第4話 美人教授と幽霊金髪美少女について考察する
「俺、金髪美少女と同棲しているんです」
「web小説にでも投稿するのか? 応援はしてやらないぞ」
「ですよねぇ……信じられないですよねぇ……」
俺の冗談に対して駒月准教授は背中を向けたまま興味なさげに呟いてみせた。
大学の2限目の講義が終了し、俺はとあるゼミ室に居る准教授へレポートを直接届けに来ていた。ぶっちゃけデータファイルをメールで送ればいいのだが、本命の目的は”メリーさん”という都市伝説について教授へ質問するためだ。
当然だが適当なゼミに選んだわけじゃない。俺に背中を向けて一心不乱にPCで作業を行っている人物こと駒月准教授の研究は「民俗学」を対象としている。
え? 怪異とは関係ないじゃん……っと思われるかもしれないけど、神様や妖怪だって人が生み出した文化の一つ。
派生して都市伝説なんかも研究対象としているかもしれないし、仮に対象外だとしても過去の卒論で書かれているのではないかと予想したわけだ。
なにれにしても、准教授の背中を観察してても始まらない。早めに本題へ入ろう。
「駒月准教授。民俗学について質問がございまして」
民俗学。それがトリガーワードになったのか、教授のタイピング音がピタリと止まる。
すると教授は椅子をくるりと回して、こちらへと向いた。
威圧感のあるツリ目と赤茶色の瞳が怖さと美麗さを兼ね備えている。教授と聞けば年配者をイメージするけど、駒月准教授は20代後半ほどの若い女性である。黒髪ストレートな美人さんのおかげか講義も人気が高いけれど、大半は駒月准教授を拝みたいだけだろう。ちなみに俺は単位が欲しくて普通に履修しているだけだからね。本当だよ?
そんな美人すぎる駒月准教授は椅子の肘掛けにトントンと指を叩きながら疑問を投げてくる。
「君が履修中である私の講義は基礎歴史学だろう? どこをどう繋げたら民俗学への興味へ行き着くんだ? ああ、事前に伝えておくが、私に近づく理由として”民俗学”の名前をあげたのなら君の単位は不可にするからな」
「残念ながら違いますよ。先程もお伝えしたように俺は美少女と同居していますので。駒月准教授には俺なんかより相応しい素敵な人と添い遂げた方が良いと思います」
「ハッハッハッ!! 君、随分と面白い発言をするじゃあないか。もしや同居人の美少女が画面越しから出てこないから相談に来たのかね?」
お互いにニコニコと笑みを作りながら煽り合う。
違う違う。ここでネットFPSみたいな暴言コメントを投げ合いたいわけじゃないのよ。このままだと無線wifiで対戦するくらい本題に入るまで遅くなってしまう。
「すみません。割りと真面目な話でして。都市伝説の”メリーさんの電話”って知っていますよね」
「無論だ。しかし、君の世代で知っているのも珍しいな。あれは昭和から平成初期に流行ったオカルト話だよ」
「今でもネット創作とかで出てきたりするので俺らの世代でも知っている人は結構いますよ」
大概はドジっ子属性とか付与されて可愛いキャラ付されているパターンが多いけど。
例に漏れず、現在自宅に待機中のメリーさんも怖いより可愛いの方面だし。というか実際に同居しているし。
駒月准教授は机に置いてあった湯気の消えたブラックコーヒーを一口飲み、話を進める。
「それで、君は都市伝説であるメリーさんについて知りたいと? 申し訳ないが自然信仰や神話以外は門外漢だぞ」
「確かに民俗学ではなくオカルトの部類ですからね。どちらかというと、知りたいのは”怪異”についての倒し方や消滅させる方法なんです。幽霊や魂といったものでも構いません」
どうやら俺が冷やかしでないと駒月准教授は判断したのか、細めた目が僅かに見開いた。
「ほう……なにやら超常現象を”体験”してきたみたいな物言いだね。最後まで話を聞こうじゃあないか」
よかった、興味を示してくれた。解決策は無くても、取っ掛かりだけでも持ち帰らないと。
駒月准教授も本腰を入れて聞くつもりなのか「適当な席にかけたまえ」っと伝えてくれたので、空いている椅子を拝借して腰を降ろす。
「えっと……駒月准教授。これから話す内容は非現実すぎるのでツッコミは無しの方向でお願い致します」
「承知したよ。そもそも、民俗学の文献も創作性にとんだものばかりだ。まずは信じて、そこから検証するのが普通だよ」
「ありがとうございます。それでは早速……。話に出しましたけど、実は昨晩”メリーさん”から電話がきたんですよ」
「……」
突拍子もない語り始めに駒月准教授の唇がキュッと甘噛される。まずは信じるんじゃなかったのかよ。顔つきが懐疑にまみれてるじゃねえか。
ツッコミ無しなので俺も心の内だけでツッコミをして話を続ける。
メリーさんが現れて俺がゲロを吐いたこと。
そのまま彼女が消失せずに現在も同居していること。
話途中で駒月准教授が何か言いたげに眉をひそめたり、口を開いたりしたながらも最後まで横槍を入れずに話を聞いてくれた。
「……といわけでなんです。怪異がルールを外れた場合、どのように対処すれば良いのか知りたくて、駒月准教授の元へ訪れたわけでして」
全てを語り終えると、駒月准教授は椅子に重心を傾けて視線を僅かに上へあげた。
「ふむ、興味深い話だ。唐突だが、君は妖怪の存在を信じるかね?」
「本当にいきなりですね。う〜ん、少なくとも創作上の話だと思います」
「普通ならそうだろうな。なにせ現世には実在していないのだからね。だが、我らご先祖様が紡いだ記録として残っている。九尾の狐玉藻の前、大江山の酒呑童子……名前くらいは耳にしたことはあるだろう」
「はい。伝記ではなくゲームとかで知りましたけど」
「きっかけなんてそんなものさ。話を戻そうか。つまり、妖怪の類は空想として扱われながらも実在したかのような文献が残されているわけだ。現実と虚実が混ざり合いながら何百年と前から語られてきた」
准教授はコーヒーにミルクを注ぎながら語る。黒い液体に白が混じり茶色へと変化していく。
「さて、更に質問をしようか。なぜ、君は妖怪を居ないと決めつける?」
「えっと……証拠がないからですかね? それこそ、駒月准教授みたいに俺がメリーさんと同居している話を疑うように」
「ははは!! 実にいい答えだ。殆どの怪奇現象を科学的に証明できてしまう現代において、物体として証拠が無い妖怪だのUMAだのの話はオカルトでしかないからね。それこそ鬼みたいな角の生えた遺骨でも採掘されない限りは議論にさえ上がらない。”オカルトは妄想”という事実は飲み込むしかないというわけさ」
ハッキリと駒月准教授は告げて、コーヒーを口に含む。「まだ苦いな」っと、漏らしつつ渋い顔をした。
「ふむ……それでも怪異譚がつまらない妄想だと一蹴されずに現代まで語られてきたのは、未知への恐怖があったかもしれないね。例えば夜遅くに出かければ”鬼に喰われる”という文献がある。これは当時、街灯なんて物は無くて、獣や賊に襲われるという注意喚起として創作された話だ。他にも、川に近寄れば河童に襲われるというのも水場で遊ぶ子どもの溺死を防ぐ話だという説がある。”妖怪”という未知で不可思議な住人に”恐怖”を担ってもらったわけさ。そして、”未知という恐怖”は都市伝説という形でエンターテイメントとして加わったのさ」
コーヒーに角砂糖を投入する駒月准教授。それを飲むと頬を緩ませ「良い甘さだ」と漏らした。
うむむ……興味深い話だけど、そろそろ駒月准教授が伝えたい内容が分からなくなってきたぞ。
「すみません。今までの話は怪異の撃退方法について紐づくのですか?」
「君はせっかちだねぇ。早漏はモテんぞ〜」
「短い間に何発も放つタイプへ成長するつもりなので問題ないです」
「これが若さか。侮っていたよ。……本題へ入ろうか。非実在に対しての対処方法だけどね、これは必ずあると断言していいよ。それこそメリーさんでさえ例外ではないさ」
「おお!! では、その対処方法は!?」
「分からん」
「教授の嘘つきぃ!!」
「あっはっは!! 残念ながら私は准教授で専門は民俗学だ。オカルトの知識は期待をしないでくれ。まあ、怪異譚しかり都市伝説しかり、人の想像から成り立った”異常”には対策なり逸話があるものだよ。玉藻の前が化けの皮を剥がされたのは安倍晴明の真言があったからだし、都市伝説に出てくる”口裂け女”はべっこう飴をあげたりポマードと唱えれば逃げ切れるといった形だね。逆に言えば”それだけしか話が残されていない”と捉えられる」
「あ、そうか。”メリーさんの電話”は対策についての話がない。実際に振り返った後にどうなるかは記載がないのか」
「そういうことだ。だから分からないんだよ。ルールから外れたこの世ならざる者を消失させるなんてね」
「それってつまり、俺がメリーさんと同居している現状は永遠に続くと?」
「今のままだとね。美少女と一生居られるというのに随分と憔悴しきった顔をするなぁ、君は」
「戸籍無しの不法滞在者と一緒に居る生活って凄くないですか?」
「字面が強いね。そりゃあ嬉しさはあるが安心はできそうにないな。となると、現状を変えるにはメリーさんの”今”を変える必要がある」
「怪異である以前の状態に戻すみたいな形……でしょうか?」
「その通り。怪異”メリーさん”としてのルールそのものが消滅したわけじゃあない。一般的な伝承として広まっている”メリーさん”は対象に連絡する、徐々に対象の住所へ接近する、最後に背後に立ち、対象者が気絶したら消失するトリガーが引かれるわけだ。君はゲロを吐いて”振り返って気絶する”の流れを断ち切ってしまったわけだが、その条件を再現できれば……」
「メリーさんは消える」
駒月准教授は満足げに頷いて肯定してくれる。
「ただ、戻すための方法は不明だけどね。後は怪異以外としてメリーさんを消失させる仮説があるけど」
「他にも方法があるんですか?」
「いわゆる怪異ではなく幽霊や魂としてメリーさんを考えるわけだ。こちらの方が構造はシンプルになるね」
「地縛霊や浮遊霊とかの対処方法が適用できるからですね」
「当たりだ。この世に居る理由……すなわち未練を解決してあげればいいわけだ。怪異メリーさんが望む夢は不明だがね」
「ありがとうございます。これは本人に直接聞いてみます」
「そうするといい。ヒントになるかは分からないが、怪異メリーさんは捨てられた人形が寂しさから具現化したとされている。この世に留まる理由を知るきっかけになるかもしれん」
「なるほど……取っ掛かりは掴めた気がします。さっそく家に帰って色々と試してみます」
俺は席から立ち上がり、駒月准教授に頭を下げてお礼を告げる。
すると、准教授は俺の肩をポンと軽く叩いて、今日一番の真っ直ぐな瞳を向けながら伝えてくれる。
「困ったらベッドに押し倒せ!!」
「ただの最低野郎じゃねぇか!! それが出来たら今頃童貞やってませんよ!!」
声を荒げる俺に対して、駒月准教授はケタケタと笑ってみせる。真面目に感謝していたのに残念美人すぎないか、この人。
このままだとイジられ続けて永遠と会話をする羽目になりそうだ。
「それでは失礼致します」
頬の赤みを残したまま、お別れの挨拶を告げると、駒月准教授はコーヒーの残りを全て飲み干して一言漏らすのであった。
「ごちそうさまでした」
◇
「いただきます……するつもりなんてねぇよ」
自宅への道を進みながら俺はぶつくさと文句を垂れる。
駒月准教授め、何が押し倒せだよ。帰り際に「ごちそうさま」とか確信犯じゃねぇか。童貞は推し倒すなら可能だけどさ。ありありと想像できるぜ、褒めちぎって赤面するメリーさんがな。癒やされる。問題は何一つ解決しないけど。
「押すにしても推すにしても。まずはメリーさんの悩みを解決しないと」
准教授から頂いたヒントは2つ。1つ目はメリーさんを再び怪異へ戻すこと。こちらは取っ掛かりが無いので不採用。
「となると2つ目だな。この世にある未練を叶えてあげる」
メリーさんとは対話可能なわけだし、こちらの案が現実的だろう。
さっそく聞いてみよう。
アパートへ到着し、玄関扉を開ける。すると、メリーさんが気づいたのかワンコみたいに出迎えてくれた。
「飯伏さん、おかえりなさい」
メリーさんは何故かエプロンを着用していた。
はい、Kawaii!! 新妻かな?
台所からは何かを煮る音が聞こえてくる。
もしかして、夕飯を……。尊死しちゃう。
俺の身体中に煩悩が駆け巡り、准教授の提案した3つ目の提案である“押し倒す“を危うく選択しかけそうになるのであった。
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