな」


 俺はメリーさんの手の温もりを感じながら、ポツリポツリと古い記憶を呼び起こして言葉に乗せていく。


「たぶん、小学生の4年、5年生くらいの時だったと思う。

前にも言ったと思うけど、俺の母は看護師をやっているんだ。おかげで仕事が忙しくて家では独りで留守番をするのが多かった。それと、父は俺が生まれたと同時に家を出てしまったらしい。いわゆる母子家庭ってやつ。


もちろん、子どもながらに母が頑張って働いて俺を育ててくれていたのは理解していたつもり。だけど、そのせいで我儘とかも言えない環境だったのかもしれない。いつも『お母さんに迷惑をかけるわけにはいかない』って我慢していた。


そんなある日、俺は風邪を引いてしまったんだ。ちょうど学校終わった放課後の時間帯だった。体が急に重たくなって、なんでだろうって思いながら帰宅したんだ。体温計で温度を測ったら38度と出てね。その時に風邪だって分かったんだ。


それこそ、母に連絡するべきだったんだけど、当時の俺は『お仕事中に連絡したら迷惑をかけてしまう』って考えてしまってさ。布団にくるまって耐える選択をしてしまったんだ。

栄養も取らず、薬も飲まず、おかげで風邪の症状は次第に酷くなっていった。


おかげで日が落ちた頃には体中が痛くて怠くて動けなくなっていたよ。それでも変に強がって母には連絡しなかった……いや、連絡するなんて発想自体ができないくらい容態が悪化していたのかも。


そんな時、たまたまテレビをつけていたのだけれど、偶然にも心霊番組をやっていてさ。

え? なんで熱でテレビもちゃんと観れないのに点けていたのかって? 今、考えると無音な状態が寂しかったのかもね。うん……そう、寂しかったんだ。それが問題だったんだ。


熱のせいで肉体も精神も相当参っていたんだと思う。テレビに映る心霊写真や動画の幽霊が普段よりも何倍も怖く感じてさ。たぶん、『僕も死んじゃうのかな』なんて考えていたのかもしれない。


そこで初めて、言葉にしたんだ。


『お母さん、さびしいよ……』


……ってさ。


なんとか絞り出した願いごとだけどさ、母は仕事中だから誰も答えてはくれなかったよ。

おまけにテレビでは心霊動画が流れっぱなしの状況だもの。すぐさまチャンネルを切り替えるべきだったんだけど、体が重たくて動かす力もなくてさ。


体中が恐怖に包まれて。そしたら、お腹が痛くなって、胃が逆流してくる感触がしたと思ったと同時に……


俺は吐いたんだ。


それから、母が帰宅した後は大騒ぎだったよ。それも当然だけどね。なにせ子どもが布団の上で吐瀉物を撒き散らしていたんだもの。医療知識がある看護師の母なら尚の事マズい状況だと思ったはずだよ。すぐさま病院に連れていかれて、検査してもらって。それで、ちゃんと食べて、薬を飲んで、寝て風邪を治して終わり」


「それが、飯伏さんが心霊関連の物を観てしまうと吐いてしまう理由……なんですね」


 メリーさんの問いかけに俺は深く頷いてみせる。


「うん。その日以来、心霊系に関しては滅法耐性がなくなってしまってさ。どんなリアクションをおこすかは知っているでしょ?」


 乾いた笑いを浮かべると、メリーさんも眉を下げながら小さく笑ってみせた。ある意味、俺の特殊というか変な体質なせいで、メリーさんと同棲する状況になってしまったのだけれどさ。人生ってのは何が起こるのか全く予想できないな。


「それでさ、メリーさん。いきなりの昔話をした理由については俺を知ってもらうのもあるのだけど、もう一つ目的があってさ」


「目的ですか?」


「うん。ずっと目を逸してきた部分でもあるから」


 それは愛を知るためにも、メリーさんの願いを満たすのにも必要な行為。

もっと早くからやるべきだったのに、彼女と過ごす日常が楽しかったのもいけなかったのだと思う。

でも、ずっと同じ状態ではいけないのだと……あの日の夢を見て思い出したんだ。


 寂しさというのは凄く辛いのだという事実に。


 今でもメリーさんが消失しないのは、彼女の心の底では寂しさを感じてるのからかもしれない。

だからこそ、この夢みたいな非日常も日常へと戻さないといけないと思ったんだ。


 俺は深呼吸を一度して、メリーさんに向けて告げる。


「今度の休みの日、母さんに会いにいこうと思う」


 それが俺の目的。単純な話、実家に帰省するだけなのだけれど、俺からしてみれば難しい課題なのだ。

大学へ進学するとともに生まれ故郷から、ここへと上京して以来、母とは会っていないどころか連絡すらしていないのだ。


 別に喧嘩をしていたわけでも、不仲な家族関係というわけでもない。こうして俺を大学へ行かせてくれているだけでも母の愛情は言葉にしなくても伝わってくる。


 だけど、逆に考えてしまうのだ。俺が居なければ、母は苦労せずにいたのかもしれない……っと。独りよがりの考えだというのは分っているし、愚かだと思う。


 それでも、俺は母に本当に愛してもらえていたのだろうかと、ふと脳裏に邪念がよぎってしまうのだ。

聞くのが怖くて、目を逸して、会いに行くのから逃避してしまって。


「母さんには凄く迷惑をかけてしまったし、育ててくれた恩義もある。だから、余計に聞くのが怖かったんだ。母さんは俺を愛してくれているのかを」


「それで、飯伏さんさんはお母さんに会って確認するんですね」


「うん。それに、メリーさんの願い事は”愛して欲しい”だからね。それを深く知るためにも、俺自身が母さんの愛情と向き合ってみようかなって。だから、2日間ほど出かけるからメリーさんは……」


「承知いたしました!! もちろん、私も付いていきます」


「あ、うん? え?」


 ちょっと待ってよメリーさん? 数日出かけるからお留守番をお願いねって意味で伝えたつもりだったんだけど。

なんか凄く鼻息フンスッフンスッして実家についていく気まんまんなんですが?


「飯伏さんのお母さんにご挨拶しますから、きちんとした装いをしないとですね」


「あ〜、別に母さんはマナーに厳しい人じゃないから最低限の常識があれば大丈夫だと思うよ」


「そうなんですね。ですが、第一印象は重要ですし、相手に不快な想いをさせないようにしないと。行く日が決まったら教えて下さいね」


「りょ、了解……」


 まずい、いつの間にか勢いに負けて了承してしまった。

 っていうより、この状況はまずくないか!?


 突然の帰省。息子が連れてきたのは超絶美少女。しかも、メリーさんはご挨拶とか言っているし。


「絶対に勘違いされるやつ」


 俺は顔を伏せながら現実から視界を隠す。

いっそのこと再び風邪がぶり返さないかなと考えてしまうのであった。

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