第13話 同居人の美少女に看病してもらう

「雨に濡れたのがいけなかった……ゲホッ」


 メリーさんとのデートへ行った翌日。案の定というかベタというか、俺は見事なまでに風邪を引いた。

起きた瞬間には怠さ、発熱、咳の風邪症状三銃士が我が体内へ大暴れしてくれたおかげで辛いのなんの。


 そうなると、のんびりと帰宅するわけにも行かず、ホテルを早々にチェックアウトして、病院へ直行。医者の先生からは「風邪ですね」と診断された。ですよね、知ってたよ。


 こうして、朧気な意識のまま自宅へと戻り、布団にくるまり今に至る。


「飯伏さん、大丈夫ですか?」


 当たり前であるが、この空間にはメリーさんも一緒である。病に付している同居人を心配してしまうのが必然というか性分というか。彼女は俺の側から離れず不安げな表情を作り上げていた。


「ゲホッ……平気って言いたいけど、ちょっとだけ辛いかな。メリーさんに風邪が感染るとたいへんだから、離れていて」


「ですが……」


 彼女は視線を下に落して、御主人様に突き放された子犬みたいな顔つきになる。

止めて、そんな顔されると抱きしめたくなっちゃうから。

なんて巫山戯た考えをしている場合じゃない。


 いけないな……早く安静にして風邪を治すべきなのに、その風邪のせいで判断力が鈍ってる。

まずは、寝ないと。いや、処方された薬を飲むのが先か。空腹状態だけど飲んで……いいはずないよな。


「ご飯、作らないと」


「なにを仰ってるんですか飯伏さん!! ご飯なら私が作りますので。今は寝ていて下さい」


 無理やり上半身を起こそうとすると、すかさずメリーさんに止められて寝かされる。


 ああ、そうだった。そもそもメリーさんが居るのに、なんで俺は頑張って料理を作ろうとしたんだろうか。やはり発熱のせいで思考力が低下しているな……。言われた通り、全部任せて寝ていよう。


 メリーさんの言葉に甘えて、俺はベッドへと再び身を預け、瞼を閉じる。

その状態に彼女は安心したのか、足音が遠のいていく。


 おそらく台所へと向かったのだろう。

調理器具や食材を取り出す音。リズムよく食材を切る音。そして、ほんのりと漂ってくる食欲を刺激する匂い。五感を心地よく小突いてくれる。


 なんだか安心するな……。

普段は調子を崩せば一人で解決せざるおえない環境だったので、誰かが身を案じて看病してくれる状況が素直に嬉しいのかもしれない。


 そんな優しさに包まれながら、考えるのを止めて、肉体を休息させるのに注力する。体の辛さは相変わらずだけれど、こうして誰かが居るという状況だけでも安らぐのだと初めて知れたかもしれない。


 そうしているうちに何分経過しただろうか。台所から聞こえてきた調理音が止まり、足音が俺の元まで近づいてくる。ふわりとした優しい匂いと共に。


「飯伏さん、ご飯ですよ~」


 どうやらメリーさんの料理が終わったらしい。体も少しだけ休めたので食欲も戻ってきている。今すぐ栄養摂取をしたい気分だ。


 そんな気持ち一心で気怠い肉体をなんとか起き上がらせると、おぼんに載せられた茶碗から湯気立つお粥が視界に入る。

白くて柔らかなお米粒。混ぜ込まれた小麦色の卵。汁は鶏ガラベースなのか香ばしい匂いが鼻から脳へと届き、食欲を増幅させてくれる。


「鶏ガラの出汁と卵を混ぜ合わせたお粥です。柔らかいので食べやすいと思いますよ」


「……美味しそう。ありがとうメリーさん」


 正直、体を動かすのでさえ億劫だったので、改めてメリーさんが料理を作ってくれる生活にありがたみを感じる。


 さて、そんな彼女の手料理を冷ましてしまっては勿体ない。いただきます……っと、言いたかったけれど、食事に必要な肝心の物が見当たらない。


「あの、メリーさん。その手に持ったスプーンを欲しいのだけれど」


 彼女に右手に握りしめられたスプーンへと手を伸ばす……が、メリーさんはその手を後ろへ引いて遠ざけてしまう。何故かニッコリとした笑みを作り上げている。


 うん? 悪戯心が発動したのかしら。風邪を引いてるときはメンタルも落ちてるから意地悪されると泣いちゃうよ。


 それに、残念ながら俺は東南アジアの手食を行う文化人でもない。そもそもアツアツのお粥に手を突っ込んだら火傷になるし、傷口から病原菌が入って症状が悪化してしまう。どろろやディオのお母さんじゃあるまいし。


 故にスプーンが欲しいのだけれど、その用具は彼女の右手から離れそうな気配がない。


「飯伏さんは安静にしてて下さい。私が食べさせてあげますから」


 そのようにメリーさんは告げて、スプーンでお粥を一口分すくい上げる。そして、口で風を送りながらお粥を冷まし始めた。


 ああ、うん……。なんだか読めてきたぞ。

 おそらくだけど、次に来るアクションも予想できそうだ。


「飯伏さん。口を開けてください。あ〜んです、あ〜ん」


 ほらね!! 予感が的中したよ。

 メリーさんがしてくれたのは、いわゆる食べさせてくれる行為。それこそ、病気に付した子どもを看病するなら温かい光景であっただろうけどさ。美少女にしてもらうとなったら、憧れのシチュへと様変わりってものよ。風邪のせいで堪能できないのが不満だけどな!!


 などと、くだらぬ考えを巡らせながらも、俺はメリーさんから差し出されたお粥を抵抗なく素直に口へと運んだ。体は栄養を求めているのか呆気なく屈服してしまう。


 そうして、一噛み、二噛みと程よい熱さのお粥を咀嚼していくと、卵と鶏ガラ出汁が口内へと旨味を広げていき、幸福感が増幅していく。


「美味しい……」


 思わずため息か出てしまうくらいの柔らかで優しい味わい。お世辞でもなんでもなく純粋な感想を漏らしてしまう。

そんな、俺の安堵の顔色にメリーさんはニッコリと笑みを作るりあげる。


「お口に合ったみいで良かったです。はい、あ〜ん」


「……アムッ」


 もはや一回行ってしまえば恥ずかしさなんて物は呆気なく崩壊してしまう。

次々とメリーさんの手によって、お粥が口へと運び込まれていく。それこそ、小鳥のように口を開けて待っていればよいだけである。難しく考えず、子どもに戻ったみたいに優しさを享受していく。


 こうして、メリーさんの献身的な補助のおかげで、無事にお粥を完食できた。

その後、処方された薬を飲み、ベッドへと身を預ける。ご飯も食べたし、薬も飲んだ。これで睡眠を取れば体調もある程度回復するだろう。


 気怠さが訪れた目蓋を閉じようとすると、メリーさんが俺の頭を撫でてくれる。

柔らかで繊細な手の感触が暖かくて、まるで水底へと落ちていくような脱力感だ。


「メリーさん……」


「今は目を閉じて、何も考えずに」


「…………」


 そう言われて、思考を停止して目をつむる。肉体の気だるさは徐々に薄れていき、まどろんでいく感覚。

なんだか。昔を思い出すな。


 朧気な意識のまま、とある光景が浮かび上がる。

これは記憶を呼び起こしているのか、それとも夢なのか。

判断はつかない。だけど、これは懐かしくも苦々しい思い出なのは事実だ。


 独りきりの室内。布団で横になり熱にうなされる小学生の自分。そして、視線の先にあるのは一台のテレビ。チャンネルは心霊番組が映されており、怖い話や心霊写真、動画を次々と電波に乗せて俺の瞳へと届けてくれる。


手元にリモコンはなく、熱のせいで体を動かすのもおぼつかない。チャンネルを変える手段がない状態だ。


 おかげで、只々、恐怖を煽る映像が流れ続ける。このまま自分も死んでしまうのではいか……なんて熱も相まって肉体も心も弱っていく。


『お母さん、さびしいよ……』


 なんとか絞り出した救援を求める言葉。だが、それは誰にも届かない。看護師である母は仕事が忙しく、家には不在なのだから。


 そして、テレビに映し出された幽霊の動画を見て、恐怖と気持ち悪さが同時に押し寄せてくる感覚を腹部に覚える。鼻に届くのは刺激臭。胃から逆流してくる酸の匂いだと気づいた瞬間……



「夢?」


 どうやら、いつの間にか眠っていたらしい。見た夢は最悪そのものだったけれど、幸い熱は下がったみたいだ。


「良かった、体が軽い」


 上半身を起こして腕を回して体調を確認しようとするが、そこで気づく。

ベッドの傍ら、メリーさんが俺の手を握りしめながら眠っていたのだ。

おそらく、俺が寝るまで側に居てくれたのだろうけど、一緒に寝てしまったらしい。


「ありがとう、メリーさん」


 すやすやと眠る彼女にお礼を告げると、眉が僅かに動く。どうやら俺の声に反応したらしく、ゆっくりと目を半開きにすると、俺に向かって微笑んでみせる。


「飯伏さん、おはようございます。具合はどうですか?」


「ああ、メリーさんのおかげで元気になったよ。メリーさんが可愛いなって伝えられるくらいにね」


「……!! と、突然褒めるなんてズルイデス」


 俺の褒め言葉に口をすぼめながら顔を赤らめるメリーさん。

うん、なんだか久々に可愛い成分を摂取できた気がするぞ。あ〜メリーさんの赤面顔が何よりの栄養じゃぁ〜。


 なんて、彼女をからかったせいか、反撃の言葉を乗せてくる。


「飯伏さんこそ、寝ている時はずっと”寂しい”って口に出して可愛かったですよ」


「そう言ってたのか。ん? もしや、それでメリーさんは俺の手を握ってくれていたの?」


「知りません!!」


 そう答えた彼女は頬を膨らませながら、そっぽを向いてしまう。どうやら正解だったらしい。可愛すぎない? もう結婚したいんだが。


 さて、冗談はこれくらいにしておこう。

それこそ献身的にお世話をしてくれた娘を意地悪するのは良くないしね。


 お礼は出来ないけれど、メリーさんに”あの”話をするくらいなら可能かもしれない。


「ねえ、メリーさん。看病してくれて、ありがとう。返せる物は何もないけれど、俺の話を聞いてくれないかい?」


「飯伏さんのお話ですか?」


 どうやら俺の声色から真面目な話なのだと察したのだろう。メリーさんは視線を俺へと戻す。


「前にさ、俺を知りたいって言ってたじゃない。正直、俺の人生なんて聞いても楽しさはないと思うけれど、それでも聞いてほしいんだ」


「もちろんです。私、飯伏さんをもっと知りたいです。たとえ、欠伸のでるような話でも笑ってみせますので!!」


「あはは……そういうお笑い的な良し悪しの話じゃないけどね。だけど、メリーさんも気になる内容ではあると思う。俺が話すのはね……」


 俺はメリーさんの手を改めて握りしめながら伝えるのであった。


「心霊動画を観た時に吐いてしまう体質になった、きっかけの話だよ」




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【あとがき】


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