最終話 もしもし、私、メリーさん これからも貴方の隣を歩き続けるの

「……以上が、メリーさんとの最後です」


 メリーさんが消失してから数日後。

心の整理がついた俺は駒月准教授の研究室へと訪れていた。メリーさんについて色々と相談に乗ってくれたので、報告とお礼を兼ねての訪問だ。


 そして、俺がメリーさんの消失についての全てを語り終えると、駒月准教授はブラックコーヒーを一口喉へと通した後、口を開く。


「なるほど、お前の薬指につけた指輪が答えか。しかし、結婚とはねぇ……。確かに生涯を誓いあう契約ではあるし、捨てられた経緯があるメリーさんにしてみれば、この世の未練が無くなるほどの幸福だな」


「はい。駒月准教授の電話のおかげです。偶然とはいえ、駒月准教授の言葉がなければ、メリーさんは怪異としての力を取り戻して、都市伝説として再び彷徨い続けていたと思います」


「私は何もしてないさ。あくまで、仮説を述べただけにすぎない。答えと行動を起こしたのは飯伏自身だ。おかげで、彼女は幸せな気持ちで、この世を去れたのだろう?」


「そう……ですね。そうだとしたら、俺も嬉しいです」


 薬指につけた指輪をそっと撫でながら答えると、駒月准教授は「逆にお前の不幸せは続きそうだな」っと、軽く笑ってみせる。容赦がない人だ。だけど、今はこの軽さがありがたい。


 俺は改めてお礼を告げながら頭を下げる。


「今までありがとうございました。おかげで、メリーさんは幸せな最後を迎えられたと思います」


「気にする必要はないさ。私も美少女とやり取り出来て楽しかった……ではなく、見識を広められたからな。メリーさんについてを論文にするつもりは無いが、次の研究の糧とさせてもらうよ」


「少しばかりでもお役に立てたのなら本望です。また、何か機会がありましたら、今度は普通の学生としてお伺いさせて頂きますね」


「ああ、楽しみにしておくよ。あと、傷心しすぎて、私の講義はサボるなよ。なんだったら、私がベッドの上で慰めてやろうか?」


 俺と寝るつもりなんてないくせに。ニタニタと茶化す駒月准教授に俺は指輪をみせつけながら返答するのであった。


「既婚者ですので遠慮しておきます。俺が愛しているのは妻だけですので」



「はぁ……鍋が食べたい」


 思わず呟いてしまうのは、外が寒いせいなのだろうか。


数時間ほど前、大学で駒月准教授との話を終えた後、俺はアルバイトに向かった。

残念ながら、どんなに俺の心が荒れていたとしても、世界は回り続けるし、個人の事情に世間は合わせてくれない。


 そうして、気落ちはしていたものの、普段通りアルバイトをこなし終えて、現在は帰路についている最中である。

どうやら、今夜は風が強いらしい。最寄り駅から自宅への道を歩きながら身震いをしてしまう。季節は11月だし、夜風は肌を突き刺すような寒さで痛くて辛い。


 そのような寒さを誤魔化すように、独り言を漏らしてみせる。


「夕飯、何しようかな」


 今までだったら、面倒になってしまったらカップ麺とか適当な物を食べていた。だけど、ここ数ヶ月はメリーさんの手料理を食べていたせいで、インスタントの味さえ思い出せずにいる。


「寒い……」


 思わず吐き出した言葉は肉体ではなく、心のせいかもしれない。


 彼女の黄昏の畑になびくような金色の髪も、青い瞳も、抱きしめた時に感じ取れた温もりも。今でも鮮明に思い出せる。それこそ、メリーさんと過ごした夜の時間は何よりも満たされていた。


「あはは……一人残された俺が寂しくなっているよ」


 視線を斜め上へと移して、夜空を眺めるふりをしながら涙をグッと堪える。


 泣いている場合じゃないだろうけど、やっぱり寂しいよ。これがフラレたとかならキッパリと諦められたってのに。

それこそ、未練がましくて情けないな。


 瞳に溜まった雫を親指で軽く拭い、再び足を進め始める。しばらくは女々しくて辛いよと嘆く期間だな。


 そうして、自身の情けないメンタルを嘲笑しながら自宅玄関扉前へと辿りつく。後は家に上がって、風呂入って飯を食べれば、明日も大学とバイト……いつも通りの日常が待ちわびている。


 そんな考えをしながら、バックから自宅の鍵を取り出そうとした瞬間、スマートフォンから着信音が鳴り響く。


 全く、こんな時間帯に誰だ? 


 さしずめ、友人がレポートが間に合わないとヘルプ要請の電話だろう。御生憎様、ここ数日は俺は傷心のせいで大学をサボっていたのでね。レポートも未来も真っ白なんだよ、HAHAHA!!


「……なんて、笑ってないで早く電話に出ろってな」


 セルフツッコミをしつつ、スマートフォンを起動して画面を確認すると『非通知』という単語が目に入る。


 なんだ、悪戯の類か……。疲れているのに勘弁してくれよ。


 それこそ、普段なら見知らぬ電話だと思い、スルーしていただろう。だけど、今の俺は傷心中の身。詐欺でも冷やかしでもいいから、誰かの声を聞きたい気分だった。いっそ詐欺電話を経験してみるのもいいかもな。


 そのような自暴自棄に近い感情を携えながら、通話アイコンをタッチする。


「もしもし?」


 すると、スピーカーから漏れ聞こえてきたのは、いかにも怪しい詐欺師の声……などではなかった。いや、この声は……。


『もしもし、私、メリーさん。今、駅に居るの』


 その言葉を一方的に伝えて、通話が切れる。

 待て? どうして?

 心音が跳ね上がる。さっきまで寒さに震えていた体が熱を帯び始める。


 一体、何が起こっているんだ。だって、あの娘は確かに……。


 脳への処理が追いつかないまま、再び着信音が鳴り響く。

 すかさず俺は通話に応じる。


「もしもし!!」


『もしもし、私、メリーさん。今、スーパーマーケットの前に居るの』


「……っ!?」


 そして、俺が口を開く前に通話が切れてしまう。


 間違いない。この声は……メリーさんのだ。


 でも、彼女は成仏したはずでは? まさか、都市伝説のメリーさんとして連絡が来ているのか?


 まるで沸騰したヤカンのように感情が抑えきれず、俺は一目散に近所のスーパーに向けて走りだす。


 なんだっていい。とにかく、この目で確かめないと!!


「メリーさん……メリーさん!!」


 そうして、スーパーの前へと辿り着き、俺は彼女の名前を叫ぶ。既に時刻は夜の11時を回っており、スーパーはシャッターが降りており、人影は見当たらない。


「人恋しすぎて、とうとう頭がイカれちまったか」


 そうだとしたら、もはや精神疾患である。いや、そもそもメリーさんとの同棲事態が幻覚だったのかもな。

だけれど、「君は正常だ」と言わんばかりに、着信音が鳴り響く。画面には『非通知』の文字。


 今までの法則からして、次に彼女が居る位置は……。

 俺は唾を飲み込み、乾いた喉を潤した後、通話ボタンをタッチする。


『もしもし、私、メリーさん、今、貴方の後ろに居るの』


 それを聞いた瞬間、俺はすぐさま後ろへと振り返る。万が一、この電話の主が都市伝説のメリーさんだとしても構わない。そのまま死んでしまったとしても本望だ。


 だから……もう一度、メリーさんに会いたい!!


 そのように願いつつ、俺の瞳は彼女を捉える。

 数メートル先。一人の華奢な女の子が佇んでいた。

 残念ながら、その姿を見ても絶命も気絶する気配も訪れない。


 彼女は金髪の髪をなびかせ、青い瞳はとても綺麗で。そして、顔の右上に火傷痕がある。

それだけじゃない。


 上着はベージュ色のカーディガン。

 首にはイルカの装飾がついたネックレス。

 薬指にあるのは、俺の薬指にはめてあるのと同じ種類の結婚指輪。


 間違いなく、数日前に俺がお別れを告げた……数ヶ月、同棲したメリーさんの姿がそこにあった。


「真宏さん!!」


 もはや通話は不要。彼女は大きな声を張り上げながら走り出し、飛びつくように俺を抱きしめてくる。


 その小さくて華奢な体と温もり。忘れるはずもない。間違いなく、メリーさんだ。


「メリーさん、成仏したはずじゃ……」


「はい、あの時、私は確かに心が満たされて、この世から消失しました。ですが、その後に、暗闇の中でぼんやりと意識は残っていたんです。ああ、このまま私は消えちゃうんじゃないかって思ったくらい。ですが、ふと考えてしまったんです。もう、真宏さんと二度と会えないんだなって。そしたら、とても寂しく感じてしまって……」


「まさか……また未練が生まれてしまったから」


 どうやら予想は的中していたらしく、メリーさんは頬を赤らめながら恥ずかしそうに笑ってみせる。


「気づいたら、真宏さんに連絡をしていました。それで、真宏さんの姿を見た瞬間、意識が急にハッキリしたんです。どうやら、私の寂しさは永遠に埋まらないみたいですね」


「あはは……そっか。そっかぁ」


 なんだよ、それ。それじゃあ、彼女は永遠に怪異としてのルールから外れたままじゃないか。


 ああ、でも……とても嬉しいな。また、君と一緒に居れる。


 おかげで、安心したせいなのか、先程まで走っていた汗が冷えたせいなのか、思わずくしゃみが出てしまう。


「クシュン!!」


「真宏さん、風邪ですか?」


「いや、さっきまで走っていたせいかも。でも、このままだと本当に風邪を引いてしまうかも。夕飯もまだ食べていないし……」


「ふふ……でしたら、私がお夕飯を作ってあげます。何が食べたいですか?」


「鍋かな。メリーさんが初めて作ってくれたのも鍋だったし」


「承知致しました。それでは、帰りましょう、真宏さん」


 すると、彼女は手を差し伸べてくれる。その手を俺は今度こそ話さないようにしっかりと握りしめた。


「一緒に帰ろう、メリーさん」


 そうして、俺達は手を繋ぎながら家へと向けて歩き出す。

奇妙で、不思議で、それでも幸福に満ち溢れた生活。これからも、この先も、不変で尊い日々を過ごしていけたらいいなと思う。


 そんな考えを巡らせていると、メリーさんがポツリと独り言みたいに呟いてみせる。


「もしもし、私、メリーさん。今、貴方の隣に居られて幸せです」


 そう告げながら、彼女は悪戯っぽく微笑むのであった。



――――――――――――――――


【あとがき】


完結となります。最後まで読んで頂きありがとうございました。

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なにとぞ、よろしくお願い致します


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自宅に突如現れた幽霊らしき金髪美少女が中々消失しないのでとりあえず同棲生活を始めた話 〜どうやら彼女は都市伝説”後ろのメリーさん”らしい ジェネビーバー @yaeyama

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