第15話 実家へGO!!
「緊張しすぎてゲロ吐きそう」
俺は口元を右手で覆い隠しながら情けない言葉を漏らしてしまう。
おそらく緊張のしすぎだからなのだろう。乗っている電車の揺れも合わさり胃液が揺れ動くような感覚を覚える。
そうなるのも仕方ない。目的地は実家なのだから。
数日前、俺はメリーさんに向けて『母に会ってくる』と宣言した。
目的は自分自身と向き合うため……などと格好つけた言い回しだけれど、結局は母と会うだけである。やっと重い腰が上がったというべきなのだろう。
こうして、家から電車を乗り継ぎ数時間。あと数分で実家の最寄り駅へと到着する状況になった途端、変に緊張してしまったのだろう。ストレスなのか胃に痛みを感じてるわけだ。そりゃあ、一年も母とは会っていないどころか、連絡さえしていないのだから当然といえば当然なのだけれど。
「大丈夫ですか、飯伏さん。もう少しで目的の駅ですよ」
そんな俺の顔色の悪さを心配してか、隣に座るメリーさんが背中をさすってくれる。優しい……胃薬いらずだ。
だが、今回の問題は母だけではない。彼女自身も問題の対象なのである。
簡単に言うなら、”どうやってメリーさんについて説明するか”かが問題なのだ。
付いてきてくれたのには感謝はしているし、心強いとは思う。けど、考えてみてほしい。
ある日、今まで連絡をよこさなかった息子が突然の帰郷して、さらには美人な女子を連れてくる。
もうね、思っちゃうよね。『やだ、私の息子、詐欺にあっているのかしら!?』ってさ。
え? そこは嫁を連れてきたとかじゃないかって?
うるせぇよ。自己肯定感が高かったら今頃は彼女くらいできてらぁ。
陰キャは後ろ向きに考えちゃう生き物なんだよ。根暗すぎてごめんね。
「しかし、メリーさんについて、どう説明したものか……」
「私についてですか?」
唸るように漏らした俺の言葉に、メリーさんはことの重大さが理解出来ていないのか、キョトンとした表情で首をかしげる。ちくしょう、かわいいな。
いっそ母に『未来の嫁です』なんて紹介しちまおうか。そんな悪ふざけした時点でメリーさんの俺に対する評価は地の底へと落ちそうだけど。
冗談はさておき、非常に困った問題であるのは確かである。母に、あの都市伝説のメリーさんです……なんて考え無しに紹介したら、無断で唐揚げにレモンをかける人間を目の当たりにした時のような引きつった表情を浮かべそうだ。
「メリーさん。同棲しているのを伝えるのはいいとして、その同居人が元人形なんて紹介したら俺は病院送りになるよ」
「あ、そうですね。すみません、そこまで考えずについて来てしまって。私、帰った方がいいですよね。私自身が奇妙な存在だというのを、すっかりと忘れていました」
「気にしないで。メリーさんが来てくれたのは凄く嬉しいから。それこそ、こうやって逃げ出さずに向き合おうと思えたのは君のおかげだし。最後まで見届けてほしいんだ」
「飯伏さん……。ふふ、頼りにされるのは体がフワフワして気持ちいいですね。でしたら、私も気を使わせてはいけませんね。飯伏さん、私と同棲している理由について、これを使ってください」
すると、メリーさんは自身の顔にまいた包帯を指差した。
「都市伝説や元人形であるのは説明が難しいです。ですが、この火傷と包帯は紛れもなく存在しています。これを使えば多少は言い訳ができると思うんです。飯伏さんのお母さんに嘘をついてしまうのは心苦しいですけど」
「それは……一番、納得しやすい材料にはなると思うけど」
それこそ、とある理由で火傷した彼女を匿っている的な説明をすれば、具体的な内容を伏せてながらでも信じてもらえそうだ。なにより、顔に傷を負った女の娘の事情を深く言及はできないだろうし。
でも、メリーさんにとっては火傷痕は悲しい記憶のはずじゃ……。
言葉を詰まらす俺の感情を察したのか、メリーさんは首を左右に振ってみせる。
「いいんです飯伏さん。この傷は苦い思い出です。ですが、今は気にしていません。覚えていますか? 飯伏さんと初めて出会った日の夜『人の傷を怖がるなんて失礼だよ』と、言ってくれたのを。その優しさに救われたんです。だから、私は大丈夫です」
そう告げながらメリーさんは俺の手を握りしめてくる。青い青い瞳は汚れなく何処までも澄み渡っていて、心配をしていた自分が恥ずかしくなる。
「ありがとう。あはは……」
「飯伏さん、いきなり笑われてどうしたのですか」
「いや、母にメリーさんをどうやって紹介しようかと考えていただけなのに、凄く重い話になってしまったと思ったら少し可笑しくて」
「ふふ、そうですね。でも、これで帰らずに飯伏さんのお母さんと会えます」
するとメリーさんも笑顔を返してくれる。いつの間にか胃の痛みも引いてきた。最初こそ親になんて説明をするべきかなと考えていたけれど、結果的にはついて来てもらって正解だった。
そして、落ち着かない精神が穏やかになったタイミングで、実家の最寄り駅へと到着する。
「それじゃあ、行こうか」
電車を降り、自動改札を抜けると、駅前のすぐ近くにあるローターリーに年季のはいったシルバー色の軽自動車を見つける。そして、車の前で一人の女性が仁王立ちで待ち構えていた。
年齢は50代くらいだろう。細くも太くもない中間くらいの体型。ブラウンに染めたショートヘアで、年相応に白髪が数本ほど目立つ。
そこまでは問題ない、どこにでも居る主婦といった印象だ。
だが、仁王立ちに加えて仏頂面をしているせいか、近寄りがたい雰囲気を醸し出している。
うわ〜、あのご婦人、機嫌が悪いのかしら。刺激しないようにスルーしておこうか……などと提案したいが残念ながら無視できない。
なぜなら、あれが俺の母であるからだ。
「分からん」
目頭を抑えて深いため息が出てしまう。
なんだろう、デジャブ……というより、駒月准教授も待ち合わせ時に同じポーズをとっていたよね。
あれか? 俺がトレンドに疎いだけなのか?
最近の待ち合わせ時の流行りポーズは仁王立ちが新しいお作法なのかもしれない。なんだよ、そのリ○ルートが考えたようなアホマナーは。
おそらく違うのだろうと信じたい。母と目があっているのに、ポーズが不動なままなのが気になるけど。
とりあえず、こちらから動かない限りは一向に状況は不変のままだろう。意を決して、俺は母の元へと近寄っていく。ぶっちゃけ、別の意味で緊張してきた。
まずは軽く挨拶からだ。
「母さん、その……久しぶり。出迎えありがとう」
「…………」
しかし、俺の挨拶に対して、母は眉一つ動かさない。
こ、こえ〜。なんで喋らないの母さんよ。
一人暮らしを始めてから連絡をよこさなかったのは申し訳ないと思っているけどさ。一応、前日に帰る旨と紹介したい人が居るとメッセージを送りましたが、それだけでは駄目でしたか?
もしかして、サムズアップしたキャラスタンプを返したのは『表へ出ろ』って意味だったのかな?
あまりのノーリアクションな母の対応に戸惑っていると、空気に耐えかねたのか、はたまた読めていないのか、メリーさんがおずおずと声を裏返させながら挨拶をする。
「あ、あの。初めましてメリーと申します。その……説明すると難しいですけど、飯伏さんとは同居をさせて頂いております。あと、これお土産のお菓子です」
そう告げて菓子折りの入った袋を差し出すも、未だ母は不動を貫く。
動かざること山の如しかな?
ここまで反応がないと怖さより不気味さが勝ってくるのだが。
すると、母は表情一つ変えずに俺に向けて手招きをする。
ん? なにか俺にだけ伝えたいのかな。なすがまま、俺は耳を傾けると、母は耳打ちをしてくる。
「
「シャイかな!?」
どうやら母は単純に緊張していたみたいだ。いや、気持ちは物凄く理解できるけどさ。メリーさん、可愛いもんね。分かるよ。
「なあ、母さん。変に身構えるとメリーさんも困っちゃうからさ。普段通りに接してあげてほしいかな」
「そうね。お母さん、美人さんと話すの初めてだから緊張しちゃって。それと、もう一つ確認したいことがあるのだけれど」
「何?」
「お母さん、貯金はないからね」
「美人局じゃないから!? そもそも大学生に詐欺をしても取れる額なんて限られているでしょ」
「そうよね〜。あ、じゃあ、最近流行りのあれね。お金を払って同伴してくれる」
「レンタル彼女じゃないから!!」
頭痛くなってきた。なんか数分前まで緊張していたのが嘘みたいに母と会話できているし。
おかげで、母さんも緊張が和らいだらしい。表情を崩し、口元を緩めて、メリーさんから差し出されたお土産の入った袋を受け取る。
「ふふ、ごめんなさいね。
そんな母の笑みに安心したのか、メリーさんも笑顔を返してくれる。
すると、母は再び俺に耳打ちをしてきた。
「ねえ、真宏」
「どうしたの?」
「養子に迎えましょう」
「天才か?」
どうやら母はメリーさんを気に入ってくれたみたいだ。
ホッと胸をなでおろし、俺とメリーさんは母の車に乗り込み実家へと向かうのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます