第20話 彼女とハロウィンデート①
「トリックオアトリート!!」
「イタズラを所望する!!」
「え、あ……はい!?」
10月31日、自宅にて。メリーさんがハロウィンでお馴染みのセリフを伝えてくれたので、早速イタズラを要求したら困惑された。
そりゃあ美少女にお菓子かイタズラかを聞かれたら、後者を選択するのが男ってもんよ。予想外の返答にあたふたするメリーさんも見たいというのもあったけど。可愛よ。
さて、世間はハロウィンで盛り上がりをみせている。去年の俺は「ふ〜ん、そんな季節かぁ」程度に捉えていたが、今年はメリーさんの提案によりイベントに身を投じる流れとなった。ちなみに、名目上は魑魅魍魎が跋扈する日に俺が吐かないかの検証を兼ねている。幸せすぎて砂糖吐きそうだけど。
そんなわけで、メリーさんと駅前で開催されているハロウィンイベントに参加をするべく準備を行っているわけなのだが……。
「それで、メリーさんはどんなイタズラをしてくれるの?」
「え、え〜っと……」
目の前でメリーさんが目線をキョロキョロと忙しなく動かし困惑している。KAWAIIの化け物である。写真撮りてぇ。
それこそ、普段なら脳内のメモリーに焼き付けるだけで済んでいるのだが、今回は状況が異なる。なぜなら、今のメリーさんは仮装をしているからだ。そう、仮装である。重要なので二回言ってしまうほどだ。
さて、メリーさんの出で立ちはというと……1言で表すなら王道を征く魔女風の身なりである。
まずトップスは純白ともいえるノースリーブタイプの白いシャツを着込んでいる。その上には腰ほどの長さの黒色なマント。
次にボトムスは膝丈ほどの黒色スカートを着用。加えてカボチャを連想させる黄色いカラータイツを履いているので見栄えは抜群だ。
最後に頭には、これまた世間のイメージする魔女が着けていそうな大きめの黒い三角帽子を被っている。
全体を通して黒色を基軸とした装いだが、メリーさんの靭やかな金髪が可憐さを底上げしており非常に良きかな。また、今回は仮装なので顔の火傷も包帯で隠してはいない。誰もが気にする痛々しい傷も今回は魅力を引き立たせるチャームポイントへと様変わりだ。
総評:俺、この魔女さんの使い魔になります!!
「かわいいぞぉ、メリーさん!!」
我慢のダムが決壊した俺は、すかさずスマートフォンを構えてカメラにメリーさんの姿を収めていく。
そうなると、メリーさんも黙っているわけにもいかず、肌を赤くさせながらスマートフォンを奪取するべく飛びかかってきた。
「ま、真宏さん!! 今はやめてください!!」
しかし、俺も簡単にデータを明け渡すわけにはいかない。すぐさまスマートフォンを高々と天へと掲げ、メリーさんの手が届かないようにする。
身長差のおかげで、メリーさんその場でピョンピョンと飛び跳ねるが届かない光景が出来上がる。ぐっ……メリーさんとの距離が近い。抱きしめてぇ!!
「うう〜」
そんな煩悩まみれの俺とは真逆に、メリーさんは悔しそうな声を漏らしながら懸命にジャンプしている。
なんか意地悪してるみたいで申し訳ない。だが、貴重なメリーさんの仮装とあるならば心を鬼にしなければ!!
「彼女の可愛い部分を写真に収めたいのは本能なんだ。ご理解ご協力お願い申し上げます!!」
「そんな一方的な理解を求めようとするの政治家さんくらいしか居ませんよ!?」
随分と分かりやすい例えだ!! メリーさんの珍しいツッコミも拝めたし、そろそろ悪戯もやめておくか。
背筋をピンっと伸ばしているメリーさんを俺は抱き寄せて体を密着させると、そのまま天井に向けて掲げているスマートフォンをインカメラにする。
「はい、メリーさん、笑って〜」
「え……!?」
そんな呼びかけの後に、すかさずシャッターボタンを押す。
軽快な電子音と共に保存されたのは俺とメリーさんの2ショットである。
咄嗟の出来事だったせいで、写真に収められた彼女の顔は頬を赤く染めたキョトン顔だ。家宝にしよう。
「真宏さん……せめて、準備をしてから写真を撮らせてください」
「あはは、ごめんね。でも、自然な表情のメリーさんを沢山記録に残しておきたくて。可愛くて、つい……」
「うう〜真宏さん、私を可愛いって言えばいいと思ってませんか。あんまり同じ言葉ばかりを使っちゃうと重みが無くなっちゃいますよ」
「そうだね。だけど、好きな人をいっぱい褒めたいと思ってしまうものでして」
「でしたら、言葉以外でも示して欲しいです」
すると、メリーさんが目を閉じてキス待ちの状態になる。思わず可愛いと口に出してしまいそうになったが、彼女と唇を重ねてなんとか溢れ出す気持ちにフタをするのに成功した。
ああ、幸せだな。
だが、同時に考えてしまう。メリーさんの気持ちが満たされるのは、いつになるのだろうかと。
いずれは失われてしまう未来を想像し、怖さに支配されそうだ。その感情を誤魔化すため、俺はメリーさんを力強く抱きしめながら温もりを感じるのであった。
◇
「真宏さん、人が……沢山居ます!!」
その感想はどうなのだ、メリーさんよ。
そう思いつつも、俺も眼前に広がる光景を前にして同じような感想を抱いてしまう。なにせ、360度どの角度から見ても人、人、人!!だらけなのだから。
加えてメリーさんと同じく魔女やらミイラやら仮装をした人たちが大勢いるので、見慣れた駅前広場も今日だけは化物達の祝祭である。
さて、俺とメリーさんは支度を終えて、駅前広場までやってきていた。
現在地である駅前広場を中心とし、駅周辺にある店も商売人らしく屋台出店を行っており、かなり賑やかな盛況っぷりだ。それこそ、近所で開催されている認識はあったが、予想以上に参加者が多くて驚愕の一言だ。
周りを見渡せば、純粋に楽しんいでいる家族連れ、デートの名目で訪れているカップル、そして花より団子と言わんばかりに酒を煽るおっちゃんや大学生達。年齢、性別、関係性を問わず群像割拠な人の群れは中々に慣れなくて体がクラクラする。これが……パリピか。
「真宏さん、大丈夫ですか? 体調が優れないようでしたら帰りましょうか」
「いや、問題ないよ。ある意味、一般人のイベントとは無縁だったから驚いているだけだよ」
「ふふ……そうですね、こんなに人が集まっているとビックリしちゃいます。迷子になったら大変ですね」
そうメリーさんは告げると、俺の右手を握りしめてくる。ただ手を重ねるだけではなく、指と指の間を通してガッチリ掴む恋人つなぎだ。
おっふ……そんな積極的にされると童貞は喜んでしまうぞ。童貞卒業してた!!
だが、世間一般で言われる恋人同士のイチャラブ行為に免疫がないのも事実。まるで中学生の如く素直に嬉しくなってしまい、口元が緩んでしまう。ちょっと恥ずかしい。悟られぬよう、空いた左手で口元を塞ぐ。
おかげでメリーさんに変な勘違いをさせてしまう。
「真宏さん、やっぱり具合が悪いのですか?」
「幸せすぎて砂糖を吐きそうなだけだから」
「糖分を吐くのなんて聞き慣れない症状です。やはり、病院へ行かれたほうがいいような」
俺のボケに気づかず純粋に心配してくれるメリーさん。真面目!! 可愛い!!
そんなわけで、体調事態はすこぶる問題ないのを彼女に伝えて、ハロウィンデートを決行し始める。
「こんなにもカボチャの料理が多いですね」
露店の感想をメリーさんは漏らしながら、立ち並ぶカラフルな色合いの看板をキョロキョロと見回す。
まず最初に実施したのは食べ歩き。ハロウィンともあり、やはり食材のメインはカボチャが多い印象だ。パイ、カップサイズグラタン、スープの主食系から、プリンやアイスなど。実にバリエーション豊かだ。中には普通に焼きそばやらたこ焼きを販売しており、縁日かな?とツッコミたくなるのもあったけど。
そうして、適当に食べたい物を我慢せずに購入して、俺とメリーさんで互いにシェアリングしていく。
「真宏さん、これ美味しいですよ?」
そう告げると、メリーさんは購入した一口サイズコロッケを差し出して”あ〜ん”をしてくれる。それを躊躇なく口へと運ぶ。昔ならば恥ずかしがっていたが、今は恋人同士なので平然とイチャラブできる。いいね、最高だ!!
「フォトスポットですよ真宏さん。今度こそ、ちゃんとした2ショットを撮りましょう」
ある程度お腹を膨らませた後、次に訪れたのは中央広場に設置された展示物の数々。ジャック・オー・ランタンや白いオバケ、魔女などのキャラクター達がポップな雰囲気で設置されており、それを背景に家族連れやカップルなんかが写真を続々と撮っていく。俺もパートナーが隣に居るので、必然的にメリーさんと一緒に写真を撮る流れになる。
オブジェの前に二人で立ち、通行人に頼み込んでスマートフォンで写真を撮ってもらう。
「今度は変な顔をしないようにしないと」
そんな言葉を告げながらメリーさんは俺の腕に抱きつく形で歯がみえるくらいの笑顔を作り上げる。方や俺は慣れていないせいで至極残念なひきつった笑いになってしまった。仕方がないじゃん。今まで写真なんて風景を収めるだけで、人を写す行為なんて殆どしなかったんだから。これが一般人だとしたら、友人や恋人と撮った写真をすぐさまインスタにアップするんだろうな。理解した。実行には移さないけど。
だが、メリーさん的には2ショットに満足したらしく、ゆるゆるな笑顔で写真を見つめている。
「ふふ……真宏さん、変な顔」
「消したいのだけれど」
「駄目です。写真を消去したら家出しちゃいます」
「クラウドにバックアップを残しておきます」
こうして、二人でデートを楽しんでいく。ちなみに俺が吐く体質についての検証については頭から抜け落ちていた。
それくらい、時間も忘れるくらいに過ごせたのだろう。時刻も夕方に差し掛かり、人混みも増えてきたような気がする。先程まで簡単に移動できていたメインの通りも人垣が出来上がっていた。
このままだと帰宅に苦労しそうだし、名残惜しいけどお開きかな。
「メリーさん。そろそろ混雑してきたし、デートも終わりにしよう……」
そんな提案をしようとした瞬間、通りすがりの人と肩をぶつけてしまう。
「あ、すみません」
「すみません」
互いに謝罪の言葉を述べて軽く会釈をして、肩が当たった人は姿を消していく。だが、そこで一つ問題が発生した。
「メリーさん?」
人に当たった拍子で彼女と手が離れてしまったらしく、俺の右手から温もりが消えていた。
右へ、左へ、背後に。体を360度動かしながらメリーさんを探すが見当たらず。加えて、人混みが多いせいで引き戻るのも出来ずに、川のように俺は人の進行方向に流されていく。
普通なら連絡なりすればいいので問題はないだろう。だが、あくまで連絡手段を有している場合に限るのだ。
メリーさんは携帯電話を所持していない。
以前、連絡用に渡した電子端末はwifiが無いと接続も出来ないので、電波の無い野外では自力で彼女を探し出さなければならないのだ。
「メリーさん、どに居るんだ?」
こうして、俺はメリーさんと逸れてしまうのであった。
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