第6話 金髪美少女本人を着せ替えさせる
「お洋服!!」
洋服を買いに行こうという俺からの提案にメリーさんは目をキラキラと輝かせてみせた。おお、良い食いつきっぷり。
やはり生前……? ではなく、元人形だから着せ替えには高まる要素があるのだろう。
今までの取り繕った笑顔でなく、プレゼントを心待ちにする子どもみたいに明るい表情を携えている。
しかし、その純粋無垢な少女らしさは一瞬にして消え去った。
「あ、ですけど、着せ替えなので服を選ぶのは飯伏さんですよね。そもそもお洋服だって借り物ですし。すみません、今から脱ぎますね」
などとメリーさんは理解が追いつかない理論を持ち出し、いそいそとシャツの第1ボタンに手をかける。んん?
「ちょっと待ってぇ!? 何で服を脱いでるのぉ!?」
「す、すみません!! そうですよね。着せ替えなら脱衣も持ち主がやるべきでした」
バッと両腕を広げたメリーさん。
はい!? もしや俺が君の服を脱がせろと!?
いやいや待て待て!!
「メリーさん、落ち着いて。人形遊びは人間でやるものじゃないから!?」
「飯伏さん、私は至って真面目です!! 私は元人形。当時、最も愛してもらえたピークも人形時代であります。だとしたら、今の私の願いである“愛してほしい”を満たすのも人形みたいに扱ってくれれば叶うのではないかと思ったのです」
「な、なるほどぉ?」
「さあ、遠慮なく!! 私をおもちゃみたいに扱って下さい!!」
「わ、分かりました!!」
勢いに押されて敬語で承諾してしまった。もはや断れる雰囲気ではない。俺はメリーさんに近寄り、恐る恐るシャツの第1ボタンに手をかける。
プチッ
指先に伝わるボタンが外れる感触。
「んっ……」
小さく伝わる彼女の吐息。
うっ、なんだろう……この背徳感は。
落ち着け、これはメリーさんが望んだこと。今目の前に居るのは人形。
そう、可愛らしい人形!!
自身に強く言い聞かせ心を虚にし、第2ボタンを外す。
プチンっ
ボタンを外すとサラリとメリーさんのミルクみたいな純白な肌が露わになる。そして、あと数センチほどで見えてしまいそうになる小さすぎず大きすぎない胸部。当然だがブラジャーは着けていない。ノーブラである。
「んっ……」
極めつけはメリーさんの妖艶な声。
熱い……下半身が熱いです。大変ドスケベです。俺をハレンチ警察へ突き出して下さい。棒発で暴発してしまいます。理性がそろそろ現界に達してしまいそうだ。
…………ヨシッ!! お着替えについては保留にしよう。止めだ、止め!!
逃げの一手だって? うるせぇ、童貞を舐めるなよ。女の子から「優しそう」なんて言われた数は山程あるからな。要は気弱でチキンって意味だ!!
「メリーさん、あのね……」
お着替えを止めようかと提案するため顔を上げると、案の定メリーさんは顔を真っ赤にしながら唇をぷるぷると震えさせていた。簡素に表すなら羞恥に塗れた顔つきである。ですよね~。
「あ、あの……飯伏さん。自分で頼んでおいて今更なのですが、恥ずかしいです。考えてみれば着せかえって女の子相手だから気になりませんでしたけど、異性の男性にやってもらうのは意味合いが大きく異なるというか……」
「お気付きになられましたか?」
「気づいちゃいました」
俺はメリーさんのシャツから手を離して間合いを取る。よかった、このままだと俺の心にあるヤングアニマルが夜を駆けて夜遊びをしてしまうところだったよ。
「あはは、あははは……」
「あははは……」
とりあえずお互いに乾いた笑いを響かせ合う。すげぇ気まずい。
「明日も早いし、寝ようか」
「そう……ですね」
結局、その後は適当に家事をこなし、就寝をした。
頬の熱は引かないし、下半身は苛立ちを覚えたまま。
性欲の鎮魂歌は訪れず、俺は禁欲4日目の夜を越えるのであった。
◇
「おはようございます、飯伏さん」
耳に届く甘い声。鼻に辿り着く香ばしい匂い。ゆったりとした意識は波に揺られるように快適で、いつまでも目を閉じていたいと思わせる心地よさがあった。
しかし、さざ波は大きな津波としてやってくる。
「起きてください~飯伏さん」
ユサユサと俺の体を揺らす天使の音もとい声。
僅かにまぶたを開けると、女神だと錯覚しそうな金髪の美少女が俺を起こしてくれている。
あれ~まだ夢の中かなぁ~。だって、俺は生まれてこのかた母以外の女性とは無縁でピエンな人生だったからね。
こんな幸せなシチュエーションは非現実だって~。
きっと数日前の出来事だって壮大な夢オチだ。都市伝説のメリーさんと出会って、一緒に過ごして、昨晩なんて着せ替え(未遂)まで起こしちゃって。サクランボーイが錯乱しちゃうような展開ばかりだったもの。
「朝ごはん、冷めちゃいますよ~」
ペチペチと俺の頬を叩く柔らかな手の感触。やばい、もう少しだけ味わっていたい。意識じゃなくてMに目覚めちゃう。
……やっぱり夢じゃなくて現実だな、コレ。
次第にボヤケた思考が回転し始める感覚。そういえばメリーさんに家事全般をお願いしたんだっけ。
となると、この部屋に漂うお腹を刺激してくれる匂いは朝食か。
俺はのそりと上半身を起き上がらせて、寝ぼけたフリをしつつ無茶なお願いをメリーさんにしてみる。
「おはようのキスはしてくれないの?」
「キキキ、キスぅ!? あ、あの……そういうのは恋人とか家族にするものです」
「頬にキスって意味だったんだけどなぁ。もしかして口を想像していたの? メリーさんは卑しいね」
「うううう~~」
メリーさんはタコみたいに茹で上がった頬をみせながら俺の体を優しめにポカポカと叩く。
やべえ、くぁわいい。そして、ニタニタと笑う俺キモめぇ。
自身が気色悪い提案をしたおかげで意識は完全に覚醒。朝からKawaiiを摂取できて寝覚めもよい。
「おはよう、メリーさん」
「……オハヨウゴザイマス」
頬を膨らませながらそっぽを向くメリーさん。意地悪が過ぎたらしい、怒らせてしまった。
「あはは、ゴメンね。朝ごはん、ありがとう。お詫びに今日は素敵な洋服を買ってあげるから」
「物で釣られて許しちゃうほど私は単純じゃないです。早くご飯を食べてください」
どうやら悪手だったみたいで。機嫌は簡単に直ってくれなさそうだと不安だったが、その後、朝食を食べた際に”美味しい!! さすが!! 嫁に欲しい!!”などとメリーさんをべた褒めしたら「えへへ〜」と呆気なく笑顔をみせてくれた。単純じゃなかったのかよ。
そして、着替えを手早く済まして、お出かけの準備を済ませる。
今日は大学の講義もないし、天候も晴れ模様。絶好の外出日和だ。
「さてと、準備も出来たし洋服を買いに行こうか」
「はい……」
だけれど、肝心のメリーさんは微妙にテンションが低い。
昨日は”お洋服”の単語だけで目を輝かせていたのに。
外に出るのが怖いのかな? 人を恐怖させる怪異が怖がっていたらユニークでしかないけど。
それとも現在着用している洋服が気になるのだろうか。
出会った時に元々メリーさんが着ていた薄手のワンピースと、それだけだと寒すぎるので俺のマウンテンパーカーを羽織っていた。
仕方ないとはいえ年頃(?)の女の子の洋服としてはアンバランスで微妙なのは事実だけど。
「メリーさん。もしかして出かけるのが嫌だった?」
「いいえ。寧ろワクワクしているくらいです。ですけど……その、怖がらせてしまわないかと思いまして」
何が大丈夫なのかは具体的に語らず、彼女は顔の火傷痕にそっと触れる。
ああ、なるほど。おそらく、メリーさんの火傷を見て通行人を怖がらせてしまうのを気にしているのだろう。
見られるのが”怖い”のではなく、”怖がらせてしまうのではないか”と配慮するあたりが優しい彼女らしい。
人は見た目じゃなくて中身だ。なんて綺麗事を言うつもりはないけれど、メリーさんの気遣いを汲み取ってあげたい。
俺はタンスの上に置いていた少し大き目の救急箱から包帯を取り出す。
「メリーさん。ちょっと座ってくれないかな」
「はい?」
メリーさんは疑問が混じる返答をするも素直に座ってくれる。
そして、彼女の背後に回り込み、包帯を火傷痕を隠すように、ひと巻き、ふた巻と丁寧に巻いていく。
徐々に焦げ茶の肌は清潔感ある純白の包帯によって覆われて、メリーさんの薄白な肌のみを残した。
「はい、完成。これなら火傷痕も他の人から見えないし、せいぜい”怪我をしているんだな”って思われるくらいだ」
スタンドミラーは所有していないのでスマートフォンのインカメラで包帯に巻かれたメリーさんの状態を見せてあげる。
すると彼女は、
「……」
驚きも怒りも喜びも表に出さず無言を貫いていた。
もしかして、お節介だったか? コンプレックスではあったけど、無理やり隠されるのも嫌だったとかの複雑な乙女心とか?
余計なお世話をやいてしまったのではないかと不安に狼狽える俺の思考とは真逆に、メリーさんは無表情のまま言葉を漏らした。
「すごいです……」
「へ?」
「凄いです、飯伏さん。こんなに綺麗に包帯を巻けるなんて……」
どうやらメリーさんの感情は驚きを通り越して呆然としていたらしい。
包帯の巻き方なんて練習すれば誰でも出来るよ……っと返答しようとしたが喉元にとどめた。
こんな技術を会得している大学生なんて医学生とかを除いて普通ではない。知っている方が稀だろう。
例にもれず俺も文系大学生だが、包帯の扱いを知っているのは親の影響が大きく関係している。
「母が看護師なんだ」
「そうなんですね、凄いです!! 命をお救いする血を受け継いでいるなんて」
「そんな立派なものじゃないよ。応急処置の技術を”無駄にならない”からって叩き込まれただけだから。それに……いや、なんでもない」
「……?」
言い淀む俺にメリーさんは不思議そうにするも言及はしないでくれた。
個人的な話だし、語るものでもないからありがたい。
なにせ看護師である母が忙しく、幼少時代を寂しく過ごしたなんて、晴れた青空を一瞬に曇らせるくらい気分が寂しくなる話だからだ。
教え込まれた家事や知識のおかげで一人暮らしに苦労しなくて済んでいるのは感謝しかないけどさ。それに、独り立ちする時、家具類も一式揃えてくれたし、大学まで行かしてもらって。
これで寂しいなどと抜かすのは、ふざけるのも大概にしろと説教されそうだ。これは心の奥底にしまう話。メリーさんには関係ない。
「それに、今は孤独じゃないしな」
「……??」
俺の自己解決自己回答にメリーさんは眉をひそめながら首を更に傾ける。
聞けないけど気になるといった顔つきだ。これ以上は不安にさせてしまうだけだし、火傷痕の件も解決したわけなので本題へと移らないと。
「それじゃあメリーさん。洋服を買いに行こうか」
「はい!! 楽しみです。あ、でも……私、お金とか持って無くて」
「あ〜それね。大丈夫、気にしなくていいから。協力で強力なパトロンがお金を出してくれるから」
「パトロンさん?」
誰ですかそれ? みたいな疑問符を浮かべるメリーさん。人名じゃなくて後援者って意味だけど。可愛いからまあええか!!
「とにかく行けば分かるよ」
こうして俺はメリーさんを連れて外へと出かける。
目的地はそう遠くない。電車に乗り、自宅と大学の最寄り駅との間にある途中下車駅。そこの駅近くに店を構える大きめな古着屋。メンズ、ウィメンズ問わず取り揃えられていて、ジャンルも様々。しかも、古着なのでお手頃値段という万年金欠である学生の懐事情にも優しい。
ここなら店をハシゴせずに一通りメリーさんに合う洋服が取り揃えられるだろう。
そして、俺がパトロンと称した人物は古着屋の入り口前に立っていた。何故か仁王立ちで。
「遅いぞ飯伏!!」
そのパトロンである女性は俺の姿を視認するやいなや、周りに響くくらいの元気ハツラツな声で挨拶をしてくれる。
うるせぇ。だが、メリーさんの洋服代金を出してくれるのでここは我慢。
俺は丁寧にお辞儀をしながら挨拶を返すのであった。
「おはようございます、駒月准教授。今日はよろしくお願い致します」
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