十四番

 三鏡みかがみには、連れがいた。人々の信仰対象として神棚かみだなに祀られていた現人神あらひとがみが、自ら神のを降りて、白骨化した姿で朽ちようとしているとき、地方の集落をめぐる天比古あまひこは、偶然見つけ、しゃべる骸骨がいこつに手を差しのべている。


 それ、、は、冷たい土の上で骨になっても、意識だけは鮮明にありつづけた。秋風が立ちはじめたころ、天比古は旅先で骨男ほねおとこを発見し、十四番と名付けた。


 

 暗闇そこからでてこいよ

 もう孤独で泣く必要はない

 僕が、きみを鎮守しよう


 ……うるさい、目障りだ


 無用の産物となって

 消えゆくのか


 ……勘違いするな、若造わかぞう

 我は凋落ちょうらくなどしておらぬ


 すなわち、人間の願いは

 聞き入れないと云うことか 


 ……忌詞いみことば次第だ



 それ、、は、全身をふるい立たせ、ガシャッと起きあがる。十数年と長い時間をかけて骨格のみが残存ざんぞんする現人神は、白い骨の指で、天比古の胸もとを示した。



 人間の願いは聞き飽きた

 我に感情論は通用しない



 若き天比古は、「ふうん」と息を吐くと、しばらく沈黙した。いくら捨て置かれたとはいえ、骨男ほねおとこは神格者である。き伏せるには、相応の知識と高い験能力げんのうりょくが必要だった。三鏡家は神道の一族につき、祝詞のりとたぐいは身に備わっている。……天比古と十四番の出逢いは、果たして偶然だったのか。今となっては遠い日の記憶につき、どちらも深く考えなかった。



 さて、朝から出版社へやってきた三鏡は、帝都あやし編集室の扉を軽く叩き、ひとり残された日和見ひよりみと、投身事件について語り合った。


「ちょうど、桜木くんから取材時の紙片メモをあずかったところでね。そうか、天比古くんも蔵持くらもちへ赴いていたのかい」


「通りがかっただけです。蔵持の旅籠はたご近くに溜池ためいけがあって、四年ごとに心中騒ぎが続いているそうですね。客商売に悪影響だといって、溜池を埋め立てるよう町役場に嘆願書たんがんしょが届き、いざ男衆が集まったとき、晴れていた空が突如とつじょとして激しい雷雨に変わり、結局、溜池を埋め立てたら神罰がくだるという流言うわさが広まって、今となっては誰も近寄らない場所らしいですよ」


「急な天候不良に見舞われるとは、自然を信仰する田舎いなかの人々にとっては、さぞや一大事いちだいじであったことだろう。……ふむ、ここに書いてある桜木くんの取材内容を読むかぎり、男と女の関係が複雑だったというよりは、遺恨いこんがあったように思えるがね。……弱者が成り上がるには、すさまじい努力が必要だったはず。ようやく手に入れた幸福しあわせな人生を、なぜ、自ら終わらせたのか。どうにもせないんだよなぁ」


ごうにおいて、悟りを与えられた人間が、なにをもって善行となすか、実に興味深い分野ですが、見出しは、蔵持心中事件の謎、で決定でしょう。日和見さん、、、、、


 背もたれに自重をあずける室長は、ほんの少し眉をひそめ、三鏡の後方へ視線を向けた。古びた書棚が見える。日和見に十四番の姿を目視することはできないが、三鏡と書棚のあいだに、なにかの気配を感じた。


「……天比古くん、旅をするさいは、落とし物に気をつけるんだよ。荷物も、少なめでいい。なにもかも、ひとりで背負わなくてすむからね」


 日和見の忠告には、裏に意図がある。だが、三鏡は小さく笑みを浮かべ、編集室を退出した。すると、室内の空気がふわりと軽くなったような気がした。



〘つづく〙

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