第23話 メリーさんとのお別れ

『メリーさんの仮装写真を今すぐにくれ。そしたら話を聞いてやる』


「交渉の仕方が自由すぎる……」


 俺は溜め息を一つ漏らした後、メリーさんを起こさないように配慮しつつ、ベランダへと移動する。


 数時間ほど前。メリーさんが怪異としての力を取り戻し、この先どうしようかと悩んでいたタイミングで来た連絡。相手は駒月准教授であった。


 要件を聞くと『メリーさんからの連絡が今日は来なくてな。心配になったから飯伏に連絡した』という経緯らしい。


 そんな俺の知らぬところでメリーさんは駒月准教授と連絡を取り合う仲になってたのかよ……などと別の意味で衝撃ではあったが、今は渡りに舟である。


 俺はスマートフォンを操作してメリーさんの仮装写真を駒月准教授へと送信する。ちなみに単独写真ではなく俺が写っている2ショット写真だ。メリーさん単体の写真は無断で撮った物だし配慮が必要だしね。別に駒月准教授への嫌がらせとかではないから。……ないからね?


 すると数秒ほどして、電話越しから頷く声が漏れてくる。


『うむ、確認した。後で飯伏が映る部分はトリミングしておこう』


「針に糸を通す手が震えないくらいのブレなささですね」


『当たり前だろう。寧ろメリーさんから毎日来る連絡が来なくて手が震えていたよ』


「そういった理由で俺に連絡を寄越してきたわけですか。ある意味、その不安は的中していますよ」


『含みがある言い方だな。詳細を話せ』


 先程までの軽いテンションとは打って変わり、落ち着いた声色へと変わる駒月准教授。どうやら事情を察してくれたらしい。


そして、俺は乾いた喉を唾で潤してから、現状を駒月准教授へと伝えていく。


 今日のハロウィンデートでメリーさんとはぐれたこと。

 『都市伝説』としてのメリーさんから連絡が来たこと。

 それがきっかけとなり彼女が怪異として戻りつつあることを。


 全てを語り終えると、駒月准教授は掠れるほどの小さな溜め息を漏らしてみせる。


『おおよその事情は分かった。それならメリーさんから連絡が来ないのも納得だ』


「おかげで、どうすれば良いか分からない状態でして。駒月准教授の見解をお聞きしたいんです」


『ふむ……私の意見ね。残念ながら飯伏の考えと同じだよ。このまま時間が経過すれば、メリーさんは怪異として目覚め、再び彷徨う亡霊へと戻るだろうな』


「やっぱり、そうですよね。どうすれば……良いのでしょうか?」


 まるで質問にもならない子どもじみた嘆きを駒月准教授へ投げてしまう。だけど、本当は分かっているさ。元々、メリーさんとの同棲生活は事故から始まったみたいなものだ。


それこそ、彼女が戻るまでの間、面倒を見るという一時的なものだったはず。お別れは近いうちに訪れるんだって。


そんな俺の心情を駒月准教授は把握していながらも、遠慮なく事実を伝えてくれる。


『辛いかもしれないが、私には手段は分からないよ。そもそも”怪異”についての倒し方や消滅させる方法を相談してきたのはお前自身だろう』


「それは、そうですけど。ですが……」


『情が移ったわけか。まあ、メリーさんかららの連絡で察してはいたがな。彼女が語る内容は飯伏についてばかりだったし。それだけ、お前が大切に接してやったのは分かるさ。別れたくない気持ちも共感出来る。……だが、それでお前は本当に良いのか?』


「え?」


 何を言っているのだろうか。メリーさんと一緒に居られるならば、それで良いじゃないか。


 困惑して返事をせずにいると、駒月准教授は言葉を続ける。


『お前はメリーさんの幸せを第一に考えているのだろう? 彼女が再び怪異になるのは良しとしないのだろう?』


「もちろん、そうに決まってます。だから、メリーさんが留まっていられるような方法がないかを必要としているんです」


『それがメリーさんにとっての真の幸福なのかと問うているんだよ。お前に初めて相談を持ちかけられた時に私は伝えたはずだ。メリーさんが消失する条件は怪異としてのルールから外れてしまったのを元のレールへと戻す方法。そして、もう一つは幽霊や魂として彼女にある未練を解決してやる方法』


「あ……」


 そこまで説明されると、俺は自然と呆けた声を漏らしてしまう。そうか、メリーさんが消えていないのは……。


「彼女にとっての未練……この生活に寂しさや恐怖が残っているんだ」


『そういうことだ。彼女にとって最大の幸せを1番に考えるのなら、それらの感情を全て拭いさってあげないといけない。どちらにしても、メリーさんが怪異としての力を取り戻しつつあるんだ。このまま放置していれば、いずれは都市伝説としてのメリーさんになるだろうさ。なら、飯伏に残された選択は“どの様なお別れをするか”……それだけだ』


 全てを告げると駒月准教授は口を閉ざしてしまう。どうやら全てを伝えきったみたいだ。


 だとしたら、あとは俺が答えを導くだけ。いや……既に決まっているか。


「駒月准教授、ありがとうございます。おかげで俺のすべき行動が分かった気がします」


 元々、この物語の結末は失われるのが決まっていたんだ。だとすれば、愛する人との最後は幸福で満ち足りたものであってほしい。


 俺はひと呼吸おいて、決意を固めるのであった。


「明日、メリーさんを成仏させます」



「真宏さん、おかえりなさい」


 帰宅した俺をメリーさんは不安げな表情を携えながら出迎えてくれる。


 駒月准教授と話をした翌日。俺はいつもと変わらず大学へと行き、講義を終えた後は少し寄り道をして帰宅した。なぜ寄り道したかというと、メリーさんとお別れに必要な物を購入するためだ。


 おかげで彼女とのお別れの準備は整った。だけど、今のメリーさんは俺の胸中など知らず、自分は今も存在しているのを確かめるように抱きついてくる。


「私……まだ、居ますよね? 見えていますよね?」


 その小さな身体を震えさせながらメリーさんは問いかけてくる。とても尊くて、可愛くて……思わず大丈夫だよ、ずっと一緒だよと甘い言葉をかけてあげたくなってしまう。


だけど、一時的な逃避にしかならないのは事実。決めただろうが……メリーさんには幸せな気持ちのまま、お別れをしようって。


 荒れ狂うような心に杭を打ち込み、己の甘さを圧し殺す。

そして、メリーさんの両肩を優しく掴んで、そっと引き剥がした。


「メリーさん、少しだけ話をしたいんだけど、いいかな?」


「お話……ですか」


 普段と違う俺の雰囲気からメリーさんは察したのだろう。まるで子どもが駄々をこねるみたいに首を左右に必死に降る。


「いやです。聞きたくありません。だって……私は、ここに居ます。真宏さんと触れ合えています」


 すると、メリーさんが俺の右手を握りしめて、自身の右頬へと触れさせてくれる。

柔らかな彼女の肌が……温かさが俺の手のひらにじんわりと広がっていく。それは、彼女が今もこの世界に存在している確固たる証拠だ。


 そして、メリーさん自身も自分は『都市伝説としてのメリーさん』ではなく、『飯伏真宏を愛するメリーさん』だと証明したいのか、俺が今までプレゼントした物を身につけている。


 初めて洋服を買いにお出かけした時に俺が選んであげたベージュ色のカーディガン。

水族館にデート行った時に購入したイルカの装飾がついたネックレス。


 それが、より一層、メリーさんの中にある自我が消えかかっているのだと強調しているようにみえて仕方がなかった。


 ごめんね、メリーさん。寂しい思いをさせて。

 もう、終わりにしよう。


「メリーさん、少しだけ失礼するよ」


 そう告げると、俺は彼女の肩を掴み、玄関から居間へと移動させる。そして、とある位置に立たせた。


「覚えているかい、メリーさん?」


 俺の問いかけにメリーさんはキョトンとした顔をみせる。まあ、忘れてしまっているのも無理はないか。


「メリーさんが立っている位置。そこは、俺が初めてメリーさんを見た場所なんだ」


「あ……」


 彼女も気づいたのか口もとを手で抑えて、大きな青い瞳を見開いた。

そこはパソコンが設置された机の隣。俺がゲロを吐き出し、彼女が水を差し出してくれた場所だ。


 だからね、お別れも始まりの場所で行うべきだと思ったんだ。


 そして、俺はジャケットのポケットに入れていた小さな箱を取り出す。


 これが君に最後にあげるプレゼント。

 メリーさんを幸福にさせる為に準備したもの。


 その小さな箱の蓋を開けながら、この世で最も愛する人に告げる。



「俺と結婚して下さい」



 飾りげのない言葉と共にメリーさんへ差し出したのは結婚指輪。万が一の時に備えてバイト代を貯めていたけれど、このような形で役立て良かった。


 そして、俺のプロポーズの言葉に、メリーさんは瞬きを何度もしながら青い瞳を見え隠れさせる。


「あの……真宏さん、どうして?」


「言ってたでしょ? 私を愛してくださいって。だから考えたんだ。どうしたら、メリーさんを心の底から愛せるんだろうと。どれだけ愛されたとしても、メリーさんは一度、捨てられた過去がある。一時的な幸せを得ても”また捨てられてしまうんじゃないだろうか?”と、どうしても考えてしまう。だから、いつまでも寂しさや恐怖は消えない」


「もしかして……」


 メリーさんも俺の考えが分かったみたいだ。俺は深く頷いてから言葉を続ける。


「うん。だからこそ、メリーさんと結婚しようって考えに至ったんだ。一人ぼっちの寂しさも捨てられてしまう恐怖も。そんな問題は夫婦になれば問題ないでしょ?」


 そのままメリーさんの左手に触れて、薬指に指輪を通す。すると、メリーさんは指輪を見つめながら、溺れそうになるくらいの青い青い瞳から涙を零していく。それは、何度拭っても止めどなく溢れ出てくる。


「あはは……ははは……真宏さん、私……」


 メリーさんは泣きながら笑い声漏らしていく。そして、涙を落ち着かせた後、満ち足りた笑みを浮かべながら答えてくれる。



「今、とっても幸せです。いつまでも……一生一緒に居て下さい、真宏さん!!」



 メリーさんの声が耳に届き、まばたきをした刹那。俺の眼の前から最愛の人が姿を消していた。

残るのは、俺の肉体が一つだけ。


 そうして、俺は自分用の結婚指輪を薬指をつけて、ポツリと呟くのであった。


「ああ、いつまでも一緒だよ、メリーさん」

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