第5話 金髪美少女と一緒に夕飯するだけでご飯は3杯いける

「いただきます」


 メリーさんを性的にいただくぜ……とか卑猥な意味ではない。

テーブルにはホクホクと湯気がたつ丼。中味は鍋の具材(野菜多め)がふんだんに使用された料理である。

この空腹を刺激してくれる料理が今日の夕飯である。


「(しかし、よもや手料理を作って待っていてくれるとは思わなかった)」


 大学で駒月准教授との話も終わり、自宅へ到着すると、俺を出迎えてくれたのはエプロンを着用したメリーさんと温かな手料理であった。メンタル的にも肉体的にも熱くなる要素が二連撃で訪れたわけだ。

しかも、一人きりの夕飯ではないテーブルを挟んだ向かい側にはメリーさんが居る。何この幸せ空間。往生してしまう。


 呆然と箸を持ったまま静止する俺を心配したのか、メリーさんは声を震わせながら問いかけてくる。


「飯伏さん。お口に合いませんでしたでしょうか? 一応、味見はしたつもりでしたが薄味過ぎましたら調味料で調整して下さい」


「ああ、大丈夫だよ。きっと美味しいはずだから」


 俺の好みについて気を回してくれるメリーさん。マジいい子。

 ぶっちゃけ君に見惚れていたので、まだ一口も体内へと運んでいないだけだけど。


「(いかん、いかん。呆けている場合じゃない。冷めないうちに食べないと)」


 箸を動かして適当に目についたネギを掴んで口へと運ぶ。すると数秒と待たぬうちに口内へ旨味成分がじんわりと広がっていく。美味しい!!


 出汁が具材に染み込んでいるが、味付けは濃すぎず薄すぎず最適。ベースは魚出汁かな? くどすぎない味わいが野菜の甘みと非情にマッチしている。


 そうなると汁もさぞかし美味であるのは想像に容易い。自然と唾をゴクリと飲み込む。絶対に美味いはず。


 衝動は抑えられず、すぐさま丼を両手で持ち上げ傾けて、喉へと熱い汁を注ぎ込む。

初秋の夜風によって冷え切っていた肉体を温もりが瞬く間に駆け巡る。


ああ~体がとろけるぅ……。


 そこからは、あっという間だった。具、汁、具、汁……っと、交互に口へと入れていき、気づけば丼は底をついていた。見事な完食である。


「お……美味しかったぁ~」


 ご馳走様の言葉を忘れ、思わず漏れ出たシンプルな褒め言葉。

対面に居たメリーさんは俺が一心不乱に料理を食べてくれたのが嬉しかったのか何も言わずにニコニコと笑顔を浮かべていた。


それこそ、恋人というより、息子を眺めるお母さんみたいな笑みである。このまま「ママァ……」などと甘えたいが怪異より気味が悪すぎるので脳内で即座に却下した。愛情は注ぐ側の年齢でしょうが。方やメリーさんはご満悦といった表情で頬が緩み続けている。


「ふふ……満足していただけて嬉しいです。お口にも合っていたみたいですし」


「ごちそうさまでした。とても美味しかったよ。しかし、メリーさんに料理スキルがあったなんて」


 考えてみれば都市伝説に手料理を振る舞ってもらったなんて都市の単語が消えて伝説だけが残りそうな字面だな。

実際のところ、今回は鍋だし比較的簡単な料理ではあったが、レシピ無しで作れたのが不思議である。


 そのような疑問にメリーさんは待ってましたと言わんばかりに電子端末を取り出し、見せつけるように掲げた。ドヤ顔である。


「飯伏さんからお借りしたタブレット端末でレシピを探しました。

 通話できる電子機器なら操作できるみたいなので。何故かは知りませんが!!」


 他人事みたいに誇らしげに語るメリーさん。その声色は僅かに震えていた。誰かに教わったわけでもないのに、操作方法を熟知している。不気味だし、自身の存在に怖さがあるのだろう。暗くならないように明るく振る舞っているのがひしひしと伝わってくる。健気、良い娘、結婚してぇ……。半分は冗談だけど。

しかし、メリーさん自身がこれ以上迷惑をかけないように気を使っている優しい娘なのは確かだろう。消失できず、怪異としてのルールから外れ、見知らぬ男と一夜を過ごして不安だろうに。そんな状況においても文句を言わず笑みを作って。さらには夕飯まで作ってくれたのだ。


 どうにかしてあげたいと思うのは必然だろう。


「メリーさん、心残りとか後悔とかってある?」


「?」


 突拍子もない問いかけにメリーさんは首を傾げる。そりゃそうか。

俺は彼女に駒月准教授から聞いた話を伝える。

怪異としてルールから外れたのなら、元に戻れば消える条件を再び満たせる可能性について。

心から望む願望叶えたり、現世に留まる理由を解決したりすれば消失出来るのではないかということ。

押し倒せ……の倒錯的アドバイスは当たり前だが伝えていない。


「……だから、さっきの質問をしたんだ」


「そうなんですね。いきなりで驚いちゃいました。叶えたい願いや後悔……ですか。うむむ」


 口元に手を当てて悩むメリーさんは、さながらクリスマスプレゼントを何にしようかと悩む子供みたいだ。


「メリーさん。難しく考えなくても大丈夫だよ。遠慮せずに話してみて。実現可能かは、その後に話し合えばいいんだから」


「あ、ありがとうございます。でしたら、……その、えっと」


 瞳を左右に忙しなく動かすメリーさん。願い事が言いにくいのだろうかモジモジとしながら言葉を濁している。

無理に聞き出すのも悪いだろうと数秒ほど待つと、メリーさんは頬を赤く染めながら真っ直ぐに伝えてくれた。


「私を愛してください!!」


「ほぁ!?」


 愛? 愛する? 愛するぅ!? 


 予想外な願い事にボディブローを突如くらわされた気分だ。

いやいやいや。俺みたいな色恋話に無縁な非モテ男でいいんですか?

一先ず数字を数えて落ち着こう。1、2、3、ハイ!! 落ち着く方法が思いつかない。無理!!


 動揺しまくりフリーズする俺にメリーさんも不可解なお願いをした自覚があるのだろう。慌てて両手をブンブンと振りながら理由を説明し始める。


「あ、その……違うんです!! 飯伏さんに恋人とか家族になって欲しいとかではなくてですね」


 サラッと遠回しに「タイプではない」と言われてしまった。振られて悲しいよ。

しかし、願い事自体は茶化しではなく真面目な内容なのだろう。メリーさんは顔の火傷後に触れながら続きを話す。


「未練……そう呼ぶには確証がありませんが、覚えている最も古い記憶が本能的な願いなのかもしれません」


「それが“愛してほしい”と」


「はい。今でも鮮明に思い出せて、心の底から楽しかったと覚えています。一人の女の子が私に毎日話しかけて、お洋服を着替えさせてくれて、髪を整えてお出かけして……いつも一緒で幸せした」


 内容からして、おそらく人形だった頃の記憶なのだろう。

都市伝説におけるメリーさんの正体。これは明確に定義はされていない。目の前に居る彼女は諸説あるなかで捨てられた人形の恨みや寂しさが具現化したパターンに該当するのだろう。


「ですが、幸福は永遠に続きませんでした。私を愛してくれた女の子。その娘が私の相手をしてくれる時間が次第に減ってきたんです。子どもは……残酷なくらいに早く成長しますので」


 メリーさんは軽く微笑むが、声色は明らかに落ち込んでいる。


「女の子の成長に合わせて孤独に過ごす時間が多くなってきました。真っ暗な箱に押し込められて、長い長い寂しさを感じて、怖くて……そして、幸せよりも寂しさが上回った頃、その時が訪れたんです」


 メリーさんの表情に影が落ちる。

その顔つきから察してしまう。どれだけ愛されても玩具の行き着く結末を知っているから。それは、玩具にとっての寿命。


「ある日、薄暗い箱から光が差し込んできて、大きな手が私を持ち上げてくれたんです。また遊んでくれるの?なんて呑気に考えていました。けれど、私の瞳に映ったのは大人になった女の子。その子は一言も喋らず、他の玩具と一緒に私を袋へ入れて、そのまま最後は体中が熱さに包まれて……」


 玩具の死。それは捨てられること。

人形の玩具であった頃のメリーさんも例外ではないのだろう。ゴミとして廃棄され、燃やされた彼女の最後。今、俺の目の前に座る彼女の火傷痕は焼却炉で焼かれた記憶の象徴なのかもしれない。


 人形のように繊細で綺麗な髪、青い瞳、あどけなさを残した顔は愛されていた思い出。

顔半分に残る火傷痕は遊ばれず愛されず、積み重なった寂しさの気持ち。


 それが都市伝説の“メリーさん”を作り上げたのだ。


「なるほど……だから愛してくださいなのか」


「あはは……すみません。昨日出会ったばかりなのに、変なお願いをしてしまって。忘れてください」


 愛想笑いを浮かべるメリーさん。出会って数日だもの。愛してくださいだなんて言われたら普通は断るさ。

だけど、残念ながら俺は大学生で理性よりも性欲が勝る童貞。

押し倒す勇気はなくても、美少女の頼みならホイホイ聞いてしまうくらいのチョロさを持っているのさ。


「分かった、メリーさんの願いを叶えるよ」


「そう……ですよね、って、ええ!? いいんですか? 私、住所不定無職のオバケですよ?」


「人んちに不法侵入して、朝昼晩とご飯を食べている居候が何をいまさら。台所までちゃっかり借りて料理をしているくらいじゃないか」


「あぅ……それは、そうですけど」


 俺が事実を突きつけるとメリーさんは口をすぼめてしまう。

改めて思うが、この娘は随分と遠慮がちな性格というか優しすぎる傾向があるな。元人形のせいか子供らしい純真さを兼ね備えているともいえるけど。

今だって居候の身だからこそ言えない本音もあるのだろう。


 ”私を愛してください”


 しかし、遠慮されたままだと、メリーさんが伝えてくれた願いの本心が読み取れない。

どのような形でメリーさんを愛せばいいのか。それに必要なのは本音を話し合える仲にならないと。

そうなると、一番初めにすべきことは、俺とメリーさんの関係を対等にしなければならない。


 どうすればフェアになれるかって? 答えはとっくに決まっている!!


「メリーさん、俺に毎日味噌汁を作ってくれ!!」


「えっと、朝と夜にですか?」


 突然の献立リクエストでキョトン顔をするメリーさん。

不発である。まあ、分かりにくかったよね。

俺は咳払いを一つして、改めて彼女に頼み事をする。


「これから毎日3食、料理を作ってくれ」


「それは構いませんけど。どうしてですか?」


 美少女に手料理を振る舞ってもらうのに理由はいるかい?……というのは冗談で。


「メリーさんが消失する条件が不明確だし、同居生活の期間も見通しが立たないからね。何日も家で何もしないのはメリーさんも居心地が悪いでしょ。だったら、料理を作ってくれるだけでも大助かりというか。今日の夕飯もとても美味しかったしね」


「そんな……私なんてレシピに従った料理しか作れません。今日はたまたま上手にできただけです」


「じゃあ、これから練度をあげてもらうという方向で。家主命令です」


「うう……その権限を出されたら歯向かうなんてできません。せめて、料理だけでなく、家事全般を担当させて頂けないでしょうか?」


「了解。明日からもよろしくねメリーさん」


 俺が右手を差し出すと、メリーさんはおずおずと手を握り返してくれた。

交渉成立。まあ、料理や家事をしてもらうのは建前で、本命は「居候で何もしていない」状態から発生する申し訳無さの払拭だ。


 俺はしばらく寝泊まり可能な住居の提供、メリーさんは宅内における家事を提供。

人によって感覚の差はあれども、これで罪悪感はなくなったはず。


 流石にメリーさんも口車に乗せられた自覚はあったのだろう。

安堵が交じる表情で小さく笑ってみせた。


「なんだか飯伏さんに恩ばかりを貰っています。返せるものは何もありませんけど、せめて家事だけは全力で遂行致しますので」


 胸に手を当てて決意表明をするメリーさん。

そこまで気張られると逆に落ち着かないけど、まあいいか。


「あとは”愛する”についてか……。これは生活を通してメリーさんを知っていけば問題ないかなぁ」


「すみません、曖昧な願いで。ですが、この体は飯伏さんのご厚意あってのもの。

元人形として、私をおもちゃみたいに扱ってくれても構いませんので!!」


「言い方ぁ!!」


 前言撤回。メリーさんを知るのが少し怖くなってきた。人間の体で玩具とか(意味深)って末尾についちゃうのよ。止めてね、ピュアボーイには刺激が強すぎるの。


「あ〜でも、オモチャ扱いとはいかないけど、メリーさんに今一番必要なことがあるな」


 目の前で俺の発言を理解出来ず青い瞳をパチクリとさせているメリーさん。

彼女は現在、俺のワイシャツを着用している。つまりサイズが合っていない。


 お人形遊びはごっこ遊びの一種。そして、彼女に必要な物が一つある。

俺は分かりやすいようにメリーさんへ提案をするのであった。


「お人形遊びといえば着せ替えだよな。明日、メリーさんの服を買いに行くぞ」






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【あとがき】


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