第8話 金髪美少女とデートする
「でえと……? デート?」
10月も中旬に差し掛かり、穏やかな日差しが照らす午後13時。俺はアホみたいに口を半開きにしながら何度も”デート”という単語を繰り返していた。
”飯伏さんと二人きりでデートがしたいです”
メリーさんから提案されたデートのお誘い。
あまりにも火力が強すぎるワードのせいで、ここ数日間は何をしていたのかさっぱり思い出せないでいる。
「はて……? なんで俺は外にいるんだっけ?」
この状況を把握しようと、視界を右へ左へ動かして辺りを見回してみる。
自宅から一番近い最寄り駅前にある見慣れた広場。そこに設置された名前も分からないバンザイをしたようなポーズを取っている銅像の前に一人きりで立っていた。
「思い出せん……」
いかん、いかん、ここに居る理由をしっかりと思い出せ。こういう時は時系列かつ箇条書きで簡素に状況を整理するんだ。紙もペンも無いので脳内で行うしかないけどな。
えっと……。
俺、メリーさんにデートへ誘われる。
俺、流されるまま承諾。
俺、大学の講義もバイトも無い日付をデート日に指定。
よし、ここまで思い出せたぞ。なんか驚きのあまり躊躇なく段取りを進めていたのが凄いけど。
そんでもって、今日がデートの当日なわけだ。じゃあ、俺が一人ぼっちな理由は?
『せっかくのデートなので待ち合わせをしましょう。私は遅れて行きますので』
「可愛いかよ……」
完全に思い出した。
数分ほど前、自宅で”さあ、出かけるぞ”というタイミングでメリーさんが提案してきたのだ。
彼女はデートっぽい雰囲気を味わいたいらしく”待ち合わせ”を所望してきたので、俺が先に出て待っているというわけだ。
一緒に出かければいいのにさ、わざわざ時間をズラして行こうってワクワクしていたんだよ?
一分一秒、余す所無く可愛いが進撃してくるのだが?
Attack Of kawaiiなんだが?
「そう考えると緊張してきたな……」
今頃メリーさんはお出かけの準備中なのだろう。家を出る時、パジャマ姿だったからな。語るまでもないがメリーさんのパジャマ姿も可愛いぞ。付け加えると下着類も購入したが、これは流石に恥ずかしかった。洋服に限らず、下着類も駒月准教授に頼んでおけばよかったな……。
などと、徐々に鮮明になってきた思考回路なのだけれど、その導線はとある要素によって瞬く間に焼ききれる。
「飯伏さん〜お待たせしました〜!!」
んん? 何処からともなく可憐な声が俺の耳へと侵入してきたぞ〜。
うん、まあ……メリーさんの声なんだけどさ。
ああ、分っているさ。俺自身の解像度は俺が一番高いのは存じておりますとも。
デートだぜ? 待ち合わせだよ?
数日前にはお洋服も購入したんだよ?
つまり、俺の瞳がメリーさんを映したらどうなるのか分かり切っているのさ。
あまりの可愛さに膝から崩れ落ちるに違いない。
「どちらにせよ無視はよくないよね、無視は」
覚悟はいいか? 俺は出来ていない。
抗っても、どうせ可愛いさに思考回路がショートする未来が待っているわけだし。
そう考えながら早めに見切りをつけて彼女へと視線を向ける。
まず服装である。
トップスは白いロングブラウスとオーソドックスながら非常に清楚さを彷彿とさせるシンプルながらにして頂点な装い。
ボトムスは紺色のハイアップスカートでふんわりと外側が広がっているタイプであざとさと可愛さが見事にマッチした至高のデザイン。
今日は風が少し冷たいのか、黒タイツを着用しているという合わせ技。非モテ男子共のメンタルをボディブローで殴りつけてくる仕様ときた。
つまるところ童貞を殺す服だ。これ以上でもこれ以下でもないジャスタウェイ《その道を征く》な服装である。
流石は元お人形。金糸雀のような綺麗な金髪と深い海を連想させるエメラルドブルーな青い瞳が完膚なきまでにフィットしている。
それに加えて慎ましやかな胸のおかげで清楚さが際立っているときた。
俺、巨乳派だったけど……改宗致します!!
お清楚最高ぉ!!
そして、高ぶった感情は肉体へと伝播する。俺は両腕をたかだかと上げて、奇遇にも背後に設置されていたバンザイみたいなポーズの銅像と同じポーズを取ってしまった。
「あ、あの……飯伏さん。どうしてバンザイをしているのでしょうか?」
彼女は首をかしげながらバンザイをしてくれる。
人、怪異、銅像。3名(?)が同じポージングになる奇妙な光景が出来上がり。おかげでメンタルが急激に冷える感覚覚える。つまり冷静になったわけ。なんでバンザイしているんだよ、恥ずいわ。
俺は両腕の力を抜いて下へと降ろしてコホンっと咳払いをして、素直な感想をメリーさんへとぶつけた。
「メリーさんの服がとても似合っていて可愛かったもので、ついテンションが上がってしまったんだ」
「そうなんですね。頑張って準備してきたかいがありました……えへへ」
メリーさんは照れくさそうに頬を緩める。
普段の不意打ちの可愛いではなく、今回は可愛いと言ってもらいたくて服装を選んだはずなので純粋に嬉しいのだろう。
そんな笑みも合わせて可愛い×可愛いで二倍増しである。俺の人生……残りの運ってどれくらい残っているんでしょうか?
「数分後にはトラックに轢かれて異世界転生しても不思議じゃないな」
「はい? 異世界?」
「いや、こっちの話だから」
ただでさえ現代可愛い系怪異譚みたいなジャンルなのに、ここで異世界要素いれたらテコ入れを失敗したジャンプ漫画みたいになりかねない。
事故にはしっかりと気をつけて生きていこう。
メリーさんの可愛さに逝ってしまいそうだけど。
「メリーさん、そろそろ行こうか。いつまでも銅像の前に居るわけにもいかないし」
「そうですね。バンザイ像さんを一日眺めていたら日が暮れてしまいますし」
広場にある鑑賞の仕方が不明な銅像の名称がメリーさんよってバンザイ像(仮)に決まった瞬間である。二度とその名前で呼ぶ機会は訪れるか分からないけど。
そして、毒にも薬にもならない雑談もそこそこに俺が駅の改札に向かけて歩き始めると、メリーさんが俺の服の袖をつまんで引き止めてきた。
「メリーさん?」
「えっと、そのですね飯伏さん……」
振り返ると、彼女は口をモゴモゴとすぼませながら、強調するようにスカートの裾をつまんで少しだけ浮かせる。
「もう一度、”可愛い”って褒めてくれませんか?」
「……」
んんっ!! がわい”い”よぉ”!!
これは絶句もんですよぉ。なんだって今日のメリーさんはデートともあり気合は十分。
だとすれば本日の装いもメリーさんが考えたベストオブ”可愛い”お洋服なのだ。
つまり褒められたい気持ちで着用した装備なのである。
ここで彼女の意図を組み取らないのは野暮ってもんよぉ!!
さあ、唾を飲み込んでカラカラになった喉を潤して、良い慣れた可愛いの気持ちを単語にのせようじゃないか、飯伏。
「……デュフ、か、可愛いよ、すごく似合ってて目が合わせられないくらい」
駄目でした。
あまりの緊張に声がどもりすぎてしまった。
ニチャアとかの擬音が似合いすぎる気持ち悪さを作り上げてしまったぞ。
しかし、彼女は俺の気色悪さなんて微塵も気にしていないのか、嬉しそうに胸の前で握りこぶしを両手で作りながら肩を揺らしてみせる。
「やった……えへへ〜」
「ゴフッ……」
か、可憐だ。思わず喉がつまってしまい言葉を失う。これが……語彙を喪失していしまう現象、”尊い”という感情か。
「飯伏さん。気分が悪いのですか?」
「いや、違うんだよメリーさん。ちょっとデートが楽しみすぎて浮かれているだけだから」
「ふふ……そうなんですね。私も飯伏さんとのデートにワクワクしています」
ニッコリと笑顔を返すメリーさん。
あかん……こんなの惚れてしまうやろぉ……。
宣言通り俺の思考回路は可愛さの漏電により見事にショート。軽く意識が飛ぶのであった。
◇
「私も飯伏さんを愛してみたいと思いまして」
電車の座席。隣に座る彼女から放たれた言葉に、よもや困惑しか沸かなかった。
なにせ愛してみたい……だ。突然、金髪美少女の口から吐き出された告白によって意識は現実へと引き戻された。
ん? 俺をアイス?
いやいや、氷菓子じゃあるまいし。
あれよね、愛している……って。
「はい!?」
「飯伏さん。電車の中ですよ、お静かに」
「あ、すみません」
驚愕のあまり思わず大声を出してしまったが迷惑極まりない。平日の午後とはいえ他のお客さんも乗車している。
俺は周囲に謝罪をしつつ軽く会釈をして視線をメリーさんへと戻す。
「ごめん、メリーさん。ちょっと愛とかの強烈なワードが耳に入ったから、つい驚いてしまったんだ」
思った言葉をそのまま口に出しつつ、別の意味でも俺は僅かに驚愕をしていた。
なんでかって? いつの間にか電車に乗っていたからさ。
駅前広場にあるバンザイ銅像の前まで記憶はあるけれど、お洋服を褒めたら嬉しがるメリーさんを見て意識がぶっ飛んだ……はず。
人って可愛いを一定摂取すると考える力が衰えるんだなぁ……。
TPOをわきまえずイチャイチャするバカップルの気持ちが少しだけ分かったきがするよ。
しかし、まあ……愛するねぇ。どういった意図の発言なのか非常に気になるな。
目的地の最寄り駅までは約20分ほど。到着はまだまだ先なので、この興味を惹かれる話をもっと深堀する十分な時間がある。
ふぅ……。俺は一度、呼吸を落ち着かせてからメリーさんに問いかける。
「メリーさんは”愛してほしい”のが願いなのに、俺を愛しても意味がないんじゃ」
「あはは……何も説明なしだと不思議な発言になっちゃいますね。私、考えたんです。愛するってなんだろうなって。ただ単純に愛でてもらうだけで”愛してもらう”の条件を満たせるのでしょうか。それは違うなって思ったんです」
「あ〜なんだか分かるような。メリーさんが人形の頃、持ち主である女の子から愛情を沢山貰ったように、メリーさんも女の子に対して愛情を抱いていたわけか」
「それです。ただ一方的な愛情から生まれるのは無関心だけ。お互いに”愛し合う”からこそ愛が生まれるんじゃないかなって。私の原点も”愛された”からこそ、この娘と仲良くなりたいって気持ちが芽生えて、メリーさんという感情を宿した人形を誕生させたのかもしれません」
そして、最後に捨てられたからこそ”寂しさ”も覚え、都市伝説のメリーさんが誕生したと。
これは言わないのが適切だろう。
彼女自身もそれを自覚しているのか視線を一度落とし、再び目を合わせて笑顔を向けてくれる。
「飯伏さんは私みたいな人とも怪異とも言えない娘に優しくしてくれました。本来なら今すぐにでも追い出すべきなのに住まわせてもらって、お洋服も買って頂いて、感謝しきれないくらい。恩も返済不可の債務者な借金王です」
「だとしたら滞納として差し押さえしないとね」
「……い、飯伏さんが望むなら覚悟は出来ているつもりです」
ペタペタと自身の胸を触るメリーさん。
ヨシッ!! お話の方向がピンク色になりそうだから冗談はここまでしておこうか!!
「メリーさん、電車の中だよ」
「あ、すみません。その、話を戻すとですね、私は飯伏さんを全然知らないなって思ったんです。どうして、この人は私に正体もわからない人に優しくしてくれるんだろう。どうして怖がったりしないんだろうって。だから飯伏さんという人を理解すれば、きっと”愛されている”んだって自覚が芽生えるのかなと考えまして」
「なるほどね。それが”愛してほしい”の願いを満たす条件に繋がると考えたのか。それでデート……か」
「はい。一緒に過ごせば飯伏さんを知れるかなって思ったので。デートというのは、ちょっと憧れがあったので背伸びしちゃいました」
口元を緩ませてユルユルな表情を作り上げるメリーさん。
なるほど〜。大人に憧れる子どもみたいにカッコいい言い回しをしたくて使ったのか〜。
うん、うん。おかげで童貞の俺は勘違いしちゃったよ。知っていたけどさ!! 好意があるかなって浮かれちゃったじゃん!!
ああ、もう。こうなったら俺も子どもになってやる。好きな娘に意地悪しちゃう系の男の子になってやろう。
「でもさ、メリーさんの考えって大事な前提が抜け落ちているよね」
「え?」
「俺がメリーさんを好きじゃないと成り立たないよね」
「あ……それは、そのですね」
ボッと瞬時に顔を赤くするメリーさん。
ぐう可愛い。もっと意地悪したくなってしまう。
「さっきメリーさんは俺を知りたいって言ってたけど、”私を愛してもらえているな”って確信があったんだね。よく俺を知らないのに、そこだけは自信があったのかな」
「ぅぅ……」
「こんな可愛い娘に意識してもらえていただなんて幸せだなぁ」
「意地悪する飯伏さんは……嫌いです」
「俺はメリーさんが好きだけどね」
「……っ~~~~~!!」
唇を噛み締めて悶えるメリーさん。
やべぇ抱きしめてぇ。
邪な気持ちを賢明に抑えながら、俺は現在停車している駅を確認する。
降車駅まで残り10分ほど。行き先は水族館だ。
「楽しみだね、メリーさん」
「知りません……」
「愛される前に嫌われてしまった」
そっぽを向くメリーさん。そんな彼女の薄赤に染まる横顔を見つめながら俺は苦笑するのであった。
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