第3話 ベッドで安眠する金髪美少女 大学生には刺激が強すぎるのだが?

「俺のベッドで天使が寝ておる」


 朝6時55分。7時にセットした目覚ましのアラートよりも5分ほど早く意識が覚醒。硬い床からゆっくりと体を起き上がらせて目を見開くと、俺のベッドで金髪美少女がすやすやと胸を上下に動かしながら安眠をしている。加えて、カーテンの隙間から漏れ出る朝日が彼女を照らし、より神々しさを際立たせているような。


 あれ? 俺、まだ夢の中かな?

エンヤのワイルドチャイルドとか流れて、このままウユニ塩湖の上を颯爽と走る車のCMとか始まりませんよね?


 おっと、いかんいかん。眼福すぎて眺め続けるところだった。

 まずは落ち着こう。鼻から息を吸って〜吐いて〜。さあて、現実を受け入れようかぁ〜。


「メリーさん、消えてねぇ……」


 顔を伏せて目の前の現実から逃避する。

さて、状況の整理といこうか。昨日、怪異であるメリーさんが現れて、抵抗するためにゲロを吐いたら逆に相手から絶叫を頂いて。そしたら、何故か消失しなかったから、とりあえず休もうって提案したんだよな。


 あ〜、美少女と素敵な一夜を過ごせたな〜。きっと寝て起きたら全て夢オチで絶望するんだろうな〜って思っていましたよ、ええ。


「めっちゃ普通に寝てるよ」


 別の意味で絶望だよ。マジでこの娘としばらく同棲すんの? このクソ狭い部屋でオ○ニー出来ないじゃん。

いっそのこと一宿一飯の恩義として体を差し出してもらおうか、げへへ……。なんて積極的に行動する頭チ○ポ野郎ならとっくに童貞なんて卒業していますよ。悪かったなチキンで。


「結局、夢じゃなかったかぁ……」


 俺が床で、メリーさんがベッドで寝ている。就寝前、彼女に提案した状況と寸分変わらない。「私は床で構いませんので」と、遠慮するメリーさんをなんとか説得したのを思い出してきた。女子を床で寝かせるわけにいかないしね。

つまり、これは紛れもなく現実なわけだ。


 うん、ということはだよ……。


「やべぇ……レポート終わってない」


 スマートフォンを起動して、クラウド共有していたワードファイルを閲覧する。

そこには、ものの見事に未完成なデータが存在していた。半分しか埋められてないよ。残り半分が真っ白。


まるで洗剤の実験だな!! 下半分が新しい洗剤の効力です!!的な。そんな白さは汚れだけで間に合ってます。おかげでレポートは間に合いません。


 半ば八つ当たり気味にベッドでのんびりと寝息を立てるメリーさんを睨む。


「んん……えへへ」


 メリーさんは口を半開きにしながら幸福感満載な寝顔を披露してくれる。

はい、可愛い。疲労なんて吹き飛んじゃうね。レポートなんて後で事情を説明すればいいしな。


 なんて説明するかって? 都市伝説のメリーさんを泊めたのでレポートが作れませんでしたと正直に言うさ。

うむ、言い訳は無理そうだな!!


「よし、現実逃避終了」


 ありのままを受け入れようか。今日の授業は2限目からだし、残り時間で余白を埋める作業を頑張るのが建設的だろう。


 そう決めた俺はメリーさんを起こさないようにスマートフォンにセットしたアラームを停止。物音をたてぬように立ち上がり、朝支度を静かに済ませてPCを開く。


 さて、残り時間で作業を進めるとしますか。


 おっと、いけない。メリーさんは気持ち良さそうに寝ているし、タイピング音で起きるのも可哀想だ。

適当な布を探し、それをキーボードの上へとかぶせる。これでよしと。防音もバッチリだ。

やや柔らかなキートップの感触を楽しみながら、純白に染められたレポートを黒い文字で染めていく。


 しばらくして、いい感じに集中できていたらしく気付けば時刻は8時半になっていた。

おかげで喉が乾いたな。休憩がてら台所へ行こうと椅子から腰を離して振り返ると、メリーさんが背後に立っていた。


「うおっ!!」


「あ、ごめんなさい」


 驚く俺と即座に謝るメリーさん。

全く気づかなかった。というより、初めてメリーさんに驚いたかもしれん。

昨夜は俺のゲロのせいでメリーさんが絶叫してたしな。


 とりあえず、朝の挨拶をしておくか。


「おはよう、メリーさん」


「おはようございます、飯伏さん」


 メリーさんはニッコリと笑みを作り挨拶を返してくれる。

ボサボサ頭のピョンっとした寝癖がついているのがね、可愛くて目が焼けちまいそうだよ。自然な動作で目頭を抑えてしまう。


「あの、目が痛むのですか?」


「いや、まぶたをほぐしているんだよ。早朝からモニターを見ながら作業していたからね」


 本当は君の姿が眩しすぎて直視できないだけだけどさ!!

窓から漏れ出る朝日がメリーさんの金色の髪をより一層輝かせ、着衣したサイズの合わないダボッとした白シャツが萌え袖を作り上げる。理解あるラノベなら挿絵が挿入される間違いなしな場面。眼福すぎて逝ってしまいそうだ。


 ちなみにメリーさんが昨夜着用していた薄着の白ワンピースは、汚れが酷かったので洗濯物いき。代わりに俺のシャツを貸してあげていたのだけれど……。


「彼シャツ……」


「はい? 彼のシャツ? 確かに飯伏さんのシャツはお借りしてますけど」


 意味が分からず首を傾げるメリーさん。よもや無知シチュとか3次元で拝めるなんて思わなんだ。

幸せすぎて鬼籍入りしちゃいそう。実は俺、既に死んでるんじゃないかな? なんか都合の良いことばかりが連続しているし。

しかし、楽しいイベントはここでお終い……なんて落とすのが物語的な定番なのだろうが、恐ろしきかな、幸福が青天井でやってくる。


 きゅ〜


 そんな可愛い音がメリーさんのお腹から聞こえてきた。


「あぅ……」


 彼女は咄嗟にお腹を抑えて赤面顔。俺の童貞心はあざとさのナイフで絶え間なくメッタ刺し。

お腹が空いたリアクションだけで心が満たされますよ。


「ごちそうさまでした……」


「飯伏さん、霞を食べて生きているんですか?」


 そんな仙人じゃあるまいし。流石に俺だって腹は空くよ。

すると、口で答えるよりも先に俺のお腹から小汚い音が空腹を知らせてくれる。


 くぎゅるぅ。


 全然可愛くねぇな、俺の腹の虫。

 だが、メリーさん的にはウケたらしく、口元に手を当ててクスクスと笑い声を漏らしてみせる。


「ふふ……飯伏さんもお腹からも可愛い音が鳴っていますね」


 お”ま”えががわい”いいんだよ!!

 

 な〜んで所作一つ一つが卑怯きわまりないんですかね?

可愛いという火を纏った矢がメンタルに突き刺って大炎上。これもう煩悩寺の変よ。

もう無理です。只でさえ禁欲3日目なのに、これ以上は性欲が勝って3日天下になっちゃう。明智光秀しちゃう。

ここは素数を数えて落ち着こうか。素数、素数、素数、素数……。


 頭の中で数字ではなく単語をひたすら唱えながら台所へ向かう。今は朝食を作ることに集中しよう。


「飯伏さん、お手伝いしましょうか?」


 すると、横からメリーさんが顔を覗かせて問いかけてくる。やだ優しい。


「いや、だいじょ……ブフッ」


 俺はメリーさんの方へ向き、目に入った情報に思わず吹き出す。

なんて説明しようか……。狭い台所で彼女は体を斜めに傾けながら俺の横に立ったのだ。

おかげでヨレヨレのシャツが少しだけズレて、その……なんだ。つまりは胸元に隙間が出来て、肌色成分がお見えになっていたわけで……。


「おかずの準備は十分だよ」


「えっと? まだ朝食作りは始まっていませんよね?」


 朝だけど夜のオカズが一品加わりました。

勘弁してください。そういうお手伝いは求めてないのよ、メリーさん。

このままだと前屈みでクッキングを始めなければなりません。


 とりあえず、適当な理由でも伝えて彼女を台所から撤退させないと。


「メリーさん、台所も狭いから一人で大丈夫だよ。それより、洗面所で朝支度とか洗顔をしてきてほしいかな。清潔感は大事」


「あ、そうですね。他所の家なのに身だしなみが整ってないのはお行儀が悪いですし。洗面所、お借りしますね」


 そう伝えながらメリーさんは両手で頭を抑え、洗面所へと消えていく。

……一方的に家へ上がり込んでくる怪異が他所の家とか今更気にするの?

喉元まで出かかった言葉を飲み込んで、ササッと簡単な朝食を作り上げる。


 目玉焼き、ウインナー、冷蔵庫にあった残り野菜の炒めもの。ご飯は炊いていないので主食はパンを用意する。

実に無難。平凡すぎて逆に落ち着くな。昨晩から非日常が連続していて普通がありがたく感じるよ。


 そんな実家のような安心感を懐きながら、朝食の乗ったお皿二人分を居間のテーブルへと運び込む。

テーブルの前では身だしなみを整え終えたメリーさんがチョコんっと座っていた。はい、日常終了。ここから非現実が始まるよ〜。


 テーブルに朝食を置いて、メリーさんと向かい合う形で座り、手を合わせてご飯前の挨拶を唱える。


「「いただきます」」


 自然とメリーさんと声が重なった。

顔を上げて彼女を見つめると、青い目をぱちくりとさせながら「?」と記号がつきそうな顔つきで首を傾ける。あざとい、流石。


「飯伏さん、どうされたのですか?」


「ああ、いや。気にしないで」


「ふふ、そうですか。でも、あまりにも幸せそうな表情をしていたものですから」


「言葉にしなくても分かるもんかね?」


「はい。だって飯伏さん、頬が緩んでますから」


「あはは、顔に出てたか。これは恥ずかしい」


 頬に触れると口角が緩んでいる。いつも朝は一人で食事を摂っていたからな。寂しかったのかもしれない。

瞳に写る彼女は怪異で不気味なはずなのに、すぐさま追い出さなかったのも、それが理由なんだろう。


 ゆるゆるな表情を崩さぬまま、和やかな雰囲気で朝食の摂取を開始する。時折、メリーさんを眺めると、食べ物を含む頬がモキュモキュと小動物みたいに動き「おいしい……」と、透き通る声で感想を漏らす。


 すまん、寂しいとかほざいてたけど4割ほど性欲です。だって可愛いんだもん。ずっと眺めてられるわ。


 将来、美人局に騙されるな……などと己のチョロさに身震いしながら何とか朝食を終える。

時刻は気付けば9時半。そろそろ大学へ行かないと2限が間に合わなくなる。


「メリーさん。俺は大学に行かないといけないから、申し訳ないけど留守番よろしくね。お昼は台所の戸棚にインスタント食品あるし、勝手に食べて大丈夫だから。夕方には帰るし、今後についてはその時に話そう」


「何から何までありがとうございます。行ってらっしゃいませ」


 ペコリ頭を下げるメリーさん。礼儀正しい良い娘なのに、昨晩まで人の家に超能力で突破してきて背後に立つ無礼な奴だったんだよね。怪異のルールでさえ捻じ曲げるゲロ恐るべし。


「ああ、それと何かあったときの連絡手段もないとね。これを貸してあげるよ」


 およそ漫画本サイズのタブレット端末をメリーさんへと渡す。

電子書籍を読む用として購入した機器だけど、wifi環境さえ整っていればアプリで通話が可能な機種だ。


「あ〜でも、メリーさんってIT機器の使い方って分かる?」


「はい。問題ありません。なにせ都市伝説の”メリーさん”ですから。LINE、Discord、TwitterのDMまで、連絡手段には全て精通しておりますから!! バッチシです!!」


 フンスッと鼻息を漏らしながら自信満々な表情をみせるメリーさん。それ、相手にストーカーまがいの連絡する能力に長けていると宣言しているとうなものだよね。あえて言わないでおこう。


「それじゃあ、行ってくる」


 このままメリーさんを堪能していたいけれど、大学生として単位を落とすわけにもいくまい。

玄関へ向かい、急いで靴を履いて玄関を出る。


 すると、俺のスマートフォンから着信音が鳴る。こんなタイミングで一体、誰だ?

通話ボタンを押すと、聞き覚えのある声が耳に届いてきた。


『もしもし、私、メリーさん』


「え?」


 思わず振り返ってしまう。まさか“怪異のメリーさん”が戻ったのか?

しかし、俺の目に写ったのは、玄関先から顔を覗かせる金髪美少女。メリーさんは小さく手を降って優しく微笑んでくれる。


「すみません。顔を合わせずにお別れの挨拶をするのが寂しかったので。行ってらっしゃい、飯伏さん」


「いってきます」


 手を小さく降って見送ってくれる可愛い怪異に改めて挨拶を返して駅まで走る。

 夢みたいな非日常は未だに覚めそうにない。

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