第22話 彼女とハロウィンデート③
「メリーさん!!」
俺はバンザイ像の前に居る彼女の姿を見つけたと同時に名前を叫んだ。
数分前、”都市伝説”のメリーさんから連絡が来て、『もしもし、私、メリーさん。今、バンザイ像の前に居るの』と、居場所を告げてきた。いきなりの電話に驚きはあったが、間違いなくメリーさんが助けを呼んでいたのは間違いない。
そう考え、俺は迷いなくバンザイ像へと向かうと、そこには金色の髪を携えた少女と……見知らぬ男がメリーさんを何処かへ連れ出そうとしていたのだ。
ひと目見た瞬間に、すぐさま状況は理解出来た。いわゆるナンパの類にメリーさんは巻き込まれたのだろう。怖い思いをさせてしまってごめん、メリーさん。
そのまま、俺はナンパ男へと近づき肩を掴むとメリーさんから引き剥がす。案の定というか予想通りというか、ナンパ男は横槍を入れられて俺を睨みつけてくる。
「何? アンタ誰?」
「俺はこの娘の彼氏です」
「だからって随分と乱暴じゃん? 俺、この娘に道案内をしてあげようとしただけなんだけど。アンタが無理やり離したせいで肩も痛いし。これ、折れたわ。慰謝料が必要だよね」
ナンパ男は先程までの軽い口調から威圧感を携えた声色へとトーンを変貌させていく。随分とテンプレじみた脅し文句だな。この手の輩は下手に謙ると調子づくだろうし、無視してささっと退却するのが最善だろう。
「行こう、メリーさん」
俺はメリーさんの手を握り、その場を後にしようとすると、ナンパ男が俺の肩を掴んで引き止めてきた。折れてたんじゃないのかよ。
「待てよ。アンタと話がついていないんだけど。俺の肩に怪我をさせたんだから、お返しくらいならゆるされるよなぁ!?」
そう告げるナンパ男の手に力が入る。まあ、見逃してくれるはずもないよな。眼前の男はプライドを傷つけられたまま引き下がるわけはないだろうし。
となると、困ったな。
残念ながら、俺の肉体は平凡どころか平均以下の能力しか携えていない。このまま相手が暴力を行使してきたら勝ち目はないし、なによりメリーさんにバイオレンスな場面をお見せするわけにもいかない。
平和第一、これ大事。
そうなると話し合いで解決の手段なのだけれど……。
「無視してんじゃねぇ!!」
ナンパ男の表情をチラリと除くと肌表面が真っ赤に染められている。メチャクチャ怒ってらっしゃるな。それと、息にアルコールの匂いが混ざっている。酔っている状態でかつ自尊心も高そうな性格。話し合いは到底無理そうだ。
こうなると、取れる手段は一つだけだな。
俺はメリーさんにこっそりと耳打ちをする。
「メリーさん、すぐに走れる体制を整えておいて」
「あの……真宏さん。それって?」
「大丈夫だから。俺を信じて」
そう告げて微笑むと、メリーさんは怯えた表情をみせながらもコクリと小さく頷いてくれた。
さて……後は実行に移すだけだけど、最後に一点だけ確認する事項があるな。
俺はナンパ男に向かって振り向くと、質問を投げかける。
「アンタ、酔った時の記憶って忘れるタイプか?」
「ああ!? それが何と関係あんだよっ!!」
「いいから、教えてくれよ。そしたら、慰謝料の代わりの物をあげるからさ」
「よく、わかんねぇが……酔っ払う時は忘れるくらいに飲むのが俺の流儀だぁ!!」
OK、分かった。これで遠慮なく実行出来るな。今日の出来事を覚えていて逆恨みされる心配もないわけだ。
「答えてくれて、ありがとう。それじゃあ、慰謝料の代わりをあげようか」
そう告げて、俺は人差し指を立てる。その奇妙な行動にナンパ男もメリーさんもキョトン顔。これから何をするかと疑問に思っているだろう。
俺の隣には都市伝説のヤベー奴。眼前には酔っ払いナンパ男のヤベー奴。
ならば、取る行動は一つだけ。
「やべーのには、やべーのをぶつけるんだよ!!」
そのまま、俺は人差し指を喉へと突っ込む。次に訪れたのは吐き気。先程までメリーさんと食べ歩きをしていたせいで、胃の中は栄養素がたんまりと残っている。この条件で何が起こるかは、お分かり頂けただろう。
「おええええええ」
気持ち悪さに包まれた俺は胃液と共に栄養素が含まれた嘔吐物をぶちまけた。そうなると、誰しもが動揺で同様なリアクションをするのは至極当然でして……。
「ぎゃあああああああ!!」
「きゃあああああああ!!」
ナンパ男とメリーさんの叫び声がクロスオーバーする。もう、それはそれは大層でご立派な黄色い声と野太い声。此の世で最も汚いアンサンブルが完成し、海をも超えそうな聖者たちのレクイエムとしてハロウィンの賑やかな夜空へと響鳴する。
「なんだ?」
「トラブル?」
そうなると、人々の目線は一斉に俺たちへと向けられる。ヨシッ、今だ!!
「走るよ、メリーさん!!」
「ええっ!?」
驚愕したままの彼女を抱きかかえるように掴んで、俺は走り出す。そして、人混みの中へとすぐさま身を投じる。これで追ってはこれまい。
まあ、眼の前でゲロを吐かれて咄嗟に動ける人間なんていないだろうけどさ。
そして、目論見通り、ギャラリーは事態を良いように解釈してくれる。
「なにかあったん?」
「なんかゲロ吐いた人が居たんだって」
「なんだ、ただの飲み過ぎか~」
顔が真っ赤な男と周囲に撒き散らされたゲロの状況から、傍から見れば酔った男が吐いたのだと勘違いしてくれる。
実際には俺の吐瀉物ではあるけれどね。嫌がる女の子を無理やり連れ出そうとしたから、おあいこという事で。
そうして、未だに驚いた表情のままのメリーさんを引き連れて、自宅へと戻るのであった。
◇
「お茶でも飲む?」
俺はメリーさんに問いかけるが、彼女は下を俯いたまま口を閉ざしたままだった。
トラブルはあったものの、無事に自宅へと到着。残念ながらハロウィンデートは強制的に終わりを迎えてしまった。
事故とはいえ、俺がメリーさんの手をしっかり握っていれば事件は起きなかったはずなのに。
俺は彼女に向けて軽く頭を下げる。
「はぐれちゃって、ごめん。メリーさんには怖い思いをさせてしまった」
「…………」
「お詫びは出来ないけど、来年は人の多さに気をつけるから……」
「来年は来ないんです!!」
「……っ!?」
メリーさん普段の雰囲気に似つかわしくない大きな声に思わず言葉が詰まってしまう。すると、驚かせてしまったのが申し訳なかったのかメリーさんは「ごめんなさい」と弱々しい声を震わせながら目線を下へと落とす。
一体、何が……いや、理由は分かりきっているか。
「メリーさん、もしかして……力が戻ったの?」
俺が質問を投げかけると、彼女はゆっくりと頷いてみせる。
どうやら予想は的中したみたいだ。それも最悪の意味で……だ。
簡潔に説明するなら、メリーさんは怪異としての力を取り戻しつつある。
それが彼女が声を荒げた理由だ。
それこそ、確証とまではいかないけど、数時間ほど前に起きた奇妙な現象だけでも十分な証拠とも言えるだろう。
『もしもし、私、メリーさん。今、バンザイ像の前に居るの』
俺のスマートフォンから鳴り響いたメリーさんの居場所を知らせる電話。連絡手段を持たないはずの彼女から来た電話は間違いなく『都市伝説』としてのメリーさんから来た連絡であった。
それは、メリーさんも気付いているのだろう。彼女は自身を抱きしめるようにうずくまり、今にも泣き出しそうな声を漏らしてみせる。
「あの時、真宏さんとはぐれてしまって、とても寂しくて……怖かった。加えて、男の人に絡まれて連れてかれそうになった時に感じたんです。真宏さん、怖いですって。そしたら、私の中にある恐怖と寂しさが一気に増幅するのを覚えて……」
「怪異としての力が目覚めて、俺の所に連絡が来たわけか」
メリーさんは何も言い返さず、涙をポロポロと流し始める。どうやら、俺の言葉は当たりらしい。
考え過ぎだよ……なんて根拠のない単語は意味を成さない。ただ、判明している事実は一つだけ。彼女との『お別れ』が近づいているという現実だ。
それこそ、メリーさんが怪異としての力を取り戻してしまえば、再び『都市伝説』の役割を果たす為に彷徨う亡霊になる。それは、俺の前から姿を消してしまうという意味だ。
動揺する気持ちを抑えるように力強く握り拳を作りあげる。じんわりと広がっていくのは手のひらの痛み。だけど、こんな痛さはメリーさんの心にある痛みと比べればなんてことは無い。
ただ、無力な俺が出来るのは一時的な現実逃避をさせてあげるだけだ。
俺はメリーさんの頬から落ちる雫を拭い、優しく抱擁してあげる。
「俺はここに居るよ。いつまで、ずっと一緒だ」
そんな気休めにもならない言葉を述べながら、彼女の背中をポンポンと軽く叩いていく。まるで泣く子どもをあやすように。
「いや……いやです、真宏さんと…はなれたくない」
メリーさんは弱々しく抱き返してくれる。その体は震えていて、寂しさと恐怖を俺の肌を通して伝心していく。
「…………」
只々、何も出来ない自分が恨めしく感じた。それこそ、目の前で最愛の人が恐怖に怯えているのに抱きしめてあげるしか出来ないのだから。
今日は疲れたからもう寝よう……その言葉さえも今のメリーさんには恐怖でしかない。瞳を閉じて眠りについたら、自我が消失してしまうのではないか?と考えてしまうのだろう。
「メリーさん……」
それでも、今の彼女は都市伝説じゃない、俺の最愛の人であるメリーさんなのだ。疲れきった彼女を起こしたままにするわけにはいかない。
なるべく自身の感情を悟られぬように笑顔を作り、メリーさんを抱きかかえてベッドに寝かせる。
「真宏さん……」
「安心して。俺はちゃんと居るから」
寂しげな瞳で見つめるメリーさん。その恐怖を和らげるように、彼女の手をしっかりと握りしめる。
この手を離してしまえば、彼女の魂は何処かへ行ってしまうのだろうか。
脳裏に響く言葉を必死にかき消し、俺はメリーさんの姿をいつまでも瞳に映し続ける。
しばらくして、彼女の手から力が抜けていく。同時に小さな寝息が聞こえてきた。
「お休み、メリーさん」
今も尚、そこに存在し続ける彼女にお休みの挨拶をして、そっと手を離す。
「怖いな……」
自然と言葉が漏れ出てしまう。本当は弱音を吐いている場合じゃない。だけど、つい最近まで普通の大学生をしていた自分に何が出来るというのだろうか。
そのような無力感に苛まれていると、テーブルに乗せたスマートフォンから着信音が鳴り響く。
一体、誰から? メリーさんの安眠を妨げないでくれ。
いけないな。こんな着信だけで苛立ちを感じてしまうなんて。わざわざ夜に電話を掛けてきたのだから至急かもしれないし。
ざわつく心を鎮める為に、深く酸素を出し入れしてから、スマートフォンの画面を覗き込む。
「もしかして、この人なら……」
その着信者の名前を見て、助け舟だと
思わずにはいられなかった。それこそ、タイミングが良すぎて幽霊が都合よく出てくるホラー映画みたいで震えてしまうくらいに。
だとしたら、相談しない手は無い。俺達の事情を知る唯一の人物なのだから。
すぐさま通話アイコンをタッチして通話に応じる。すると……
『出るのが遅い!! そんなんだからお前は童貞のままなんだぞ!!』
「開口一番がそれですか……」
あまりのブレなささに呆れてしまうが、このふざけた感じが今はありがたい。
さて、改めて要件を聞いて、俺の悩みを……メリーさんの抱える問題を話してみよう。
俺は咳払いを一度して、電話先の相手に問いかけるのであった。
「要件は何ですか、駒月准教授?」
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