自宅に突如現れた幽霊らしき金髪美少女が中々消失しないのでとりあえず同棲生活を始めた話 〜どうやら彼女は都市伝説”後ろのメリーさん”らしい

ジェネビーバー

第1話 もしもし、私、メリーさん。私……いつ消えるんでしょうか?

『もしもし、私、メリーさん。今、貴方の後ろに居るの』


「いいのか? 吐くぞ?」


『え? ……吐くんですか!?』


 電話越しから困惑する乙女の声が聞こえてくる9月秋の夜。

俺はメリーさんと名乗る少女にゲロ宣言を伝えると、案の定というか月並みなリアクションを返された。

というより、背後からも声が聞こえてきたのでマジで居るのかよ、メリーさん(仮)。不法侵入だし通報しようかな。

あ、でもメリーさんって姿を見たら死ぬんだっけ? このままお巡りさんさんが来たら、その姿を拝んでお巡りさんが死んでしまうのではないだろうか。


「(冗談はさておき、どうしてこうなったのやら……)」


 さて現状を整理しよう。

まずは自己紹介。俺は飯伏 真宏いぶし まひろ、大学2年。

彼女なんて浮かれた存在はおらず、今日も一人寂しく大学のレポートを完成させるべくPCの画面と向き合っていた。

ちなみに実家ではなく、大学へ通う為に借りたアパートだ。

俺以外の同居人なんて居ないし、合鍵なんてものは存在しない。


「となると、コイツ……メリーさんはどうやって侵入したんだ?」


 発端である数分前の出来事を思い出す。

PCのタイピング音だけが響く孤独な室内。そんな時にスマートフォンから着信音が鳴ったのだ。

お、友達かな? なんて嬉しい通知は来るはずがない。この時間帯に連絡よこす奴なんて大概は「レポート終わらん、助けて」と、懇願する友人からの情けない救援要請だろう。救助を求めるリソースの余裕があるなら手を動かしなさい、手を。


 そうして心を無情に徹して、通知をガン無視する。しかし、一向にアラートは鳴り止まない。


「しつこいな!! 一体、この電話は誰からですかね!? こちとら明日が提出締切のレポート中なんだよ!!」


 などと、深夜11時の高まったテンションのせいか、スマートフォン相手に大きな声を荒らげてしまった。

終わらぬレポートに対して八つ当たりもいいところである。

しかし、怒鳴っても現状は不動のまま。虚しいコール音だけが鳴り響く……みたいな小説風の一文が加えられそうだが、現実は想像を超えてきた。


『もしもし、私メリーさん』


「!?」


 スマートフォンに触れてもいないのに、突如スピーカーから聞こえてきたのは少女の声。声質は少し高めなアニメ声で可憐さを携えている。これがいきなりの着信でなければ喜べただろうに。


驚愕5割、恐怖5割の半々。奇々怪々と表すのに相応しいだろう。


『今、駅に居るの』


 そう一言告げて着信は途切れる。

 はい? 今、なんと?


「あれだよな。都市伝説で聞いたことのある”メリーさんの電話”」


 いわゆる近代における定番な都市伝説である。

内容は幾つかパターンは存在するが、おおよそ流れは決まっている。

突如、”メリーさん”と名乗る見知らぬ人物から電話がかかってきて、現在の居場所を一方的に告げて着信が途絶える。それの繰り返し。

そして最大の特徴は……。


『もしもし、私メリーさん。今、スーパーマーケットの前に居るの』


 一定間隔で電話をかけてきて、逐一居場所を伝えてくるのだ。

その場所とやらは、自宅から徐々に近づいてくるというストーカー仕様である。怖い!!


「駅、スーパーマーケット。噂通り、自宅に近づいてきてるな」


 スーパーマーケットは家と最寄り駅の間に確かに存在している。

それこそ、具体的な駅やら施設名の名前は明言していないが、俺の家に接近中なのは間違いないだろう。


 そうなると困ったぞ。ぶっちゃけ、幽霊や怪異などのオカルト現象と出くわすのは人生で初めてなのだが。

そもそもメリーさんってジャンル的に何の部類? 幽霊系か? 塩とかお経って効くのかしら。


「分からん。とりあえず戸締まりだけはしっかりとしとこう」


 仮に悪戯電話の類だとしても不気味であるのは変わりない。

すぐさま椅子から体を離し、戸締まりを決行。玄関、ベランダの鍵がしっかりと閉まっているのを確認。戸締まりヨシッ!! しっかりと指差しで施錠されているのをチェックする。


「さあ、ドンッと来やがれ超常現象!!」


 椅子に深々と腰を降ろしてメリーさんとやらを待つ。

すると、待ってましたと言わんばかりにスマートフォンから少女の声が聞こえてきて……。


『今、貴方のアパートの前に居るの』

『今、貴方の家の玄関扉前に居るの』

『今、貴方の家の玄関に居るの』


 などと、徐々にメリーさんは迫ってきていた。


 そして、最後となる言葉。


『もしもし、私メリーさん。今、貴方の後ろに居るの』


 現在に至る。もはや電話は不要で、彼女の声が後ろから聞こえてくるので背後にいらっしゃるのは確実。困ったものだ。


 都市伝説の話し通りなら、ここで俺が振り返って絶叫なり絶命なりをすれば終了なのだが……如何せん俺の放った一言がメリーさんに有効だったらしい。


”いいのか? 吐くぞ?”


 すると、背後から狼狽えた声色で少女が問いかけてくる。


「あ……あの、吐くって本当なんですか?」


 まあ、驚くのも無理はない。なにせ吐瀉物を撒き散らす宣言だからな。

だがしかし、別に冗談でも、その場限りで思いついた回避方法でもない。

マジで吐くのだ、体質的に。いわゆるホラー耐性が無いのである。


「メリーさんとやら。吐くのは大マジだ。苦手なんだよ、幽霊とか怪異が」


「えっと、その。じゃあ、今にも吐きそうなんですか?」


 オドオドとしたメリーさんの声。顔は見えずとも、表情は何となく想像できる。

というより、普通にメリーさんと会話が成立しちゃってるよ。やや恐怖が薄まってきて吐き気はない。

どちらかといえば幽霊的な怖さより、不法侵入者が後ろに居るという現実的な恐ろしさが勝ってきている。マジで警察に突き出そうかな。


「さてと……」


 机に乗せたスマートフォンを手に取り、110番っと。

ではなく、検索エンジンを開いて『恐怖動画』とワードを入れる。


「……えっと、何をされているんですか?」


「言っただろ? 幽霊や怪異が苦手だって。そして、今から吐くんだよ」


「ええ!?」


 仕方あるまい。振り向けば死ぬ可能性があるし……もしくは気絶だが、ここでぶっ倒れよう物ならレポートの完成は不可となる。どちらの結果になろうとも未来は真っ暗だ。


 いっそのこと即座に振り返って相手に向けて男女平等パンチでも喰らわせてやろうか。どうせ効かないだろうけど。なにせ、メリーさんが俺の後ろに来るまでの間、玄関扉を開けた音もしなかったし、足音さえ聞こえなかった。

間違いなく人間とは異なる”別次元の何か”であるのは確実なのだから。


 物理も駄目、視界に入るのも無理、オカルト知識なんて、からっきし。つまり、俺が導き出した結論は。


「やべーのには、やべーのをぶつけるんだよ!!」


 動画の再生アイコンをタップして、恐怖動画の視聴を開始する。

どんな内容かは分からないが、この手のホラー系映像の構成なんて相場は決まっているものだ。


 どこかの廃墟。カメラを持った人物視点で動画は進行していく。

そして、画面の端に黒髪の女が一瞬だけ映り、撮影者が「なんだアレ?」っと不思議な声を漏らすのだ。

すると、一時の静寂が訪れたかと思うと、画面下から女の幽霊が撮影者に襲いかかり、撮影者の絶叫と共に映像は暗転して終了する。


 まさに驚きと恐怖の動画。

 同時に俺のお腹から喉へと胃液が逆流し、宣言通りに……。


「おえええええええええ!!」


 俺は壮大に吐いた。

すぐさま手元にあったビニール袋をエチケット袋代わりにして、胃にあった全ての栄養素をぶちまける。

深夜に響く汚い独奏曲。それに加わるのは……。


「きゃあああああ!!」


 大層ご立派な少女の黄色い声。此の世で最も汚いアンサンブルが完成し、孤独な夜を題名のない音楽会へと変えてくれる。


 ふはははは!! どうだメリーさんめ!! 想像以上に異常な奴が現れて驚きだろう。

うう……気持ち悪い。


 もはや言葉は要らない。混沌である。

そして、俺はビニール袋がタプンタプンになるまで吐き出すと、肝心のメリーさんは後ろで大絶叫を継続して轟かせる。


「ああああの、大丈夫ですか!? えっと、吐いた時には……お水!!」


 ドタドタと床を駆け巡る音が台所へと消えていく。

そして、次に聞こえてくるのは食器棚からコップを取り出し、水道から水を注ぐ音。

カチャカチャ、キュルキュル、ジョボボなんて子供の絵本みたいな擬音が軽快に台所から鳴り響く。


 その後、足音は再び俺の元へと戻ってくると、視界の端にコップを持った手が現れた。

絹みたいに繊細で白い腕。綺麗だ……なんて感想を抱いたが、気持ち悪さが即座に上回る。


「ありがとう」


 とりあえず、一言お礼を伝えてコップを受け取ると、そのまま喉へと水分を通していく。

口から気管、腹部にかけて水の冷たさが流れていく心地よさ。五臓六腑に染み渡る。


「ああ、美味しい」


「体調はどうでしょうか?」


「少し良くなったよ。ありが……とう」


 自然とお礼を述べつつ、隣に居た彼女を視界に入れてしまった。


「あ……」


 思わず漏れ出る呆けた声。視界に入れてしまった……メリーさんを。もう、それは、ガッツリと視線が互いにあってしまうくらいに。


 こうして、目と目が合う瞬間、恋に落ちるのではなく、俺は命を落としてしまうのであった。……などと極めて凡庸な言い回しで物語は締め括られず、俺の心臓は未だに鼓動を刻んでいた。


 死なないし、意識が飛ぶわけでもない。

俺の瞳は依然としてメリーさんと名乗る少女を捉えていた。うむ……さぞ恐ろしいビジュアルで、見た瞬間に命が天へと吹っ飛ぶのだろうと身構えていたが、残念ながら予想は大ハズレ。しかも、良い意味でだ。


 年齢は15~16歳くらいだろうか。身長は155cmほど。

金色の腰まで伸びるストレートな髪。淀みの無い川みたいに髪質は繊細で美しい。

顔立ちは幼さを携えながらも、ツリ目が少しばかし大人びた雰囲気を携えている。

瞳の色はアクアブルーの宝石のように透き通った青さ。

目立つ部分といえば、顔の右上に火傷痕があるくらいだろう。痛々しいな。

そして、格好はこの時期に似つかわしくない薄手のワンピース姿。


 総評:超かわいい。


 ちょっと待て? 別の意味で気絶するかもしれん。美人すぎてって意味でな。

いっそぶっ倒れてしまった方が良かったのかもしれないけど、火傷の部分で怯えろってことかな?

いくらなんでも人の怪我に恐怖するのは失礼すぎるでしょう。


「……あ〜、えっと。あはは」


 どうやらメリーさんも俺と同じく、対象者が気絶も絶命もしない状況に困惑しているらしい。絶句している俺を眺めて、見た目相応の可愛らしい愛想笑いを浮かべてみせる。


「……」

「……」


 で? どうするよ。


 お互いに黙り込んでしまう。

先程の音楽会かと思えるほどの騒がしさがうってかわり、読書に最適なくらいの静けさが構築される。


 あれか? 俺がぶっ倒れればいいのかな? 大根役者な気絶演技しかできないけど。もちろん実施するつもりは毛頭ない。


 頭の中で吉本新喜劇みたいな転倒リアクションを想像していると、メリーさんが怯えた顔つきで質問を投げかけてくる。


「あの……私、いつ消えるんでしょうか?」


 深夜零時、彼女と接触してから数十分。

人を恐怖へと貶める名高い怪異は、不安にまみれた表情を作り上げるのであった。

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