第18話 甘え上手な彼女と一夜を過ごす

「真宏さん、真宏さん……えへへ」


 まるで子どもが親に甘えるみたいにメリーさんは俺の右腕を掴みながら、ゆるゆるの笑顔を振りまいてくる。


 数分ほど前。自宅玄関前にてメリーさんへ告白をし、関係が奇妙な同居人から恋仲へとレベルアップした。


 そこまでは良かった。新たに別の問題が俺へと降り注いできたのだ。


「ねえ、メリーさん。なんで、そんなに名前を呼びながらくっついてくるの?」


「迷惑……でしたか?」


「存分に甘えてください!!」


 そんな俺からの許可に彼女は躊躇なく今度はハグをしてくる。こう、顔を埋めてギューっという擬音が似合いそうな抱きつきだ。


「真宏さん」


 そう、問題とは『メリーさんデレすぎ問題』である。

なんなら告白してからというものベッタリと俺から離れないので、未だに玄関前から場面転換できていないくらいである。


 どうしたものか……。

ツンデレがデレてバランスが取れるのに対して、メリーさんは普段からツンのないデレっ子なので甘々を超えてゲロ甘だ。このままだと、帰宅に時間がかかりそうである。家は目と鼻の先なのに。


 なら、引き剥がせばいいじゃないかって?

 いいだろう、試そうじゃあないか。


 俺は体に顔を埋めるメリーさんの両肩をポンポンと軽く叩く。


「メリーさん、そろそろ家に戻ろうか」


「真宏さんと離れたくないです。今までの寂しかった分だけ甘えては駄目ですか?」


 はい、無理ぃ!!

 可愛いすぎんだろ……可愛すぎて情緒が那由多の先に置いてけぼりになりそうなくらいだよ。


 OK。落ち着こうか。そもそも、メリーさんは捨てられた哀しさと寂しさから都市伝説になったわけだ。つまり、ここで恋人というか愛を与えてくれる人が再び現れたとしたら反動で甘えてしまうわけでね。


 そう、仕方ない!! 仕方がないんだよ!!

 決して、俺の彼女が凄っっっっっっく可愛いとかの惚気ではないのだよ!!


「ふぅ……」


 さて、言い訳タイム終了っと。どちらにせよ、メリーさんを引き剥がすのは難しそうだ。今まで愛に飢えてた娘が、やっと手に入れた幸せなのだから。なにより、冷たい態度で突っぱねてメリーさんに悲しい思いをさせたくないのも本音だ。


「メリーさん、失礼するよ」


 俺はメリーさんを力強く抱きしめると、そのまま持ち上げる。縦長い筒を持ち上げる要領だ。しかし、軽くて細いなぁ……。もっと食べさせて心も肉体もふくよかにさせてあげたいくらいだ。


「え、あ? あの、真宏さん?」


「こうしないと家に入れないでしょ。あと、動くと危ないよ」


「はい……」


 先程までワンコみたいに元気ハツラツだったのに、今度は借りてきた猫みたいに大人しくなる。初い娘じゃのぉ。


 そうして、体をやや仰け反らせながらメリーさんをお持ち帰り……ではなく、自宅まで運送していく。

幸い、メリーさんが軽かったので、片手で持ち上げるのも容易かった。おかげで空いている片方の手で玄関扉を開ける。


「どこまで運びましょうか、お客様〜」


「え、その……布団まで」


 そんな羞恥が交じる声色でメリーさんは行き先を指定してくれる。

あはは……本当にお持ち帰りみたいだな。この場合、山賊が女の人をアジトまで連れ帰って『げへへ……お楽しみはこれからだぜ』みたいな構図でしかないけど。


 まあ、別に襲うつもりなんて毛ほどもないけどね。なんだろうね、好きな人だと抜けない理論みたいな。

それくらい、今の俺の気持ちは心穏やかだ。


「そんじゃ、客間まで行きましょうね〜」


 こうして、俺はメリーさんを抱きかかえたまま移動を開始する。ぶっちゃけ、母に見られたら説明が難しすぎる状況だけど、なんとかなるでしょう。


 そんな思考放棄をし、俺は布団が敷かれている客間の前へと到着する。あとは襖を開けて、布団にメリーさんをベッド・インさせればミッションコンプリートだ。


「待てよ? そういえば布団を敷いてなかったような」


「それについてですけど、浪子さんが敷いてくれました。メリーさんはお客様だから、代わりに外に居る真宏を呼んできてって頼まれまして……」


「ああ、なるほど」


 考えてみればメリーさんはお客様だから当然か。母が俺を呼んでこいとメリーさんに伝えたのも、遠慮がちな性格を考慮したのだろう。さすが、我がマザーである。頭が上がらない。


 さてと、それなら心遣いに感謝しつつ、ピックアンドデリバリーの作業も遂行しましょうかね。


 こうして、俺は襖を開けると、メリーさんを布団へ届けるのであった……などと、簡単に終わるはずがなかった。


「は……?」


 こうね、思わずアホみたいな声を漏らしてしまったよ。

眼前に広がる光景。部屋には布団が敷かれていた。たった一枚だけ。

それなら普通であろう。なにせ客間で寝るのはメリーさんなのだから。


 じゃあ、なんで狼狽えているかって?

 布団が一枚に対して、なぜか枕が二つ用意されていたからだ。


「あの、真宏さん?」


「あ、うん。ちょっとだけ整理させて」


 メリーさんが何事かと声をかけてくれる。現在、彼女を抱きかかえている状態なので布団の……というより枕の状態は見えていない。つまり、俺だけが情報を独占している状態なわけだけど。


 これ、見せていいやつなのか?

 そもそも、布団を敷いたのって母だよね? 確信犯じゃねぇか!!


 すると、タイミングを見計らったかのように俺のポケットから通知音が鳴る。誰からだろうか……というより、この状況下でメッセージを送ってくるのは母以外居ないだろう。


 メリーさんの拘束を解除するわけにもいかず、俺は片手でスマートフォンを手に取り、メッセージ内容を確認する。案の定というより予想通り、母からメッセージが届いていた。


『お母さん、今日は近所にある友達の家に泊まります。音を気にせず楽しんでネ(*´ω`*)』


「あのババア!!」


「どうしたんですか、真宏さん!?」


 おっと、いけない。汚い言葉を吐き出してしまった。というより、息子に何を求めてんだよ、あの人はぁ!?


 あれか? エロ漫画的な展開をお望みで? 数分前までのメリーさんの健全イチャラブが台無しだよ!!


 瞬く間に感情が怒りへと変換され、俺はメリーさんを置いて、家宅捜索を開始する。

しかし、計画者は既にプランを実行済み。裏口に停めてあった車が消えており、犯人を捕まえるのは難しそうだ。


「逃げられた……」


 くそ!! 部屋を勝手に掃除された挙げ句、隠していた少しエッチな挿絵が載ったラノベが本棚に綺麗に並べられた時みたいな気分だ。つまり、余計なお世話である。


「まてよ?」


 ふと、背中を指でなぞられたような嫌な予感を覚える。再び、家の探索を行うと、その予感は見事に的中した。


「布団が……ない」


 居間も、俺の部屋も、母の寝室にも。押入れにあるべきはずの布団が無いのである。


「ミステリー小説もびっくりな完全犯罪じゃねぇか」


 あまりのも手際がよすぎて軽く引くレベルだ。阻止できるのコナン君くらいだろ。

それこそ、咄嗟の思いつきで可能なはずがない。俺が実家に帰る連絡した時点で目論んでいたに間違いない。それこそ、紹介したい人が居るというメッセージを送った時点で下準備を行わないと間に合わないはずだ。


「怖ぁ……。別の意味で吐きそうだよ」


 しかし、ここで文句を言っていても結果は覆らない。素直に諦めてメリーさんと寝るか。

それに、ラブホテルでメリーさんと寝るのは経験済みだし……添い寝だけどね!! 俺、童貞のままよ!?


 そうして、現実を受け入れた俺は客間へと足を進める。メリーさんも布団一つと枕二つの状況は目の当たりにしているし、意味は理解出来ているだろう。


 さて、どんな顔つきで俺を待っているだろうか。

モヤモヤとした気持ちを抱えたまま客間へと入ると、メリーさんが布団の上で枕を抱きかかえながら体育座りをしていた。頬はほんのりと桃色に染め上がっている。


 あざといし、可愛いし、欲情しちゃう。

心穏やか? 好きな娘だと抜けない? 前言撤回だ、そんなもん!!

欲情がアンロックされちまうよ。


 そんな、心が嵐の如く荒れる俺に、メリーさんは目線だけを向けながら問いかけてくる。


「あの、真宏さん。私、大丈夫ですから……」


 そう告げて、すぐさま抱きしめていた枕に顔を埋めるメリーさん。


 ナニガダイジョブナノ!?

 

 多分、というか男女の夜に行う営みを示唆しているのだと思うけどさ!!


 ここで白を切るのは簡単ではある。だが、女の子相手に、ここまで言わせといて何もしないのは据え膳食わぬは男の恥というもの。


 だけどね、聞いて? 俺、童貞なの。

 作法とか分からねぇのよ?


 えっと……とりあえず座ろう。


 臆病者らしく結論を先延ばしにして、俺はメリーさんと向かい合う形で布団の上に座る。

すると、メリーさんが枕に埋めた顔を上げて、目線をこちらへと向けた。


 その表情は相変わらず赤くて、恥ずかしさと怯えが混ざっている。


「あの、真宏さん」


 そう言いかけて、メリーさんは俺の服の袖を摘む。そして、引っ張るように腰を浮かせて、唇を重ねてきた。


「んっ……」


 そのキスを俺は受け入れ、彼女の口へと舌をねじ込ませる。


「んん、あっ……クチュ、んあ……」


 室内に鳴るのは唾液が混ざる音。お互いに舌を入れて、受け入れて、舌を絡ませていく。


 体が熱い。

 今まで経験のない火照りだ。


「……っぷは」


 しかし、呼吸を止めるのも限度が来たのか、一度メリーさんから距離を取る。


「真宏さん。もう一回……」


 そんな、お強請りが彼女から発せられ、堪らなく愛おしく感じてしまう。

断る理由もなかろう。すぐさまメリーさんへと顔を寄せて、再び唇を合わせていく。


「んぅ……っ、あっ……チュパ、クチュ」


 言葉にならない声をあげるメリーさん。おかげで彼女との接触に夢中になり、呼吸を忘れてしまう。


 呼吸を止めてキスをして。酸素が足りなくなったら離れて。そして、また接吻をする繰り返し。


 それを何回か行なっていると、必然的に下腹部も元気になってくるわけで。どうやらメリーさんも同じ気持ちなのだろう。


 彼女は俺の右手を握りしめ、それを自身の胸へと導いていく。手のひらに伝わるのはメリーさんの着ているパジャマ生地の感触。そして、布越しから伝わる胸の柔らかさ。


 心臓が跳ね上がるような感覚を覚える。

 いいんだよな?


 思わず生唾を飲み込むと、メリーさんが切なそうにしながら伝えてくれる。


「真宏さん、貰ってください。私の寂しさが埋まってしまう前に……」


「……っ!?」


 その言葉に、俺の体温が急速に冷えていく。

本来なら、このまま本番へと突入する雰囲気だろう。しかし、メリーさんの伝えてくれた“寂しさ”も同時に無くなってしまうはず。


 それは即ち、メリーさんが消えてしまうということだ。


 あくまで可能性にすぎない。だけど、俺とメリーさんが恋人同士になった時点で運命は決まってしまったようなものだ。


 “私を愛してください“


 それが彼女の願い。今も着実に望みは解消されつつある。


 だけど……。


「ごめん、メリーさん」


 ふと、想像してしまったのは彼女の居ない日常。


毎日、起こしてくれて、一緒に食事をして、他愛もない話をして笑いあう。そんな眩いほどの生活が消失してしまうのを考えてしまい、怖くなってしまったのだ。


もし、ここでメリーさんと寝てしまえば、翌日には夢のように全て消え去ってしまうのでは?


 俺は耐えられそうにない。とても怖い。


 まるで現実から逃避する様に、俺はメリーさんに背を向ける形で横になる。ラブホテルの時と同じように……。


 すると、背後から優しい暖かさが伝わってくる。


 背中に感じる柔らかな質感。

 衣服越しから伝わってくる人肌の温もり。

 耳元へと聞こえてくる彼女の呼吸音。


 メリーさんが背中越しから抱きしめてくる。


「真宏さん、ごめんなさい。こんな寂しい願い事をしてしまって」


「……メリーさんが悪いわけじゃないよ。駄目なのは現実を受け入れられなくなった俺の問題だ」


「でも、真宏さんなら乗り越えられます。私が居なくても、人の愛情について理解できたのですから。だから、きっと大丈夫です」


「また寂しくて吐いてしまうかもしれないよ」


 すると、メリーさんの抱きしめる力が緩まり、問いかけが聞こえてくる。


「もしもし、私、メリーさん。今、貴方の後ろに居るの」


 それは、彼女に初めて会った時に伝えられた言葉。

 きっと、今のメリーさんは俺に受け入れて欲しいのだろう。

 だとしたら、必要なのは振り向く覚悟だけ。


「メリーさん、ありがとう」


 俺は体をずらしてメリーさんへと向き直す。

 すると、彼女は安堵したのか微笑んでみせる。


「今度は見てくれましたね」


 そんな彼女の笑みに俺は心苦しくはあったが、愛おしさが上回る。


 もう、怖くない。


 俺は覆い被さるようにメリーさんを抱きしめながらキスをする。


 この夜、俺は童貞を卒業するのであった。

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