第21話 彼女とハロウィンデート②

「真宏さん、どこですか……」


 もしもし、私、メリーさん。今、私は……どこにいるのでしょうか?

首をキョロキョロと動かしてみても、人だらけで真宏さんは見当たりません。


 つい数分ほど前。真宏さんが通行人の方とぶつかってしまい、その衝撃で握っていた手が離れてしまいました。


そしたら、人の流れに飲み込まれてしまい、現在位置も分からない所まで運ばれてしまい離れ離れに……。なんとか建物の壁際まで避難しましたが、悪い状況であるのは変わりません。


「電波は……ありませんよね」


 すぐさま真宏さんに連絡をしないと思い、電子端末を取り出しますが、残念ながら野外だとwifiが無いので使えないみたいです。どの電波も南京錠アイコンがついており、接続は難しそう。どうしましょう。


「せめて、現在位置でも把握しておかないと」


 そう決意して、辺りを見渡しますが、目に入るのはカラフルな装飾の屋台や展示物、仮装をした人達ばかり。

見慣れた駅周辺も、今日ばかりは装いが違うせいで場所の特定が難しいです。


 せめて、何か一つだけでも分かる物があればいいのですが……。助けが呼べない状態に恐怖を感じていると、視界に一つだけ覚えのある”物”が見えます。


「あれは、バンザイしている人の像」


 人混みとハロウィンの展示物によって見づらいですが、ちょうど銅像の先端部分である手のひらだけ見えます。

見間違えるはずありません。なにせ、真宏さんと初めて水族館デートに行った時の待ち合わせ場所だったのですから。


「ここに居るよりは、マシですよね」


 真宏さんも私との連絡手段が無いのは知っていますし、主要な場所を探してくれているはず。

だとしたら、バンザイ像の前で待っていたほうが真宏さんも見つけやすいと思います。


 すがる希望が見えた私は早速、人混みを縫うように進みながらバンザイ像の前まで移動する。

幸い、屋台が立ち並び盛況なメインストリートから外れていた場所なので人気はなく落ち着けそう。私は空いていたベンチに腰掛けて一息つきます。


「一人ぼっちは、こんなにも怖いのですね」


 銅像を眺めながら、私はポツリと呟きます。それこそ、真宏さんが大学やアルバイトで外出している時も家で一人きりでしたが、あくまでお留守番でしたので寂しくはありませんでした。今みたいに本当の意味で離れ離れになったのは初めてかもしれません。


 いいえ……それも違いますね。

 この気持ちは、私がずっと抱えていたもの。


「あはは、思い出しました。私、寂しかったのではなくて、怖かったんだ」


 顔の火傷跡にふれながら目を閉じる。ずっと、怖かった。愛してくれた女の子に忘れ去られ、捨てられて、焼却されていく時に感じた感情。


 それは、恐怖。


 寂しさよりも、怖かった。このまま、私の人生は一人ぼっちで終わってしまうのかと強く強く考えてしまうくらいに。

そんな想いを抱いていたら、いつの間にか、彷徨う亡霊となっていたんです。


「まさか、真宏さんに救って頂けるだなんて思いもよりませんでしたけど」


 彼が吐いてしまい、私は怪異としてのルールから外れてしまった。考えてみれば当たり前ですよね。眼の前で吐いてしまった人がいたら、怖さなんて忘れて心配しちゃいますから。


「真宏さんに会いたいな」


 そんな言葉が自然と漏れ出てしまいます。真宏さんと恋仲になり、一人の女性として愛してもらい、私の中での寂しさは消えてなくなりました。これで私の願いは成就して、消えてしまうのだろう……なんて覚悟したくらいです。ですが、彼に抱いて頂いた翌朝、私の体は消えてはいませんでした。


その時は純粋に嬉しくて深く考えないようにしていましたが、今にして思えば答えは簡単です。


 私が消えるための条件は”寂しさ”と”怖さ”を失くすことなのだから。


 そして、今現在、私にある恐怖は徐々に薄まってきている。おそらく、真宏さんを知れば知るほど安心して、最後まで私を捨てないでいてくれると信頼が積み重なっているからなのだと思います。


彼と過ごせる時間も残り僅か。だから、今の一分一秒がとても大切なんです。

でも、今は待つしかありませんね。


 連絡手段を持たない無力な私はベンチに座りながら真宏さんが来るのを待ちわびる。

すると、とある男性の声が耳に届きます。


「あれ? お姉さん、一人?」


 残念ながら、真宏さんの声ではありません。どこか飄々として軽い口調。顔を上げると、大学生くらいの男性が私に声をかけてきたみたいです。髪は茶髪に染め、格好もジャケットに質感のよいチノパンツコーデと落ち着いた雰囲気をまとっています。表情も白い歯をみせながら明るい笑顔を作っており、パッと見た印象は軽めな立ち振舞の青年といった印象です。ですが、目線は私の足や胸元などに向けられており卑しさに溢れています。


 いわゆるナンパと呼ばれる部類の人なのでしょう。明らかに親切心から声をかけたわけではないと分かります。それに、私には真宏さんという彼氏がいますので。お兄さんには申し訳ありませんが無視させて頂きます。


「あれ〜、お姉さんだよ、金髪の君」


「……」


「もしかして迷子かな? スマホのバッテリーが切れたなら、モバイルバッテリー貸してあげるけど」


「……」


 私が無視を決め込んでもお構いなし。そのままナンパの人は探るように私にしつこく声をかけてきます。意外と粘り強いですが、ここは我慢です。


 そうして、口説き言葉を右から左へと受け流していきますが、とあるワードに思わず動揺してしまいます。


「もしかして、誰かと逸れた感じ?」


「……っ」


「おっ!? 当たりか〜。まあ、人混みも多いからね。そうだ、お姉さんの探している人、俺達も一緒に探してあげるよ。ほら、行こう」


 すると、男の人は無理やり私の手を取り、強引に立ち上がらせようとしてきます。


「いえ、結構ですので!!」


 流石に黙秘を続けるのは難しくなり、抵抗してみせますが、逆に相手は離さまいと手を握る力を強くしてきます。

痛い……。


「いいじゃん。別に人探しを手伝ってあげるだけだからさ」


 しかし、私の気持ちなんてこれっぽちも考えないナンパの人はお酒の匂いが交じる息を吐き出しながら私の手を引きます。

抵抗しようにも、男性の力が強くて振り払うのは難しい。おそらく、酔っているせいで力加減も出来ていないのでしょう。


 ジワリと、私の中で恐怖が増していく。ここで移動してしまえば、きっと私は見知らぬ場所へと連れ去られてしまう。そしたら、真宏さんと会えない。


 助けて……真宏さん。


 私は強く強く、そう願うのでした。



「メリーさん……どこだ?」


 俺ははぐれてしまった彼女の影を探しながら必死に驅け回っていた。屋台、展示物、人混み外れた路地裏などをくまなく探索してみるが、結果はヒントさえ見つからないときた。


 くそっ!! こんな事態になるのだったら、早めに携帯を契約をしておけばよかった。

だが、後悔先立たずであり、いまさら状況が好転するわけでもない。

今は根気よく探していくしかない。


 そうして、活を入れ直して再び足を動かすが、時間だけが消費されていく。

普段から当たり前のように電子端末を所持していたせいで忘れていた。いざ連絡手段が無い状況に置かれただけで、こんなにも無力なのか。


あの時、手を離さなれければ、人混みを考慮して早めにデートを終わらせておけば。そんな反省の感情ばかりが押し寄せてきて、歯を食いしばる。今は反省している場合じゃない。とにかくメリーさんを探さないと。


しかし、人の多さのせいで満足な捜索ができない状況は変わらない。せめて……手かがりさえあれば。そんな都合の良い展開を望むと、答えるようにスマートフォンから着信音が鳴り始める。


「メリーさん!!」


 すがるように端末の画面を見るが、着信先は『非通知』と表示されていた。誰かは分からない。もしかしたら、メリーさんかもしれないし、迷惑電話の類かもしれない。


 そんな思考が巡り、電話に出るのを躊躇していると、通話アイコンを押していないのにスマートフォンから、とある声が自動的に流れ始めてきた。


『もしもし、私、メリーさん。今、バンザイ像の前に居るの』


 それは聞き慣れた彼女の声。だけど、いつもと違い、どこかしら淡々とした……それこそ、一番初めに聞いたメリーさんの声に近い。そう、あの”都市伝説”のメリーさんの声だ。


 おそらく、彼女は怪異としての能力に再び目覚めたのだろう。

原因については分からない。だが、この着信は間違いなくメリーさんが助けを求めているのは確かなはずだ。


「待っていて、メリーさん」


 こうして、俺はスマートフォンを握りしめながら、バンザイ像へと向けて走り出すのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る