第17話 今日、俺は愛と恋を知る

「母さん、俺のことを恨んでいない?」


「……はぁ?」


 そんな俺の問いかけに、母は『何言っているんだ、お前は?』みたいな心の音を全面に出してみせる。

だよね、俺だって逆の立場だとしたら同じ反応をすると思う。


「ごめん、いきなり変な質問をして。何となく察してはいると思うけどさ、俺が帰省した目的に関係しているんだ」


「それは、真宏が連れてきたメリーさんに関係があるの?」


「まあ、間接的にはそうかも。昔さ、俺が小学生くらいの時に、風邪を引いて母さんに連絡しないまま吐いちゃった事件があったの覚えている?」


「忘れもしないよ。帰ってきたら、玄関からでも分かるくらいの臭いが充満していたから。何事かと思って駆け出したら、真宏がゲロを吐いてたから、お母さん凄く驚いちゃった」


「あはは……心配かけさせて、ごめん。それでさ、あの時、母さんに連絡をしなかったのは遠慮してたからなんだ。『忙しい母さんに迷惑をかけるわけにはいかない』なんて考えてた」


「そんなの、お母さん、知っていたわ。真宏が大学に通い始めて連絡をしなかったのも、かえって遠慮をさせてしまうだろうって考えたからなの」


 すると、母は恥ずかしさを誤魔化すみたいにお茶をすする。

そして、改めて俺の方へと姿勢を向け、質問についての答えを返してくれた。


「ねえ、真宏。貴方の質問についてなんだけどね、お母さん、恨んでいないわ」


「うん……そうだよね。だって、母さんは今日まで俺の為に色々と教えてくれたから。恨んでいたら、それこそ今頃は俺は大学どころか死んでいたかもしれない」


「そうね。じゃあ、お母さんからも質問、いいかしら?」


「別にいいけど。なるべくプライベート的な詮索はよしてよ」


「真宏の日常生活についても気になるけど、今回聞きたいのは別のこと」


 そんな含みある言い方をしつつ、母はひと呼吸おいてから問いかけてくる。


「メリーさんの包帯は真宏が巻いてあげたの?」


 とてもシンプルな質問。それこそ、メリーさんに巻かれた包帯については嫌でも目についてしまう。


 人の怪我については繊細な内容であるのは看護師である母が一番理解しているはずだ。このシンプルな質問についても、様々な意味が込められているのだと思う。


 その問いかけに対して、俺も簡素に答えを返す。


「うん。メリーさんが出かける時は必ず巻いてあげてる」


「そう……」


 俺の答えを聞き、母は心の底から安心したような穏やかな笑みを浮かべる。

 それだけで十分なのだろう。


 包帯の巻き方は母から教わった。

いずれ誰かの為に役立てて欲しいという願いが込められていたのだろう。

こうしてメリーさんに巻かれた包帯が教えを忘れていない確固たる証拠なのだ。


そして、怪我をしたメリーさんがあそこまで嬉しそうな表情を浮かべているのは、きっと息子が優しくしてくれたから。そう感じ取れたのだと思う。


「真宏……」


 すると、母さんは俺へと近づき……抱きしめてくれた。


「母さん?」


 いきなり、脈絡もない抱擁に動揺してしまう。

全身に伝わる人肌の温もりが心音を加速させていく。


「真宏、今まで寂しい思いをさせて……ごめんね」


「そんな、どうして母さんが謝る……のさ。むしろ、俺こそ連絡を、しないで……」


 なんで母は俺を抱きしめてくれたかは分からない。けれど、言葉にできないくらいの嬉しさと寂しさが溢れ出そうになって、言葉が詰まってしまう。


 そして、涙が一つ、二つ、頬を伝っていき、留まらず次々と流れていく。


「ごめん……かあさん。ごめ……ああああぁ」


 そこからは子どもみたいに鳴き声を響かせて、今まで我慢していた感情を発散させていく。


 あの日、風邪を引いた時に伝えられなかった言葉。

 ずっと寂しいって思っていた。

 でも、伝える資格なんて無いと勝手に決めつけていた。


 ごめん……母さん。ありがとう。


 そして、母の背中に手を回し抱き返して、俺は枯れるくらいに大粒の涙を流していく。

雫で揺らぐ視界。玄関へと続く廊下。そこに金色の髪が僅かに見え隠れしていた。



「はぁ……お腹がいっぱいだ」


 俺は家の玄関前に立ち、夜空を眺めながら独り言をポツリと呟いてみせる。


 数時間ほど前、俺は母へ『愛していたのか』について問いかけを行い、改めて親の愛情というもの肌身で感じ取れた。ボロボロと泣いて、子どもみたいに疲れ果てるまで感情を溢れ出させて。おかげで、心は凄く満たされたような気がした。


 その後すぐ、メリーさんが買い物を済ませて来て、夕飯へと突入。久々の帰郷ともあり、息子にたらふく食べさせたい親心もあったのだろう。ご飯の量が尋常ではなく、お腹がポッコリと浮き出るくらいにパンパンである。なまじ俺の好きな料理が沢山並んでいたので残すわけにもいかないしな。


「あはは……料理は愛情というけれど、確かにそうだな」


 お腹を摩りながら苦笑いを浮かべてみせる。今日一日だけで肉体的にも精神的にも一杯だ。


 そして、現在。ご飯を食べすぎたので、火照った体を冷ます為、玄関前に立ち、夜風に当たっている。


首を斜め上に傾ければ、都会ではお目にかかれない煌々と輝く星々。思わず息を漏らしてしまい、白い息が空気に混じり消えていく。


 すると、背後から聞き馴染みある声が耳に届く。


「真宏さん、お外に居たら風邪引いちゃいますよ」


「そしたら、またメリーさんに看病してもらおうかな」


 そんな提案をしながらメリーさんに笑顔を向けると、彼女は悪戯っぽく微笑みながら「今度、風邪を引いた時は浪子さんを呼んじゃいますね」と告げてくる。


それは困るな。母には迷惑をかけられない。連絡をしたら本当に俺の家まで押しかけてきそうだし。


「あと少ししたら部屋に戻るよ。今は星を眺めていたいんだ」


「でしたら、私もご一緒させていただきます」


 そう告げながら、メリーさんは隣に立ち、俺の視線の先にある同じ景色を目に焼き付ける。


空に映る夜景は都会とは異なり、高層ビルの明かりやガスも少なく透き通っている。おかげで、自然のイルミネーションを作り上げて綺麗だ。


「綺麗……」


 するとメリーさんが星空の明るさに負けないくらいに目を輝かせる。

笑ったり、悲しんだり、彼女の色んな表情を隣で見てきた。それこそ、怪異というのを忘れてしまうくらいに。非日常が日常として俺の生活に溶け込んでいる証なのかもしれない。


 だからこそ、この生活を終わらせる為に行動をしなければならない。

俺は改めて愛情というものを知れたから。

それは、メリーさんの願いを叶えるために使うべきだ。


「ねえ、メリーさん。今は寂しい?」


 その問いかけに、彼女は目線を夜空から俺へと移して、ほんのりと笑ってみせた。


「寂しくない……なんていうと、嘘になっちゃうかもしれません。実は私、真宏さんと浪子さんとの会話を聞いちゃいまして」


「あはは、やっぱりメリーさん、廊下に居たんだ」


「すみません、盗み聞きしてしまって。でも、真宏さんがお母さんに抱きついて泣いているのを見て思ってしまったんです。寂しいな……って。胸の奥がキュッと掴まれるみたいな、そんな感覚でした」


「…………」


 予想していた通り、メリーさんは寂しさを感じていた。彼女は人形として愛されて、たった一人の家族であり友達である女の子に捨てられて。その哀しさが都市伝説の”メリーさん”を誕生させた。


 ずっと彼女は愛情を求めていた。


 だけど、寂しさは簡単に埋まるものではない。心の傷は簡単に癒えない。

どれだけ一緒に過ごそうとも、いずれは失われてしまうのだと知っているから。

今の俺とメリーさんの関係みたいに。


「私、真宏さんと居られて幸せです。毎日がキラキラしていて、寂しさを忘れてしまうくらい。ですけど……」


 まるで夢から覚めてしまうのを拒むみたいにメリーさんは瞼を強くつむりながら語る。


「”おままごと”……仮初の愛でしかないんです」


 彼女の瞳から一粒の雫が垂れて頬を伝い、重力に従い地面へと落ちていく。

それは、残酷ともいえるけど真実でもあった。


 俺がメリーさんと過ごす日々は、偽物の幸せでしかない。

一緒に居て、怒って、泣いて、そして、笑って。だけど、永遠は約束されない。


 彼女が口にした”おままごと”とは言い得て妙だ。ごっご遊びは終わりがあるのだから。


「メリーさん……」


 俺は彼女の頬へと手を伸ばし、落ちる雫を拭ってあげる。

泣かないで。たとえ偽物の愛だとしても、俺は君から沢山の感情を貰ったから。

今度は俺からメリーさんに与えてあげる番だ。


「たった一つだけ。メリーさんの寂しさを埋めてあげる方法があるんだ」


「……え?」


 するとメリーさんは青い瞳を漣のように揺らしながら見つめてくる。

どこまで綺麗で、尊くて。その目は悲しみよりも、幸せに満ちあふれていてほしい。


 そっと、俺は彼女の包帯へと手を伸ばし、ゆっくりと解いていく。

徐々に現れていくのは火傷の跡。メリーさんの寂しさの象徴みたいに姿を現していく。


 そして、包帯を解き終わると、俺は息を深く吸い込んで、吐き出すのと同時に全ての感情を言葉に乗せて彼女に告げた。



「メリーさん、俺は君のことが好きだ」



 飾りげもない、ごくごく有り触れた愛の告白。

遠回しで、輝くような詩的な表現なんて俺にはできない。

悔しさと不甲斐なさから、思わず手にした包帯を強く握りしめてしまう。


 だけど、想いは伝わったのだろう。


 眼の前に居るメリーさんの哀しさを携えた顔つきが、みるみると赤く染め上がる。


「あ、あの……真宏さん」


 メリーさんは懸命に何かを伝えようとするが、感情が高ぶっているせいか上手に喋れずにいる。


 慌てなくて大丈夫だよ。そんな言葉をかけようとした瞬間……。


「んんっ!?」


 メリーさんは飛びつくように俺に抱きついて、唇を重ねてきた。

 突然の出来事に驚いてしまい、思考が一時的にショートしてしまう。


 そして、たった数秒が数分にも感じるようなキスを終えて、彼女は伝えてくる。


「まだ……寂しいです。もっと、真宏さんの愛を教えてください」


 その蒼い瞳には揺らぎが消えて、穏やかな凪が訪れる。そんな、溺れるような眼差しに吸い込まれ、再び彼女と唇を重ねる。


 こうして、俺とメリーさんとの”ごっこ遊び”は終わり、本物の恋人同士となるのであった。




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【あとがき】


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