第19話 どうやら彼女との生活はもう少しだけ続くようです
「眩しい……」
カーテンから漏れ出る朝日が顔に当たり、夢から現実へと意識が遷移していく。スズメのチュンチュンという鳴き声も合わさり快適な目覚めを補助してくれて、まさに朝チュンだ。
そういえば、俺も昨晩はメリーさんと……。
「メリーさん!!」
意識は急速に覚醒し、すぐさま隣へと視線を向ける。1つの布団、2つの枕、無いのは彼女の姿だけ。
「嘘だろ」
覚悟はしたといえ、いざ現実を目の当たりにすると、殴られた後みたいな気分になってしまう。
それこそ、全て夢だったんじゃないかと考えてしまうくらいだ。
“真宏さん、貰ってください。私の寂しさが埋まってしまう前に……“
だけど、しっかりと覚えている。
彼女の言葉も、息遣いも、温もりも。
あの夜は夢じゃない。
沸々と沸き起こる感情を必死に制しながら立ち上がる。探さないと。
そんな現実から目を逸らすように、俺は家の探索を始める……などと行動に移してみたものの、事態は呆気なく終わりを迎える。それも、良い意味でだ。
最初は居間からだなと考えながら立ち寄ると、台所から音が聞こえてきたのだ。
母が帰ってきたのだろうか? だとしたら、メリーさんを見ていないか確認しないと。
そう思いながら台所へと視線を向けると、貫禄ある母の後ろ姿が……ではなく、金色の長い髪を携えた少女が立っていた。
見間違えるはずもない。
寝起きの渇いた声で彼女に呼びかける。
「メリーさん?」
「あ……おはようございます、真宏さん」
その呼びかけに答えるように、彼女は長い髪を翻しながら振り向いてくれる。
ミルクみたいな白い肌。
海のように輝きある蒼い瞳。
そして、右上に残るのは特徴的な火傷の傷。
間違いなく、メリーさんが目の前に存在していた。
「メリーさん!!」
不安に包まれていた感情が一気に開放され、すぐさま彼女を抱きしめる。
ほんのりと肌越しに伝わる温もりは、間違いなく昨晩触れ合ったものだ。
「まだ……居てくれた」
「ふふ、愛する人が出来たのに、すぐさまお別れだなんて寂しいですから。ロスタイムです」
そう告げて、メリーさんも抱き返してくれる。
ふと、台所のお鍋から味噌汁の匂いを感じ取る。どうやら、夢みたいな日常は続いていくようだ。
◇
「真宏、メリーさんだけ置いて帰ってもいいのよ?」
「少しは息子も可愛がってくれよ」
そんな別れの言葉を口にしながら、母と俺は互いにケタケタと笑い声を響かせる。
つい、数時間ほど前。メリーさんは無事に……と表現してよいかは不明だが、消失しないでいてくれた。しっかりと触れ合えるし、俺以外の人にも視認が出来ている。つまり、状況は不変のままだ。
ちなみに、メリーさんは俺より早く起きてしまい、昨晩の出来事を思い出して恥ずかしくなったらしい。気分を落ち着かせるために、客間から台所へと移動して、思考を切り替えるべく朝食を作り始めたとのこと。もう、家庭的過ぎて結婚してぇ。
そんなわけで、朝食を食べ終えた後に、戻ってきた母に駅前まで送迎してもらい、今に至る。
次の電車は15分後。母は別れの挨拶を口にする。
「それじゃ、真宏。また帰って来る時には連絡して。メリーさん。今度は貴方の好きな味を教えてね。用意して待っているから」
そんな母は名残惜しそうに微笑んでみせる。
たった一日の帰省ではあったけれど、母は随分とメリーさんを気にいったらしい。「また来てね」とメリーさんに告げて力強く抱擁した。
そして、息子には「今度、役所に行って書類を取ってくるから」っと言いながら肩を軽く叩いてくる。何の書類かな!? まさか養子にするとか言ってたけどガチなのか!!
実家の布団を全て隠して完全犯罪を成し遂げた母ならやりかねないので怖い。深くは言及しないでおこう。
さて、このままだと永遠にツッコミ所満載な単語が出てきて収集がつかなさそうだ。俺は適当に母へ別れの挨拶を返す。
「母さん、そろそろ電車も来るし、ホームへ移動するよ」
「あら、時間が経つのは早いわね。そうだ、最後に真宏に伝える話があったわ」
すると、母は俺にだけ聞こえるように耳打ちをしてくる。
「シーツについていた血ってアレよね? ちゃんと洗っておくから気にしなくていいわよ」
「デリカシィー!!」
ほんっっっとブレねぇな母さんよぉ!!
いまいち締まらない別れを終えて、俺は故郷を後にするのであった。
◇
「帰ってきました〜バンザイ!!」
メリーさんは両手を上げながらバンザイのポーズを取る。方や俺は安心したのか肩の力が抜け落ちた。
実家から駅を乗り継ぎ数時間。自宅のある最寄り駅前広場へと無事に到着する。数日だけ離れていたのに、見慣れた広場が随分と懐かしく感じてしまう。実家のような安心感だ。
さて、疲労困憊な俺とは対照的に、メリーさんは随分とウキウキしているようだ。それこそ、広場の真ん中に設置されたバンザイをしたようなポーズの銅像と同じ動作をしてるくらいだし。
「メリーさんは随分と元気だね。もしかして、気疲れした?」
「いいえ。浪子さんも良い人でしたし、真宏さんのご実家は楽しかったです。ですけど、私の帰るべき場所は真宏さんと過ごした、この街ですので」
そう伝えてくれるメリーさんは恥ずかしそうに頬をかく。
うっ……尊くて疲れが吹き飛びそうだ。抱きしめたいけど、今は公共の場だ。我慢我慢。
「楽しんでくれたのならよかった。母さん、中々に癖が強いから」
「ふふ……おかげで私も変に緊張せずに済みました。それに、真宏さんの抱えている問題も解決しましたし」
「それは、そうなんだけどね……。正直、あまり実感がないというか」
はたして解決したと言えるのだろうか?
どうにも歯切れが悪い回答になってしまう。
仕方ないだろう。母との対話をして、メリーさんと恋仲になり、そのまま童貞を卒業しましたと。一日に起きた出来事にしては濃厚過ぎて、母とのやり取りが霞むくらいだ。
「そもそも、俺の体質は改善したのかさえ疑問だよ」
心霊関連の物を見ると吐いてしまう体質。それこそ、今回の帰省で払拭出来た……はずではあるけれど確信にはいたれない。実際に検証したわけでもないしね。
すると、メリーさんは良い案を思いついたのか、手をパンッと叩いて笑ってみせる。
「そうだ。なら、実際に吐かないか試してみましょう。ちょうど10月ですし」
「実験はいいけど、10月である意味は?」
「何を仰いますか真宏さん。一年に一回。魑魅魍魎が集まるイベントがあるじゃないですか」
すると、メリーさんは広場に立て掛けられていたポスターを指差す。
そこには黒と黄色を主体とした明るいポスターが貼ってある。肝心の内容は……。
「10月31日、ハロウィンデートをしませんか?」
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