天比古、独白

 妙なことがつづくね。いったん、頭の整理をしようか。十四番。……なんだ。少し、僕の話しを聞いておくれ。……ひとりで毒を吐くのではなかったのか。なんのことだい。もしかして独白のこと。……なんでもない。始めろ。


 物事の初めを語るのは、意外とむずかしいものだ。とはいえ、何事にも終わりはある。例外はない。このよしを奏すは、薬種問屋の若旦那について考えてみるとする。……鹿島屋かしまや千幸かずゆきという男だな。そう、彼の話をしよう。……ふん、妾の子だという事実を知る者は、番頭の慈浪じろう国光くにみつくらいか。新右衛門しんえもんは、番頭というより番犬みたいな男だけどね。……どういう意味だ。鹿島屋の財産は、まちがいなく若旦那だ。彼の出生に関係なく跡取り息子である以上、千幸の立場を守ることでおたなも存続する。つまり、新右衛門の頭のなかは、常に千幸の将来のことでいっぱいなのさ。忠犬だと思わないかい。……寝ても覚めても若旦那が気になるとは、さてはあの番頭、男色なんしょく気質か。さあ、それはどうだろう。


 それから、鹿島屋には睦月むつき結之丞ゆいのじょうという丁稚でっちがいてね。千幸についてまわり、薬種商の経験を積んでいる。……奉公人のひとりに、若旦那が肩入れしているのか。千幸かれ意図いとは不明だけど、僕が見たかぎり、結之丞の存在は特別なのだろう。幼い子は無垢だからね。……田宮たみや菊世きくよはらませた件は、どうする。ああ、そっち、、、の件も悩ましいね。赤子あれの身に流れる血は正字郎せいじろうのものではない。におい、、、わかる。まちがいなく義父が関与している。……どうあっても、隠し通すのが母というものなのか。同時に、正字郎のためになればこそ。……ふん、人間の欲は実に浅ましい。ほとほと愛想が尽きる。知らなくてすむことのほうが多いうちは、幸福な時間を過ごせるのさ。すべてを受けとめて生きられるほど、市井しせいの人々は強くない。……ひと山向こうの町で、奉公人が亡くなった件も、痴情のもつれが原因だったしな。くだらん。


 おろかだと思うかい。……むろん。生命いのちの無駄づかいをしている。僕はね、十四番。正邪せいじゃも善悪も、聖者も愚者ぐしゃも、色のない夢を見ているのではないかと思うときがある。……色褪いろあせた記憶を塗り替えるたび、歴史はくり返すってことか。


 この世にあるものは例ならず、たぐいあることばかり、懲りない連中、盲目の平和と狂気。僕は、うち負かされた静寂に、応えたいのかもしれない。……傲慢だな。純粋とってもらいたいね。見たまえ、人間のふりをして生きるけもの、、、跋扈ばっこする世上を。やつらときたら、ふしだら、、、、な事柄にばかり精をだす。


 いかなるかこれ、耳を傾けて、人に語りたまうな、地上の誠実まこと……ってか。十四番にとって、人間ひとと共にあった日は、まぼろしに思えるかい。……今も、似たようなものだ。ふふふ、そうだったね。世の中変わりてのち、さかしき人のひらめきたるは、心のまま、よろづものく思ゆ。


 さあ、彼らの物語は、もうしばらくつづきそうだよ。……ちっ、面倒くさいな。そう云わず、きみを見捨てた人間たちが、どんな末路をたどるのか、こうか不幸か、最後までつきあってあげてよ。……ふん、われ、さるべきにやありけむ。



〘つづく〙


※次話より第三章となります。こちらの作品は、現在、アルファポリス〔第10回歴史・時代小説大賞〕Webコンテストに参加中です。お読みいただき、誠にありがとうございます。

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