第2話 部屋に現れた金髪美少女が姿を消さないのですが
「あの……私、いつ消えるんでしょうか?」
「知らん」
「うう……ですよね」
自室から消えないメリーさんの言葉を俺は一蹴する。
すまん、マジで俺も分からん。よもや怪異が出現したままの状態が継続されるなんて思わなんだ。
なにれにしても、じっくりと話し合う必要がありそうだ。
俺は胃液がたっぷりに詰まったビニール袋の封を縛り、椅子から体を離す。
「お茶でも淹れるか。メリーさんもいる?」
「あ……では、お言葉に甘えて」
怪異でも飲食できるんだ……などと興味深い疑問を喉元に留めて、俺はメリーさんに背を向けて台所へと足を進める。
試しに後ろを振りむくと、メリーさんと目が合い、ぎこちない笑顔を返してくれる。かわいい。
「心霊動画みたいにはいかないか」
それこそ、先程閲覧した動画みたいに視界を外したら消えてくれる……なんて都合よく事態は運ばないみたいで。
本当に困ったな。不審者なら速攻警察へ突き出すのにさ、美少女なんだもん。話しくらいは聞こうかってなるよ。
「それに相手も困っているみたいだし、敵意もなし。対話が可能ならなんとかなるだろう」
吐瀉物と一緒に面倒な考えも洗い流す。深夜で、超常現象が発生して、その対象が現界したままなのだから許してくれ。
まずは気持ちを落ち着かせないと。
台所に立ち、電気ケトルでお湯を沸かし、ティーパックで紅茶を作る。安物のノンカフェインレモンティーだけど、味に文句を言うようなお嬢様なら今度こそ叩き出してやろう。
そして、レモンティーが入ったマグカップを2つ分持ち、居間へと運び込む。
ローテブルにはメリーさんがチョコんと綺麗に正座をして待機をしていた。
何の変哲もない室内に異空間が発生したような華やかさ。流石、怪異ですわぁ、別次元だよ。
そういえば、都市伝説とか怪異って3次元の部類なのだろうか? うむ、分からん。
「あ、あの……どうかされましたか?」
どうやら、マグカップを手にしたまま棒立ちをしていたせいか、メリーさんは震える子鹿みたいに体を揺らしながら感情を現してくれる。
くっ……所作一つ一つがあざといのは卑怯すぎる。非モテ男子には刺激が強すぎるのよ。
いかん、いかん。煩悩滅却。倒錯的な夢想を脳内撞木で108回叩いて粉々に打ち砕く。
煩悩退散完了。ニッコリと御仏みたいな笑みを作り上げテーブルにレモンティーを配置する。
「心配させてごめんね。状況が状況だけに混乱していたからさ」
「うう……すみません。私が消えないばかりに、ご迷惑をおかけしてしまって」
人を恐怖へと陥れる怪異が謝罪を述べる図。コンビニ強盗がレジにお金が入ってなくてキレて、店員が謝るみたいな不思議さだな。
一先ず、ジャンルが恐怖体験から成仏できない幽霊と相対する日常系ジャンルの空気になったし、情報収集といこうか。
俺はメリーさんから机を挟んで向かい合う形で腰を下ろし、レモンティーを一口喉に通した後、質問を投げる。
「とりあえず自己紹介と。
「あ、はい、そうです。飯伏さんに電話をかけさせて頂きました」
目線を合わせないメリーさんは語尾がかき消えるくらいの小ささで返答をしてくれる。
ああ、うん。やっぱり都市伝説として有名なメリーさんね。把握した。
「……いや、やっぱ納得できん。メリーさん、駅から電話してきた時は妙に積極的だったよね!? すっごい速度で俺の家まで猪突猛進ガールしてきたよね?」
「ひっ……す、すみません」
まくり立てる俺に対して、ペコペコと頭を何度も下げて謝るメリーさん。
俺の背後に立つまではストーカーRTAばりに自宅訪問してきたのに、今となっては弱気な美少女である。
まるでネットでは普通に話せるのに、いざリアルで会ったら喋れなくなってしまう内気さんみたいなギャップだ。
「私も分からないんです。いつも気づいたら誰かに電話をしていて、知らない街なのに相手の居場所へと一目散に向かってしまうんです。あと、相手に逐一連絡を入れなきゃって電話を沢山していたら、いつの間にか相手の背中を見ていたというか……」
早口で普段のライフワークを語るメリーさん。なんだろう……客先でミスを犯したサラリーマンの報告のようだ。罪悪感が半端ない。
「メリーさん、落ち着こうか。レモンティーも温かいうちに飲んでさ」
手綱を捌くみたいに彼女を落ち着かせて、レモンティーを勧める。
すると「すみません」っと、メリーさんは何度目になるか分からない謝罪を述べてからマグカップに口をつけた。
リスみたいにちょびちょびと飲んでいる、癒やされるな。
ほっこりとしつつ、カップから口を離したメリーさんが「温かい……」と漏らす。
俺も心が癒やされて温かいぞ……ではなく、そろそろ落ち着いただろう。話を再開しようか。
「それで、メリーさんは電話相手の背後に立った後、殆どの人は振り返ったんだよね?」
「はい。相手は私の顔を見たら倒れてしまい、それを認識した瞬間に私も意識が遠のく。そして、また別の人に電話をかける。それの繰り返しですね」
「う~ん、殆どは伝承通りか。となると、トリガーは”メリーさんの顔を見る”のが消失条件」
改めて眼前に佇むメリーさんを観察する。
絵に描いたような金髪美少女。恥ずかしながら、中学生みたいにドキドキしている自分がいる。
……今までメリーさんの顔を見てきた奴らは、彼女が可愛すぎてぶっ倒れただけなのでは?説も出てきたぞ。
くだらない冗談を考えながらメリーさんをまじまじと観察していると、彼女は表情に影を落とし、自身についた火傷痕を指で触れる。
「やっぱり、この傷ついた顔が皆さんを怖がらせてしまうんですね」
「そんなわけないぞ。メリーさん、めっちゃ可愛いし」
「ふぇ……!?」
あ、やべぇ。思わず秒速で本音を漏らしてしまった。
メリーさん、めっちゃ顔が赤くなっている。褒められ慣れていないのかな?
自己肯定感低い美少女とか大好物なんだが?
俺は話しの本筋をぶん投げてメリーさんを褒めちぎる。
「メリーさん、可愛いぞ!! 震え上がるくらいに可憐だ」
「ひぅ……」
「髪とか流れる清流みたいにサラサラで美しいぞ」
「あ、ふへへ……」
「湖みたいに青い瞳なんて見つめていたら溺れてしまいそうだ」
「あは~」
月並みで単純な褒め言葉をメリーさんへ浴びせると、ヘニョヘニョな笑顔を作りながら顔の赤色が徐々に濃くなっていく。うむ、実に申し訳ないがチョロいぞ、メリーさん。
褒められ慣れていない彼女は手を団扇にして肌表面の熱を冷まし始める。
「うう、こんなに褒められたのは久しぶりです。でも、でも……私の火傷痕は飯伏さんでも怖いですよね?」
「でも、それって怪我でしょ? 人の傷を怖がるなんて失礼だよ」
「あう……」
メリーさんは唇をキュッと噛みながら、再び顔をボッと赤く染める。
今までの褒めちぎりと違い、純粋に本心から出た言葉である。人の容姿について、ましてや怪我を見て怖がるなんて、相手を悲しませるだけだしな。
「……もしかして、それが消失しなかった原因なのか?」
「え? 私が消えない理由ですか?」
「そうだね。仮説なんだけど、怪異”メリーさん”の行動は『対象に電話をかける』、『対象に自身の位置を電話で知らせる』、『最後は対象の背後に立つ』の手順を踏む。そして最後に『対象を振り向かせる』ことで行動は終了条件を満たす」
「そうですね。私も相手の人が気絶するのを確認した際に意識が飛びますので合っていると思います」
「だけど、実際の終了条件は『対象が気絶をする』だとしたら?」
「……!?」
メリーさんは目を見開いて分かりやすく驚きの感情を顔で表現してくれた。
俺は頷いて話を続ける。
「今回、俺に電話をかけてきて背後に迫ってきたメリーさん。それは怪異としてのルールを守っていたからだ。だけど、そのルールが今回は適用されなかった。なにせ……」
「吐きましたからね……」
「そういうことだ。そして、ごめんね。俺が吐いたせいで行動終了条件である『対象が気絶する』が発動しなかった。本来であれば、俺が振り向いて、メリーさんの顔を見て気絶するはずだったのに、ルールから外れてしまったんだ」
おそらく、都市伝説における『メリーさんの電話』のルールはメリーさん以外……つまり、対象者にも適用されるのだろう。
メリーさんが背後に立つ、振り返る、気絶するまでが強制的に発動するのだ。
でなければ、火傷をした少女が背後に立っているのを視認するだけで全員が等しく気絶するなんて説明がつかないはず。
しかし、俺の場合はルールから外れたイレギュラーが発生したのだ。
背後に立つメリーさんの眼の前で振り返らず壮大に吐いたから。
おかげでメリーさん自身もルール外の出来事が発生して、行動条件の束縛から開放された。
吐いた俺に水を持ってきてくれて、こうして今も話して、レモンティーを飲んでいるのが何よりの証拠だろう。
「原因はなんとなく分かったけど、結局どうすればいいんだって話だよなぁ……」
両腕を組んで天井を仰ぐ。先程、メリーさんに背を向けて振り返ってみたけれど、気絶する気配もなかったし、「あ〜メリーさんかわええ〜」などと情けない感想を抱いたくらいだ。
なんにせよ、明確な条件は不明なまま。正しい手順で行っていかないと”対象者が気絶”するに至らないのだろう。説明書も読まずにガンダムのプラモデルを完成させるような物だ。見様見真似ではそれっぽいだけで完成にはたどり着かないわけで。
「手詰まりだな」
目線を落とすと、メリーさんは相変わらず存在していた。
先行きが見えない状態に不安を覚えているのか、マグカップを持つ手が震えている。
たとえ、怪異だろうとしても、ルールから外れてしまえば只の女の子でしかない。
恐怖の根源である怪異が、今は現実に怯えている。
”お母さん、さびしいよ……”
ふと、思い出したのは幼少の記憶。ベッドで蹲り、寂しい夜を過ごした苦い思い出。
そうだよな。一人ぼっちが一番怖いんだ。
だとしたら、寄り添うくらいなら出来るだろう。
そっと腕を伸ばし、メリーさんの手に触れる。
じんわりと温もりが広がり、彼女の震えも落ち着いていく。
「なあ、メリーさん。この先、どうするつもりだ?」
「あ、えっと。その……これ以上、ご迷惑をおかけするわけにはいきませんので、そろそろお暇をしようかと」
「アテはあるの?」
「……」
触れた手がピクリと揺れ動く。行き先が無いと自白したようなものだ。
ならば、ここは無理矢理にでも押通させてもらおう。
「メリーさん。しばらくは、ここに居てもいいよ」
「そんな!! 只でさえご厚意に甘えているのに、更に居座り続けるなんて……」
「10月の寒い夜に女の子を外へ放り出す鬼畜にさせたいのなら話は別だけど。それに、いきなり家に押しかけたのはメリーさんだよね? 既に多大な迷惑をかけているのに逃げ出すなんて酷いな〜」
「あう……」
言動や所作から気の弱い性格だなと読んでいたが的中のようだ。
こうなればメリーさんは言い返せまい。
実際、こんな深夜に女子を追い出すほど無情でもないしな。怪異という点からは目をつむろう。
「よしっ、なら決まり!! 今日は休んで、難しく考えるのは明日にしよう」
これ以上は反論もないと判断し、俺は手をパンっと叩く。
流石にメリーさんも断れる雰囲気ではなくなってしまい、瞳を揺らしながらお辞儀をする。
「ありがとうございます。不束かものですが、よろしくお願い致します」
「それって嫁入り前に言うセリフだよ」
「ううっ〜」
メリーさんは今日何度目になるか分からない赤面顔をお披露目してくれる。
ああ、久々に騒がしい夜だったな。
こうして、俺とメリーさん。人間と怪異の奇妙な同棲生活が始まるのであった。
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