第7話 美少女は何を着せても似合うのは何故だろうか
「別にアンタのためじゃないんだからね!!」
そんな使い古された辞書に載りそうなツンデレセリフを放つ駒月准教授。開口一番の言葉としてインパクトが強すぎる。
しかし、こんな阿呆な発言もスルーせざるを得ない。何故なら今回のメリーさんの服選びと資金援助をしてくれたからである。
昨晩、こっそりと准教授宛に「メリーさんに会ってみません? 生の都市伝説に会えますよ?」というメール(後半は真面目な内容)を送ったのだが、「分かった。時間と場所を教えろ」などと簡単に食いつくとは思わなかった。
ぶっちゃけ女性の服とかよく分からかなかったから大助かりである。
それはそれとして、いきなりのツンデレ発言は意図が組み取れないけど。
もしやガチのツンデレ発言かもしれないので確認をしておかないと。
万が一もあるからね、一応ね!!
「駒月准教授。ツンデレ発言は俺に惚れていると捉えてよろしいでしょうか?」
「いや、その気はない。今回の協力も飯伏じゃなくて、君の隣に居る”メリーさん”の為だが」
「さいですか……。少しでも俺に興味があるかなって思ってしまいました」
「気を落とすな。一応、君に聞きたい質問もあるぞ」
「おお!! 俺にご興味が? 好きなタイプから倒錯的な質問でもドンッと来いですよ」
「ふむ……なら遠慮なく。メリーさんの料金は1時間いくらだ?」
「レンタル彼女じゃねぇよ!!」
「じゃあ君への質問は以上だ」
ですよねー。
駒月准教授は俺との会話を早々に切り上げると対象をメリーさんへと移す。
彼女は腕を組み、片手で口元を抑えながらメリーさんをまじまじと観察し始める。
あまりにも残念な発言に忘れてしまうが黙っていれば美人だな、准教授。言ったら単位を取り消されそうだけど。
方やメリーさんはジッと見つめられて緊張しているのか愛想笑いを作り上げている。美人に困惑するかわいい娘……いい絵になな。
そんな美人×可愛いの組み合わせを壁の気持ちになりながら俺は無言で鑑賞。私服を買いに来たのに至福な時間よ。
しばらくして、駒月准教授が深い息を吐き出すと、真面目な表情も崩れて雰囲気が和らぐ。
「全く分からんな。実際に目で見ても可愛いお嬢さんにしか思えん」
「ありがとうございます。えへへ……」
可愛いと褒められて素直に照れるメリーさん。キュートかよ。永遠に拝んでいられるわ。
そんな倒錯的な思考をしていると、駒月准教授は考えがまとまったのか口を開き始める。
「一先ず、メリーさんが実在するのは認知した。新手の美人局でもなさそうだしな」
「あっさりと信じてくれるんですね」
「可愛いに騙されるなら本望だ」
そう伝えると駒月准教授は俺とメリーさんを放置して店内へと先に入っていった。
まさか本当に美少女趣味があるとかじゃないよな。何処までが本音の発言か分からん……。
それこそ、忙しいはずなのにわざわざ来てくれているので都市伝説の“メリーさん”に会うためなのは事実だと思うけど。
「飯伏さん、駒月・パドロンさんって良い人そうですね。安心しました」
「メリーさん、パドロン部分は名前じゃないよ?」
とりあえず妙な勘違いをしたままのメリーさんに駒月准教授の紹介を軽く済ませてから、俺達も入店するのであった。
◇
「見識を広げようと考えていてな」
駒月准教授は店内を迷いなく進みながら唐突に語り始める。立ち止まらず洋服を何点か手に取りカゴへと放り込んでいく様は、さながらベルトコンベアを流れる弁当箱にオカズを載せていくバイトくらい迷いがない。
教授とかの教職や研究職って変な人じゃないと務まらないのかしら?
そんな俺の疑問なんて気にせず、駒月准教授は相手のレスポンスを待たずに言葉を続ける。
「オカルトは門外漢だと伝えたな。だが、いつまでも准教授というわけにもいかん。それ故、凝り固まった思考には別の観点が必要不可欠だと結論づけたわけだ」
駒月准教授は商品についた値札を一瞥もせずにカゴへ続々と投入する。
おかげで、入店してから数分も満たないうちにカゴの中にある服は山盛りのご飯みたいに膨れ上がっていた。
あまりの手早さに口を挟む隙さえない。
「これくらいでいいだろう。サイズは目視計測だから合っていない服もあるかもしれんが、そこは試着してからだな。ほれ、メリーさん。さっさと着替えてこい」
「は、はい」
メリーさんは渡された衣服を何着か手にして試着室へと姿を消した。
ポツンと残されるのは思考も肉体も置いてけぼりな俺と仁王立ちの駒月准教授。この人、立ち止まると昔のロボットアニメみたいなポーズしか取れないのかな。
そんな俺の困惑なんて気にせず、駒月准教授はつらつらと言葉を続ける。
「結局のところ、オカルトも民俗学からの派生であるからな。人類によって生み出され、生活の一部として馴染み、今でも人々の心を囚え、謳われる。それが文化として根付く。神や精霊信仰からの建築分野、習慣などは研究してきたが、人の思考から生まれる文化という観点は持ち合わせていなくてね。そういった意味では、今回発生した飯伏とメリーさんの関係は調査対象として、うってつけだったのさ」
「なるほど……なんですかね? 昨日は俺のことを疑っていたじゃないですか」
「それは昨日までの私だ。言っただろう、見識を広げると。文化としての側面から民俗学を研究をしていたが、人の思考から民俗学を捉えてみたいと思ったのさ。仮にメリーさんが君の妄想だったとしても、精神疾患として一蹴するには勿体ないのさ。重要なのは”何故、その思考に至ったのか”だ。人々は天災を神の怒りと称して社や祈祷の文化を誕生させた。死後の魂を祈り贈ることからシャーマニズムが生まれた。それらの定義づけは文化として根付いて、時には人々に超常現象を発生させるのさ」
「はぁ……超常現象ですか。すみません、いまいちメリーさんの話との繋がりが見えないというか」
すると、ちょうどなタイミングで試着室のカーテンが開いて、着替え終わったメリーさんが姿をみせた。
「あの、着替え終わりました。どうでしょうか?」
気恥ずかしそうに服をお披露目するメリーさん。
春や秋用のコーデだろうか。格子柄のブラウンキャミソールドレスに白シャツの組み合わせが非常に可愛い。
あらやだ〜、これ着て一緒にデートできたら膝から崩れ落ちちゃいそうなくらい。
「かわいいぞ!!」
「かいいですね!!」
今までのクッソ真面目な談義から一転、俺と駒月准教授の気持ちはシンクロし、スマートフォンを構えてカメラで激写。メリーさんの御姿をデータへと変換していく。
肝心のメリーさんは頬を薄赤く染めている。普段のリアクションと違い、素直な嬉しさが伝わってきてよいぞ……よいぞ……。
「メリーさん、時間が惜しい。次の服も試してくれたまへ!!」
「はい!!」
テンション高めな駒月准教授の言葉にメリーさんはカーテンを閉めて次の衣服の準備を始める。
「さて、飯伏。超常現象とメリーさんの繋がりについてだが……」
「真面目に戻る切り替えが早いですね。照明スイッチかなにかですか」
「ハッハッハ!! 思考の切り替えを照明のスイッチに例えるか、いい発想だ。なにせ人とは目にした物をスイッチみたいに都合よく切り替える生物だからな。それこそ認識が歪むくらいに……だ。数ある報告事例がある超常現象も同じような話だ。例えば南米では治安の悪さに怯えた住民がマリア像の前で祈りを捧げたら涙を流したという事例がある。日本では徳川家光が夜に神格化した家康が出てくる夢を見てお告げを受けた話もあるな」
「どれも宗教的な信仰が強く思想にあったからこそ超常現象になり得た……ということですか?」
「その通り。仮に銅像が涙を流しても、信心深くない人間からしてみれば”塗装に使用された油が溶けた”だけだし、私の夢に飯伏が現れたとしても、お告げだなんて思わないわけだ」
「俺が駒月准教授の夢に出てくるなんて。そんなに想われていたんですね」
「夢に君が出てきたら悪夢だよ。そしたら単位を不可にしてやるからな」
「理不尽!!」
権限の汚さに焦りを感じていると、「着替え終わりました」と、メリーさんの声が聞こえてくる。
おお!! この不情な世界を癒やしてくれるのはメリーさんだけだよ。
試着室のカーテンが開くと、メリーさんは冬用の衣服に身を包んでいた。
トップスはホワイトハイネックセーターにベージュのショートコート。
ボトムスはブラックハイウエストスキニージーンズとメリーさんの細い脚の魅力を底上げしている。
「かわっ(以下同文、同リアクション」
メリーさんは褒められて顔が終始赤いままだが、やはり着替えが楽しいだろうか笑顔が途絶えない。
新しい服を試すべく、早めに試着室のカーテンを閉める。
満足感が高いのは隣に居る残念お姉さんもそうなのだろう。深い溜息を吐き出して仁王立ちポーズに戻る。
「ふぅ……やっぱり美少女は最高だな。話を戻そうか。今回の都市伝説の”メリーさん”が現れたのは飯伏が逸話を知っていたからこそ超常現象として成立しているのさ。君が”メリーさん”として認識しなければ、彼女は只の不法侵入者だからな」
「まあ、背後に立っていたのが中年のオッサンだったら速攻で警察に突き出しているはずですからね」
「そういうことだ。君が都市伝説を信じたからこそメリーさんと会合できた。そして、異常に対抗するべく飯伏がゲロを吐いたからこそ“メリーさん”はルールから外れてしまい、日常と異常が交差する超常現象が始まった。君の思想にある知識がメリーさんを現界させたんだよ。実に研究しがいがある」
やっと理解ができた。だからこそ駒月准教授は協力的だったのか。……メリーさんを着せ替えしたいのが本命の目的だとてっきり勘違いしてた。言ったら”単位不可”の職権ならぬ職剣で両断されそうなのでやめておくけど。
「どちらにしても、メリーさんの未練を満たしてあげないとですね。駒月准教授、今回はありがとうございます。やはり、メリーさんも人形としての記憶があるのか服選びも楽しめているみたいです。こうやって寂しさを解消していけば、メリーさんもいずれ満たされて消失できると思います」
「は? 何を言っているんだ君は? メリーさんに好みの服を着させて私も楽しんでいるだけだが?」
前言撤回。やっぱり、この人の本命はメリーさんを着せ替えたいだけだった。あまりに自由人すぎる。
「ははは!! そんな口に虫が入ったみたいな顔をするんじゃあないよ飯伏。確かにメリーさんを幽霊として捉えて未練を解決してやれば成仏可能と言ったけどな、それは君自身じゃないといけないんだよ」
「俺ですか?」
「そうだとも。君の認知が都市伝説という異常を日常と結びつけた。なら、その結び目を解くのも君自身の思想が必要になる。飯伏が昨日送ったメールには”メリーさんの願いは愛してほしいだそうです”っと書いていたじゃないか。試しにメリーさんへ服でもプレゼントしてみたらどうだね? ゲームみたいに好感度を地道に上げていくのが重要だよ」
肩を揺らしながら意地悪に笑う駒月准教授。真面目から無邪気さまで、スイッチみたいにカチカチと表情が入れ替わる人だな。
だけど、アドバイスについては一理あるかもしれない。メリーさんの”愛してほしい”という未練は彼女自身が”愛された”と認識しないと成立しないからだ。
俺が一方的に彼女を愛するのは簡単だけど、好意の無い相手から向けられる愛なんて気色悪いだけ。ならば、俺自身もメリーさんから愛されないと。
俺は駒月准教授のアドバイス通り、店内を見回して一着の服を手に取るのであった。
◇
「今日はありがとうございました、飯伏さん」
夕日が帰り道を茜色に染める時刻。
俺の数歩前を行くメリーさんが金色の髪を揺らしながらお礼を述べてくれた。
数分前、一通りメリーさんの服を楽しみ……ではなく、購入を終えて、俺たちは帰路についていた。
ちなみに駒月准教授はメリーさん成分を十分に摂取できたのか、会計を済ませると「それじゃあな」っと簡素に告げて足早に姿を消した。お礼が言えなかったので、あとでメールを送っておかないと。
しかし、会計も服選びも駒月准教授がしてくれたので、俺がメリーさんに感謝される理由は何一つとしてない。
「色々とやってくれたのは駒月准教授だよ。俺は呆然と突っ立てていただけだ」
「そんなことはありません。お洋服を買いにいこうと提案してくださいました。駒月さんにも事前に協力をお願いしてくれましたし。それに、この服だって飯伏さんが選んでプレゼントしてくださいました」
彼女はこちらへ振り向くと白い歯をみせるくらいの無垢な顔で微笑んでみせる。
現在、彼女が着ているのはベージュ色のカーディガン。メリーさんが元々着用していた薄手のワンピースだと寒いだろうからと俺がプレゼントしたのだ。満足してもらえたようで安心した。
「私、すごく嬉しいです。新しいお世服ってワクワクします」
「古着だけどね」
「ふふ……古着は慣れっこです。人形時代は捨てるはずの古着をリサイクルしたお手製のお洋服を着ていましたので」
「そっか。それは最強だな」
「はい。お金のかからない女の子なので」
そう告げたメリーさんは体をくるりと回転させて再び前を歩く。
金色に輝く髪が靭やかなに動き、思わず息を忘れてしまうほどだ。
”君の認知が都市伝説という異常を日常と結びつけた”
ふと駒月准教授の言葉を思いだす。
事故に近い形とはいえ、メリーさんがここに居るのは俺が原因でもある。
可能なら彼女の心を満たして成仏させてあげたい。
今日の買い物で楽しそうに笑顔を浮かべるメリーさんを見て、より一層そう思えた。
だとしたら、俺はもっと彼女を知って愛してあげないと。
「メリーさん!!」
「はい、なんでしょうか飯伏さん」
俺の呼びかけにメリーさんは足を止めて、再びこちらを向く。
「次は何をしたい? 俺に出来ることなら何でもするから」
「なんでも……ですか? そうですね、でしたら」
メリーさんは夕日と同じ色の赤面をしながら、微笑む。
「飯伏さんと二人きりでデートがしたいです」
お金はかからない女の子から童貞がかかり気味になる要求をされるのであった。
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